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分岐点  作者: 有智 心
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ようこそ折出家へ

 14時頃、兄貴は買い物に行くと言って夢と一緒に自転車で出て行った。

 俺は自分の部屋を片ずけていないのに気づき、亮達を迎えに行くまでの時間せっせと掃除したが、余りにも夢中になり過ぎ、約束の時間15分前に慌てて車に乗り込み里中家へ向かう事なってしまった。


 角を曲がると家が見え、門の所に亮が立っているのが目に入った。向こうも車に気付いて手を振っていたが、すぐに消えてしまった。


 家の前に停車すると、亮が修一の手を引っ張りながら現れた。


「待ってたよ航太。」

「時間通りだよな?……俺、遅れた?」


 修一が少し呆れた様に弟の顔を見ている。


「いいえ。亮が待ちきれなかっただけです。」


 余計な事言うなと言いたげに亮は兄の方を見上げている。


「忘れ物とかない?」

「はい。大丈夫です。」


 そう修一が答え、2人は後部座席に乗り込み、里中家を後にした。




 ◆◆◆




 ……玄関を開けるとすでに夢が待っていた。


「いらっしゃい。」


 何をしていたのか顔に白い粉が所々に付いている。そして、甘い匂いがしている。


 俺は横にずれて2人を玄関の中に招き入れた。

 そこへ兄貴がエプロン姿に、手にはボールとホイッパーを持って現れた。


「なっ……なんだよその格好。」

「ハハ…こんな姿でごめんね。……いらっしゃい、よく来たね。」


 2人は口が横に引っ張られ、吹き出すのをこらえている。


「お世話になります。」


 修一が兄らしく言うと、2人で頭を下げた。


「さぁ、中に入って、遠慮しなくていいからね。」


 俺は2人の背中を軽く押してやった。

 リビングに入るといい匂いが更に強く香ってきた。


「今ね、パパと一緒にクッキー作ってたの、もう少しで出来上がるから待っててね。」


 ……だから顔に白い粉が付いていたのかと納得し、2人を来客用の部屋へ案内した。


 兄貴と夢がクッキー作りに熱中している間3人でキャッチボールをする事にした。

 里中家の様に広い庭ではないが、交代でやれば問題無い。

 俺や兄貴も子供の頃やってたしな。


 しかし、驚いたのは兄の修一もキャッチボールはほぼ初めてだったと言う事だ。

 学校の授業で少しやった程度で、最近上達したとは言え、小1の亮より下手だった。

 それでも、修一も野球は好きらしく、楽しそうにボールを投げている。


「僕……中学生になったら野球部に入部したかったんです。

 でも母に許してもらえなくて、ほとんど活動の無い所に入部しました。」


 修一が苦笑いしながらボールを投げた。


 縁側に座っていた亮は早くボールに触りたいのかソワソワとしていたので交代した。

 兄と初めてのキャッチボールが余程嬉しいのか、亮はいつもよりテンションが上がっている。


 初めて会った時の亮を思い出すと、こんな風に笑顔を見せてくれるのが、奇跡の様に感じてしまう。

 今回の事をきっかけに、亮がもっと前向きになってくれると、今までとは違う景色が広がっていくんじゃないかと、楽しみになる。


 ……ヒリヒリと胸が痛んだ。

 なんだこの感覚は……

 俺の中で何かがざわついている。

 胸に手を当てて痛みを抑え様とした。


「クッキーできたよ。」


 夢の明るい声でその痛みが消えた。……息を軽く吐いてから中に入った。

 クッキーの焼いたいい匂いが部屋を甘い香りでいっぱいにしている。



 兄貴が食材を切り始め、俺と子供達は、庭にバーベキューセットを組み立て、炭に着火剤をつけて火おこしを始めた。

 亮と夢は団扇を手に一生懸命扇いでいる。

 その様子を見ていた修一が、キッチンの方を気にしだして家の中に入って行った。


「中々火が広がらな〜い。」


 力を入れて扇いだからか夢は団扇を持ち替えて、疲れた右手を振っている。


「……休んでいいよ。僕が頑張るから。」


 真剣に扇いでいる亮の口が、無意識なのか力が入って少し前に突き出ていた。

 キッチンの兄貴と修一の方を見ると2人は手を動かしながら何か話している様だった。

 ……何話しているんだ?


