其の七
魔物らとの戦いの前に娘は少しの酒を振る舞います。
不思議な娘であった。さすがに道家の者とて凶事に慣れているのだろうが、余りに凛として落ち着いた姿は見目にそぐわぬ貫禄すら感じさせる。日中にも、壇をつくらんと馬車から祭具を下ろす際、道士に頼まれ布にくるまれた重い物を持ち出そうとしたところ、これを娘が止めていた。必要無いと言う。何事も備えと道士が言い含め、結局は折れたが、人の背程もあるそれを運ぶ横で、「叱られるのは私です」と唇を尖らせていた。
酒に多少安らいだ一人が娘に旅のことを訊く。
――径州からの帰途というが、如何なる用事で?
――夜毎出没しては人を裂く、七足の怪犬を鎮めにゆきました。
――ホウ、それで旨くいきなすったかね?
――思いの外難しく、一度嘉越まで返して畢を借り、この力を以て調伏した次第です。
――ヒツ……?
――ハイ、此度はその畢を返しに行く途次にございました。
ふと思い当たった者が、ヒツとはあの布で巻かれていた棒のような物かと訊きかけたが、娘の様子にはたと口をつぐむ。険しくなった眼差しが、死者の居る方角へ鋭く向けられていた。しかしすぐに笑みをもどすと、
「では」
軽く一礼し小屋へとかえって行く。
程なくして蹄の音が聴こえ、偵察の馬が駆けて来ると、馬上の者は高らかに鬼の襲来を叫んだ。
広野の向こうがわに黒波のような動きが生じている。厚く張った雲が月を消し、人眼の利かぬ闇に迫り来る影はたしかに人の形をなしていた。数は最前だけで百は下らず、姿は待ちかまえる死人達より生者の面影が濃かったが、その相貌は虚ろなばかりで生気無く、衣は引き裂かれて血に濡れている。屍を動かしているのは邪気に侵されて化した暴霊であり、これを指して殤鬼と呼ぶのである。
応じるように村の用意した四百の死者が一斉に動き出し、方形の陣が左右に割れた。ひたすら進み来る群れを挟み撃つような形にすると、殤鬼も敵意を剥き出し眼前の陣を襲撃する。怪力の爪で肉をつぶして掻き散らし、あるいはしがみつき歯を立てる。殤鬼らは群獣の攻めで押し来るが、しかし攻勢は、村の死者達が木剣を構えるや直ちに逆転した。餓死者の体が手練の剣客のように動いては、鬼の攻めをかわし、木剣をその身深くへ突き通していく。桃木に宿る浄力が暴霊を鎮め、殤鬼は一個の骸へと還っていくのだ。
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