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分岐点  作者: 有智 心
8/19

孤独と優しさ

 ………車の中。

 兄貴の運転で後部座席に俺と青白い顔で夢が座っている。……そういう俺も落ち着かず、早く目的地に着きたくて、進行を妨げている他の車が邪魔で仕方なかった。

 ハンドルを握っている兄貴も、緊張した顔で前方を睨む様に運転していた。


 小刻みに震える夢の肩に手を回して身体を寄せた。

 祈る様に両手を握って不安そうに俺を見る夢に、ひきつった顔で〝大丈夫″と、言うしか出来なかった。


 …………10分程前。

 携帯電話に亮が電話してきた。……声が震えていて初め何を言っているのか聞き取れなかったので、もっと落ち着いて話す様に言うと、少し間があってから、今病院で、修一が死んでしまうかもしれないと……何かの冗談かと思ったが、電話の向こうですすり泣く声を聞いて、嘘でも冗談でもないと確信した。


 亮が言うには、庭で修一とキャッチボールをしていて、自分が取り損ねたボールが車道へ転がって行き、それを取ろうと飛び出したのを修一が庇って車にぶつかったと……

 状況を話しながらその時の恐怖を思い出し、取り乱す亮に、〝大丈夫。…今から病院に向かうから落ち着いて待っていろ″と、言って電話を切った。


 そして、3人で急いで車に乗り込み、交通渋滞にイライラしながら病院に向かっているのだ。


 病院に到着し、受付で手術室を聞き出し向かうと、廊下の長椅子に里中夫妻が不安そうな表情で座っている。

 その2人から少し離れた所で車椅子に乗った亮が蒼白い顔で手術室のドアを見つめていた。


 少し近ずいて声を掛けると、振り向いた亮の目が大きく開いて、今にも涙が溢れそうな表情だ。俺は亮の前にしゃがみ、包帯でぐるぐる巻きにされた左手を摩った。


「…大丈夫?……痛いだろ?」


 亮は前に身体を倒して泣き出した。


「どうしよう……どうしよう。」


 呪文の様に繰り返す。

 自分を責めて泣いている亮の心が…痛くて、哀しくて、震える背を、抱きしめてあげる事しか出来なかった。


 そこへ、父親が近ずいて来た。


「亮。……ここは病院だ、もう少し静かにしなさい。」


 事故の恐怖、自責の念で泣いている息子に、なんて冷たい言い方をするのかと腹が立った。

 もっと違う言葉を掛けられないのかと、口に出しそうになったが、その前に兄貴が俺の腕を掴みとどまらせた。


「……亮君から連絡を受けて来ましたが、修一君の手術はどんな状況ですか?」


 兄貴の声が静かに響く。


「……頭を強く打ちつけた様で…出血も酷くどうなるか……こんな時自分が外科医でない事が情けなく思います。

 ……全く…ボール遊びなんかするから、こんな事に……」


 その父親の言葉にビクリと身体を反応させる亮の背を優しく撫でた。


 手術中のランプが消えて中から執刀医が出てきた。


「手術は全力を尽くしました。……後は修一君が目を覚ましてくれれば……

 詳しい事は別室でご説明しますので……お待ち下さい。」


 ドアがもう1度開くと、痛々しい姿で修一がベットに乗せられ出てきた。

 母親がハンカチを握り締めて駆け寄る。


「修一。……修一……」


「お兄ちゃん!」


 近ずこうとした亮は母親に氷の様な視線を向けられ、動けなくなった。

 ……遠のいて行く修一と両親の姿をどんな気持ちで見ているのだろう。


 医者が車椅子の横に立ち腰をかがめた。


「明日、もう1度検査するから、今日は大人しくベットにいる様に……わかったかい?」