「……じゃあ次は、そこにバーベキュー用のクシがあるから、野菜と肉刺してくれるかな。」

「はい。」

「……修一君は家でもこうやって手伝うの?」

「いいえ。母はさせてくれません。それより勉強しなさいと言います。」

「へぇ…徹底してるなぁ。

 お父さんと同じ医者になりたいの?」

「それが……両親の希望ですから。」

「両親のね。

 ……修一君自身は?将来こんな仕事をしたいとか無いの?……夢ね。」

「…………。」

「……答えにくい質問だった?」

「いえ……あの、考えた事無かったなと思って、小さい時から医者になるんだと言われてましたし、そうなるものだと思っていたので……他の選択肢は考えた事無かったです。」

「……でも、これからは分からないよね。

 ……今、中1だろ。沢山の人と出会って、見て、経験していくうちに何か見つかるかも知れないよ。

 君の前には、どこに続いているか分からない道が何本もあるんだから……と、私は思うけどね。」


「……あるのかな?」


「………よし! 食材の準備完了。

 クシに刺し終えたかな?」

「えっ……はい。」

「おぉ。上手だね。

 ……こういうの性格がでるんだよ。修一君はどうやら几帳面の様だ。」

「いえ、それ程でもないです。」

「じゃあ、向こうへ持って行こうか。

 ……おい、炭おこし班。

 準備出来たぞ。誰か運ぶの手伝ってくれ。」


「夢が運ぶ!」


 網の上に修一の刺した肉と野菜を乗せ、鉄板の方に魚介類を乗せた。


「あっ、そうだ。修一、忘れない内に両親へ電話入れといた方がいいんじゃないか?」


 俺はトングで海老をひっくり返しながら言った。

 修一が携帯電話を出したが、兄貴が家の電話でした方がいいと言ったのでそっちから掛けた。


「……あっ、お母さん。修一です。

 はい。今からバーベキューをする所なんだ。

 ……亮も楽しそうにしてて…大丈夫、失礼の無い様にしているから安心して……

 亮に代わるね。

 えっ…わかった。」


 亮は手を伸ばして、受話器を受け取ろうとしたが、修一が小さく首を横に振り兄貴の方に目を向けた。


「…すいません。夢ちゃんのお父さん。

 母が代わって欲しいと言っているんですが……」


 伸びた亮の手は、空を掴んでゆっくりと力無く下げられた。

 修一が優しく肩に手を置いて2人で庭の方へ戻って来た。寂しそうな瞳をしている亮にどう声を掛けてあげたらいいのか分からなかった。


「…美味しいぞ、ほら。」


 肉を差し出した。

 ……そんな言葉しか出てこない…情けない。


「……うん、美味しいよ航太。」

「だろ。」


 電話を終えた兄貴は、鉄板で焼きソバを作り始めた。

 その姿を見て夢がお祭りで見掛ける屋台のおじさんの様だとゲラゲラ笑いながらからかっている。

 つぎから次に焼きあがる食材を子供達の皿にドンドン乗せて、口を休ませる事なく食べさせた。


「屋台のおじさんの焼きソバもあるからなぁ

 ちゃんと食べないと、おじさん怒っちゃうから……」

「おじさんいうなっ!」

「でも、おじさんだろ。」


 意地悪く笑ってやった。

 兄貴は手に持っているコテを投げつける動作をして俺を嗜める様に睨んだ。

 そのやりとりを亮と修一が笑いながら見ている。


 今日は、たくさん笑って、食べて、めい一杯はしゃいで、いつもと違う1日を楽しもう。

 ……クシに刺さった肉にかぶりついた。


 20時頃にバーベキューをお開きにして、リビングでトランプをやり始めた。

 どうも兄貴はババ抜きが苦手で、ジョーカーが手元に回ってくると、鼻が微妙な動きをしてバレてしまい5回やって4敗もした。


「駄目だぁ……勝てない。」

「パパすぐ顔に出るんだもん。」

「えっ?そうか?」

「うん。……でも、どんな癖か教えないからね。」


 子供達がニヤニヤしている。納得のいかない兄貴は、もう一戦しかたがやはり負けてしまった。

 トランプを諦めて立ち上がると隣の部屋から色褪せた箱に入ったオセロゲームを持ってきた。兄貴は修一に勝負を申し込み、夢は見ている事にして2人でやり始めた。


「……航太。」

「ん?」

「航太の部屋が見てみたい。」

「俺の部屋?」

「うん。」


 2人で2階に上がり部屋に入ると、亮は興味深そうに見回した。


「意外と綺麗にしているんだね。」

「ははは……。」


 必死に掃除して良かった……。


「なんか変な置き物とかあるけど何?」

「あぁ、前にあちこち旅していたって言っただろ……海外で気にいって買って来たんだ。……大した価値がある物は無いけどね。」


 コルクボードに貼っている写真に興味を示したので、撮影場所やそこでおきたハプニングなど話してやった。

 目を見開いたり、険しい目になったり、コロコロと表情を変化させながら俺の話しを前のめりで聞いている。

 ……こんなにも豊かな表情ができるんだと驚いた。


「いいなぁ。

 いろんな所行っているんだ。……僕もいつか行ってみたい。」

「すぐ行ける様になるさ。」

「そうかなぁ…?」

「勿論。」


 頭を撫でると、くすぐったい様な顔をしいた。


「じゃあ 、その時は航太に案内してもらいたい。」

