其の二
深い山奥にふさわしからぬ娘の姿を見つけましたが……。
「怪しい者ではございません」
声音は涼やかであったが、しかし気圧されるように下がった肩が馬にぶつかる。背後で低く鳴らされた愛馬の息に、若者は少しく我を取り戻した。
「……このような山奥に女一人、山怪の類でなければ何者か?」
「名は朱蘭と申します。故あって径州より嘉越へ、あれなる者と旅をしております」
紅梅の刺繍に彩られた袖の先、指し示されたのは若者の辿って来た道だったが、今はそこに白馬を繋いだ小豆塗りの四輪馬車が置かれ、傍には影のような長身が見えていた。顎鬚を黒く垂らした冠と墨染めの衣姿に、道家の者と見るや、若者は顔色を変え、飛ぶように駆けてはその前に跪く。
「道士様にぜひともご助言願いたいことがあります。どうか、私の村まで来ては頂けませんでしょうか……」
声には深い悲痛の色があり、応えた道士の面差しは穏やかであった。
この頃、呉帝国創建より十二年、太子の急逝をきっかけに呉王の采配が明らかに狂い始めていた。
朝内には不審の声が高まり、これを王は酷吏を用いきびしく取り締まらせたが、重圧は臣下の反意を著しくするばかりで、継承の派閥闘争と併せて疲弊の日々がつづく。さらに国家衰亡の兆を嘆くのは朝臣だけに留まらず、廃頽し行く国を象徴するかのように、領土を様々な災厄が席捲し始める。
西に旱魃の飢饉が生ずれば、東を長雨による出水が襲うという有様だが、中でも人々の心を深く暗澹させたのは悪鬼・幽怪のもたらしめる人知及ばぬ異変の数々であった。
さて若者に先導され、娘の操る馬車が麓の門を潜ったのは夕闇の落ちかけた頃。
活気なく、門戸を閉じた家々は暗然とした軒を連ね、これらの影を踏み行く車輪の響きにも顔を覗かせる者がない。やがて若者は簡素な屋舎の前で馬を下り、ここへ客人を招いた。
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