 頷くのを確認して、立ち去ろうとした時亮が医者を引きとめた。


「先生……お兄ちゃん大丈夫だよね。」


 医者は複雑な表情で少し間を置いてから優しく微笑んだ。


「私も、そう願っている……」


 立ち去る医者の後ろ姿を見つめながら思った。……100%は無い……どんなに成功率が高い手術であっても、絶対は無い。

 そんな事はわかっている。

 軽々しく大丈夫だと言えない。……でも、この時の亮は〝絶対大丈夫″と、言って欲しかったと思う。

 どんなに助かる確率が低くとも……


 俺たちは祈るしかない。

 助かると信じて、目を覚ましてくれるのを待つしかないのだ。


 魂を吸い取られてしまった様に、力無く座っている亮の姿は、痛々しくて見てるのが辛かった。


「……亮、少し休んだ方がいい。」


 俺は車椅子を押して病室へ向かった。

 少し後ろから兄貴と、声を押し殺しながらずっと泣いている夢が続いた。




 ◆◆◆




 病室に入ると、車椅子から亮を抱え上げてベットに横にならせたが、直ぐ上体を起こして、窓の外に広がる青い空に、ゆっくり流れていく雲を眺めている様だった。


 ……でも、それは目に映っているだけで、多分何も見ていないのだと感じた。

 ……耳に届いているのに聞こえない。

 ……目に映っているのに見ていない。

 フリーズしたコンピューターの様だ。

 それがわかっていて、敢えて少し寝た方がいいと言ってみたが、なんの反応もない……ただ、そこに存在しているだけだった。


 ……主治医からの病状説明が終わったのか、父親はこめかみに青筋を浮かせ、母親は目を真っ赤にし目頭をハンカチで押さえながら入って来た。俺たちは立ち上がり2人に椅子を譲り病室の隅へ移動した。


 両親の顔が目に入りやっと魂が戻ってきたみたいに表情を歪め口を開いた。


「お兄ちゃんは?」


 父親のこめかみの青筋がヒクヒクと動いて、数秒の沈黙。そして、重い口を開いた。


「……2〜3日経っても目が覚めなない場合は…もしかしたら、………そのままかも知れないと言われた。」


 膝においていた両手を握り俯く父親、母親の嗚咽が病室に響く。


「……目が覚めないって……死んじゃう訳じゃないよね……」


 今まで考えた事もない《死》と言う得体の知れない恐怖に亮の声はうわずり、白い顔が更に血の気を失っていった。


「何故あの子が……こんな目に遭わなければならないの…修一。」


 震える声で母親が呟いた。

 弱々しい母親の姿とそれを労わる父親の姿を見て、亮は何か言いかけたがその口から言葉は出てこなかった。

 その代わり、辛そうに唇を噛んで俯いている。

 暫く誰も何も言わず、母親の泣く声だけが病室の空気を悲しみで震わせていた。


「…………。」


 亮が何か言いった。

 部屋の隅にいた俺には聞こえなかったが、側にいた母親の耳には、ハッキリと聞こえたのだろう……悲しみの表情から一瞬にして真っ赤な目を吊り上げ言った。


「会いたい?……よっ、よくそんな事を……誰のせいで修一がこんな風になったと思っているの!」


 氷のような冷たい声が病室の温度を更に下げた。


「それは……」


 亮の唇が微かに震え、瞳には暗い影が落ちて、表情を硬くした。


「キャッチボールかんてしなければ、こんな事にならなかったのに、もう……目を覚まさないかも知れないのよ!」


 まずい!

 ヒステリックに成っている。……何を言い出すか俺はハラハラしていた。

 ……予感は的中した。


「何故貴方が軽傷で修一が…ぎゃ」

「それ以上言うな!

