其の十一
畢の正体が明かされます。
村へもどると幾つかの事を頼んで部屋を借り、娘はそのまま丸二日眼を覚まさなかった。言いつけ通り道士の体は馬車へとうつされたが、その肌は冷たく、切断された右肩には出血の痕もなく、また豊かな髯に隠れていた首周りには縫い目のようなものも見えていた。
起きると娘はまず空腹をみたし、これを待ってから人々は様々な疑問を投げかけた。まず、かの道士は果たして生者であったのか……これに娘は否と返し、ではやはり死人であったのかと訊くと、これにも首を振って、あれは畢というものだと説明した。
「死人は死人、魂魄を失った肉体はただの空人形です。畢とは、死して尚その魂を身へ留め置く術、またこれを施された者のことを言うのです。畢は死生の狭間に在って現世の理に縛られず、法士のために力を揮う者……いわば道家自製の戦鬼といったところでしょうか」
死者の軍をつくりあげた傀儡の術とは別に、畢とは道士の陽気によって目覚め、固有の意思にて動くものだという。かの者の正体に座はどよめいたが、しかしそれ以上に畢なるものを扱い、更にあの四百もの死者を兵として動かした道士が眼前の少女であったと知って一層の驚嘆に打たれた。
「道家の衣を着せてはいますが、あれは生来武人の者、もとは義に厚く情けに深い御仁として世に知られておりました。こたび素性を隠し、道士としてあなた方を導いたのもあの者の仁心からによるもの。マ、私のような小娘ではどこへいっても信用されぬ故でしょうが、とにかくこれについては許してやってくださいまし」
この言葉に、娘共々深く感謝こそすれ、あの者を怨む心はないと一同は改めて頭を垂れる。そして馬車へ横たわったままの身を案じて尋ねると、娘は顔ほころばせながらも、
「ホホ、ご心配には及びませぬ。しかるべき刻に白虎の方角にて気を施せば、また元の通りに――……しかしまァ、当分はあのままにしておきましょう。ただでさえ借りものをあのように損ない、この上また旅を遅らせるような事をされては、どのようなお叱りを受けるか知れませぬ故……」
翌日早くに馬車は発ち、村中の者がこれを見送った。
死者と殤鬼の骸は、娘の残した指示にしたがい手厚く供養がなされ、更には将軍楊度を地神として立てるための廟と石碑とが後に築かれた。
帯長剣兮挟秦弓 長剣を帯びて秦弓を挟み
首身離兮心不悔 身首は離れても心悔やまず
誠既勇兮又以武 誠に勇ましくまた武けく
終剛強兮不可凌 終に剛強を凌ぐべからず
身既死兮神以霊 身は死すとも神以て霊に
魂魄毅兮為鬼雄 魂魄は毅然として鬼雄となる
碑文はあくまでも楊度を勇武の士として讃え、その霊を慰撫する形で刻まれた。
呉国土を襲った災厄はその後も長くつづき、沈静には次代の到来まで待たねばならなかったが、件の霊廟の周辺地は災事にも大きな被害は免れ、また妖物の類も姿を現わさなくなったと伝えられている。
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