 次の言葉を言ったら絶対許さない。」


 俺は母親の言葉へ、くい気味に大声を出した。


「なっ……なに?」

「決して言っちゃいけない言葉がある。親に言われたらどれだけ傷付くか……」


 母親はもう少しで言いそうになった言葉の残酷さに気が付いたのか、口に手をやり、亮を見て気まずそうに視線を外した。

 ……俺はベットに近ずき亮を見てぎこちなく微笑んだ。

 ……おそらく、亮には母親が何を言いたいのか分かっているのだろう。目をそらして唇をきつく結んだ顔をじっと悲しそうに見ていた。


「……プレゼントした俺が悪いんです。

 責めるなら俺を責めて下さい。」


 母親は片眉を吊り上げ強気な表情を俺に向けた。


「本当に、あんな物受け取らせるんじゃなかったわ……あの時かえすべきだった。」


 母親の悲しみからくる怒りは俺に全てぶつけてくれればいい…幾らでも受けよう。

 だから頼むからこれ以上亮を傷付けないで欲しいと願った。


「……貴方と関わりあってからおかしくなったのよ。今まで親の言う事を良く聞くいい子だったのに……」

「やめてお母さん……」

「亮は黙ってなさい!」


 俺は声を荒げる母親を冷たく睨んだ。


「ただ親にとって都合のいい子供って事だろう……」


 身体の奥から少しずつ熱い物が膨れ上がってくるのを止められなくなってきた。

 俺の言葉に父親は不快な表情をしている。


「君、失礼だな。そんな風に言われる筋合いは無い。」


「航太。よせ。」


 兄貴が俺の肩に手を掛けるがそれを払いのけた。


「……亮は、親に褒めて貰いたくて、がっかりさせたく無い。理想の息子に成ろうとずっと自分の意思を全部飲み込んで頑張ってた。

 たから……素直に気持ちを伝える事の出来ない子供に……辛いよな……

 そんな息子を褒めてやった事あるのか?」


 里中夫妻は顔を引きつらせお互いをチラリと見た。


「親だろう…勉強も大事かもしれない、でもそれだけじゃ……もっと大事な事あるだろう。

 あんた達みたいな親でも、愛しているから…認められたいからずっと……

 ちゃんと見てやってよ…亮の事。」

「たっ…他人に何がわかる。」


 眉間に皺を寄せ口をへの字に曲げて不機嫌な表情になる父親。


「他人だけど、親のあんた達より亮の心の痛みはわかっているつもりだ。

 子供は親の人形じゃ無い。

 人格をもった人間なんだ…それを無視して親の自己満足の為に亮が存在している訳じゃ無い。

 亮の人生は亮のもので、自分で道を決めて歩いて行くんだ。」


 溢れる出る言葉を止められなかった……


「……航太有難う。

 そんな風に言ってくれて…凄く嬉しい。

 でも、お父さんお母さん責めないで……ボールを追いかけて道路に飛び出した僕が悪いんだから……お願い。」


 青白く悲しい顔で俺を見た。

 ……全てを受け止める事はない、そんな事していたら君が壊れてしまう。


 里中夫妻は、俺に言いたい事言われ、怒りと、恥ずかしさも有るのだろうか、きつく口を閉じて落ち着かない様子で座っている。


「亮は悪くない、修一だってそんな事思ってないさ。だから自分を責めるのはよせ。」


 亮は悲しそうに笑顔を見せて首を振った。


「……親なら何か息子に言ったらどうなんだ。責めるんじゃなくて、いたわる言葉をさ……」


 他人にこうまで言われても尚、自分達の立ち位置を変えようとしないのか……親としてのプライド?……顔を見合わせ、おし黙っている夫妻を見て俺はイライラと前髪をかきあげた。

 その時兄貴が俺の肩に両手を置いて力を入れた。そして哀しそうな表情をして俺を壁へ押しやり首を振る。

 ……悔しくて、情けなくて奥歯に力を入れた。

 夢が、心配そうな表情で俺の手を握ってきた……その手は、小さくて柔らかくて温かかった。

 …………涙が込み上げてくる。


「……弟の大変失礼な態度お赦しください。」


 兄貴は里中夫妻に頭を下げた。


「貴方に……頭下げられても……」


「……でも、弟の言った事は間違ってないと思います。

 私にも…こ存じでしょうが亮君と同い年の娘がいます。

 ……良い大学出て、良い所に就職して、なんて考えない事もないですが、親が思う子供の人生と、子供が描く人生は必ずしも同じではないんでは?

 親は結局見守ってあげるしかない。そして迷ったり、悩んだりした時、手を差し伸べてあげればいいんじゃないでしょうか……

 私は、娘が後悔しない人生を歩んでくれればと思ってます。

 里中さんだって子供に後悔する様な生き方して欲しくないですよね。

 …………長々とすいません。

 これで失礼させて頂きます。」


 兄貴はもう一度深々と頭を下げると、俺の腕を取って〝帰るぞ″と、言い病室を出た。



 廊下に出ると丁度夕食の時間なのだろう、食事が病室に配られていた。


 兄貴は俺の腕から手を離し立ち止まった。


「…兄貴。」

「あれ以上あそこに居たら何言い出すかわからないからな……聞いている亮君も辛いだろ。


 両手で頭を抱えた。

 ……そうだ。やってしまった。

 感情を抑えられなくて……親が責められていて気分のいい子供なんていない。


「両親の方も修一君があんな状態だ、冷静ではいられないだろう。

 ……でも、航太に言われて少しは何かを感じたんじゃないか……?

 ……そう、願うよ。」

「俺……いい歳して餓鬼だな。」

「そうだな……餓鬼だな。でもそんな瞬間が必要な気もする。」


 そう言って兄貴は俺の背中を叩いた。

 黙って手を握っていた夢が腕を軽く引っ張ってきた。

 泣くのを止め、涙が流れるのを我慢しているその顔を見て、思わず抱きしめた。


「びっくりしただろ……ごめんな。」


 頷く夢の手が背中に回わる。温かくて、優しかった。




 ◆◆◆




 それから俺は毎日病院に通った。


 修一は中々意識を取り戻さず、里中夫妻は憔悴し、もうこのまま眼が覚める事はないのではと不安を口にしていた。

 母親は病院に無理を言って連日泊り込み、つきっきりで修一の側についていた。


 俺は身内でもないので1日中いる訳にはいかなかったが、面会時間になると病室に行き亮の側についていた。


 左手首の骨折はまだ完治には時間がかかるが右足首の捻挫に関しては、腫れも大分ひいて車椅子は使わず、足を引きずりながらではあるが、立って歩ける迄になっていた。

 幸い脳の方にも異常は無かったらしく、医者からは、いつ退院しても構わないと言われた様だ。しかし、修一があの状態で母親が病院に詰めているので、手足の不自由な子供を家に置いておけない為、退院が先延ばしになっている。

 どうもこの病院の関係者と父親が知り合いの様だ。でなければとっくに亮は退院させられているだろう。


 数日経ち、身体も少しずつ動ける様になると、気持ちも前向きに変化していくものなのか、事故当日と比べて心も落ち着いて色々考える事が出来るようになってきていた。

 修一が自分を助ける為に今の状態になってしまった事への申し訳なさや、自身を責める気持ちは消せないみたいだが、必ず修一は意識を取り戻すと、根拠のない確信を持っている様だった。

 もしかしたら、半分は強い願望なのかもしれない。

 ……それは俺も同じだった。

 このまま植物状態にでもなってしまうには、余りにも修一は若かったし、亮の事を考えると早く目を覚まし、あの優しい笑顔を見せて欲しいと思った。


「航太……お母さん、ずっとお兄ちゃんの所についてるの?」


 窓から見える景色を眺めていた亮が突然口を開いた。


 ……どう答えたらいいか迷った。

 ありのまま伝えてもいいのか、嘘をついた方がいいのか……なぜなら、当日この病室を訪れてから1度も顔を見せてないのだ。

 もしかしたら、眠ている頃に様子を見に来ているかもしれないが、起きている時間に亮の病室へは訪れてはいない。


「……航太?」


 黙り込んでしまった俺を不思議そうな目でみている。


「……そうみたいだよ。

 修一にずっとついている。」


 嘘を言っても仕方無い…病院に1日中居ようがいまいが、この部屋には来ていないのだから、本当の事を教えた方がいいと思った。


「……そっか、大丈夫かな……」

「えっ?」

「お母さん、風邪とかひきやすいし、疲れてないといいんだけど……」


 母親の体調を心配する亮の言葉に驚いた。

 放ったらかしにされているのにも関わらず、悲しんだり、いじけたりする事なく母親を思いやれるなんて……

 俺の前だけでも、子供らしく拗ねてみたり、我儘を言ってもいいのにそんな事は全然口にしない。

 ……我慢するにも程がある。


 しかし、亮の表情は穏やかで瞳はとても澄んでいる。


 あぁ……そうじゃない。

 無理している訳ではない、心からそう思っているんだ。


 もし同じ立場だったら俺はどう思うだろう……果たして亮の様に親を思いやれるだろうか?

 ……想像できないな。

 でも、根暗で捻くれた俺は、きっと優しくもなれないし、寂しくて泣きながら母親を恋う事も無いだろう。

 そんな扱いにくい人間だ。

 そう考えると初め亮と自分が似ていると思った事は大きな間違いだったかもしれない。


「どうしたの?黙っちゃって……」

「あっ……ごめん。」


 亮を同士の様に感じていた事が間違っていたのではと気付いて心が波だった……寂しさも感じる。


 それでも、ほっとけない。何かしてやりたいと思う。


「様子……見にいってみようか?」

「えっ! 本当。」

「きになるんだろ……行ってくるよ。」

「うん…ありがと……」


 嬉しそうに笑った顔を久しぶりに見た……。

 そんな表情ができる事に安堵しながら、椅子から立ち上がり病室を出た。



 ICU入り口近くの長椅子に里中夫人が疲れた様子で座っていた。

 何だかひと回り小さくなったみたいで、とても頼りなく見えた。


 自動販売機で買ったコーヒーとホットココアを手にして里中夫人に声を掛けた。


「……大丈夫ですか?」

「えっ!」


 顔を上げたその目の下には酷いくまができていて、殆ど寝ていないのが伺えた。


「コーヒーとココアどちらがいいですか?」

「あっ……じゃあ、ココアを……」


 ひと口飲むと今まで息をするのも忘れていたみたいに深く息ををはいた。


「亮が……心配してます。」

「えっ……あぁ、修一ね。」

「勿論修一も…でも、同じ位貴方の事を心配してます。」

「……私を?」


 疲労で奥まった目を見開いて以外そうな表情をした。


「はい。……疲れて身体を悪くするんじゃないかって…そう言ってましたよ。」

「亮が……そう……ですか。」


 戸惑っている様だった…そんな顔を見られたくないのか横を向いてしまった。


「修一は、変化無しですか?」

「えっ、えぇ……何もしてやれない自分が情けなくて……」


 コーヒーを飲み終えた俺は立ち上がって言った。


「……亮は信じていますよ。

 修一は必ず目を覚ますって……。」


 微笑んで見せた……多分凄くぎこちなかったかもしれないが、笑ってみた。


「……では、失礼します。」


 里中夫人は何か言いたそうにそていたが、気付かないふりをして、ICUのガラス窓から見える修一の姿を見てから立ち去った。



 ドアを開けると戻って来るのが待ち遠しかったのか、俺の顔を見ると2人の様子がどうだったか聞いてきた。

 普通の6才の子供なら母親や兄の事を心配するのはごく自然なのかもしれないが、亮の今までの気持ちを思うと、その優しさが切なくて胸が締めつけられる。


「ねぇ、どうだった?」

「修一は変わらない……」

「そう………。

 お母さんは?」

「疲れてたよ。

 ……でも、母親ってものは子供の為なら」


 言葉を切った……子供の為ならなどと、1人ぼっちで病室にいる亮には言ってはいけなかった。


「そんな困った顔しないでよ。」


 あどけない顔の中に少しだけ大人っぽい表情を見せて小さく笑い声を上げた。

 何だか子供扱いされた感はあるが気を取り直して言いかえた。


「疲れてたけど、大丈夫だよ。」

「うん。」


 しみじみと亮の顔を見た。


「……そんな、見ないでよ。」

「……いや、ごめん。

 なんて言うか……亮は強いなって思ってさ……びっくりしているんだ。」

「強い?…僕が?」


 目を丸くしている。


「……きっと、今までの辛い事や悲しい事が亮を強くしたんだね。

 痛みを知らない人は他人の痛みに鈍感になりがちだから……それを知っているって事は、誰よりも強くて優しいって事なんだ。

 ……そんな亮を両親もきっとかけがえのない子供だと、きっとわかっている筈だよ。」

「……かけがえのない?」

「難しいか……うん。……そうだなぁ、かわりになるものが無い。とても大切な人って意味だよ。」

「大切な人……そうなれてたらいいな。」


 恥ずかしそうに呟いた。


 亮、この世に生まれた時点で全ての子供は親にとってかけがえの無いものになっているんだ。……勿論君もね。

 だから、自身を持っていいんだ。


 ……かけがえの無い大切な人か。

 俺もそうだったのだろうか?……もう聞く事は出来ないけど、もし、それが可能なら答えを知りたい。

 今の自分なら聞けそうな気がする。




 

















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