「おう!いいぞ。

 ガイド料は高いからな、覚悟しておけ…」

「え〜お金とるの!」

「当たり前だ。」


 亮の額を人差し指で押した。額を摩り、笑いながらベットに腰をおろすと、今度は改まって言った。


「航太、今日1日楽しかった。有難う」

「……それは…夢に言って、思い付いたのはあの娘だから。」

「うん。

 ……初めての事ばかりだった。

 お兄ちゃんとキャッチボール、バーベキューに皆んなでトランプ。

 家じゃやった事無い。」

「……そっか。」


 どこの家庭でもやっている様な事が、初体験だと言う笑顔の裏に見え隠れする寂しげな影……静かで、どこか冷んやりとした空間が広がる家の中を想像してしまう。


「……頑張っても……お父さんもお母さんも…何も言ってくれない。

 どこまで頑張ればいいのかわからなくなって……苦しくなる時があるんだ。

 ここが痛くなる。」


 そう言って胸に拳を押し当てた。


「……俺もあるよ。」

「えっ?」


 天井を見つめて言った俺の顔を、意外そうに目を剥いて見ている。


「言いたい事があるのに、でも……どう言って良いのか分からなくて、苦しくて辛くて……」

「……そんな時、航太はどうしたの?」

「笑った………笑っていたら次は良い事があるって信じて…」


 本当にそうか?

 心が痛いくせに無理して笑って、泣きたいのに、それを隠す為に笑って誤魔化していたのではないだろうか……?

 俺は……


「でもな亮、どうしても泣きたくなったら我慢しなくていい、見っともない位大きな声を出して泣くんだ。

 そうしたらスッキリして、グチャグチャの自分の顔見たら笑っちゃうから……」


「できるかな……」

「できるさ。」


 真っ直ぐに俺を見る目は不安そうで、頼りげがなく見えた……肩に手を回して身体を寄せた。


 亮。悲しい顔をして俯いているより、顔をあげて笑ってた方がいい……俺の様に逃げる為ではなく、前に進む為に……

 笑う君にきっといい事が沢山やってくるよ。


 …………この時はまだこれから起きる思いもよらない結末など知る由も無く。

 俺は、亮が自分らしく歩いて行く未来ばかり考えていた。


 ……部屋へ一緒にオセロをやらないかと、夢が言いに来たのでリビングへ降りて、修一vs亮と夢の3人で対戦し始めた。


 俺と兄貴はダイニングの椅子に座りビール片手に子供達の楽しそうにしている様子を眺めていた。


「兄貴、キッチンで修一と何話していたの?」

「えっ…あぁ、あの時ね。」


 ビールを一口飲んでから小さく息を吐いて、何か言い難い内容だったのか、迷っている感じに見えた。


「兄貴?」

「……内緒だ。お互い長男同士のたわいのない意見交換。…とでも言っておこうか。」


 そうぼやかした言い方をして笑っている。

 俺もそれ以上聞くのはやめた。

 ……長男に生まれた者にしかわからない物事の捉え方や考え方が有るのだろう。

 ……優しい瞳で子供達を見ている。

 初めての会った時と変わらない兄貴。そんな風に俺の事も見守ってくれてたな……あの日……見知らぬ子が弟としてやって来て、兄貴はどんな思いで受け入れたんだろう。


 オセロゲームは修一優勢で進んでいた。




 ◆◆◆




 次の日。

 午前中は子供達に勉強させた。亮や修一は素直に受け入れたが、夢はつまらないと言って抵抗してきた。しかし、2人の親と約束した事だからと言われ渋々ワークブックを開いた。


 勉強が終わってから、5人でゲームセンターに行って盛り上がった。


 家に戻ると、帰る準備を始めた2人に、夢が、今日も夕食食べていけばいいのにと寂しそうに言った。

 修一が前にかがんで、夢のお陰で楽しい時間が過ごせたと礼を言い頭をなでて、背後でやはり寂しそうにしている亮を前に押しやり、挨拶する様に催促した。


「楽しかった……有難う。」


 絞り出す様な声だ……別に一生の別れでもないし、ゴールデン・ウィークが終われば学校であえるのにおおげさと思うかもしれない。でも、同じ屋根の下で共有した時間は、また少し世界を広げ、子供達にとってかけがえのないものになった。

 だから寂しい。

 大人の俺でさえしんみりとしてしまう位だ。


 インターホンが鳴った。

 もう迎えが来てしまった様だ……。




 ◆◆◆




 次の日、俺は8時に目を覚ました。

 普段なら兄貴も夢もとっくに起きている時間だが、今日は2人とも部屋から出て来ない、寝ているのか?……いや、兄貴はどうかわからないが夢は下に降りてくるのが嫌なのかもしれない。

 たかだか一泊だけ3人から5人の生活だったのに、居なくなると何処も彼処も広く感じてしまう……まぁ、今1人で1階にいるのだから当たり前なのかもしれないけど、昨日2人が両親と帰ってしまった後の家の中は一気に静かな空気が流れ、居なくなってしまった2人の隙間を更に寂しい空間にした。


 ……亮はまだ寝ているだろうか?


 縁側のガラス戸を開ける。

 今日も良い天気だ、太陽か眩しくて目を細めた。


 その日の夜、明日からの旅行の準備を終えた夢が降りて来て、なぜか上から目線で言ってきた。


「航太、本当に1人で大丈夫?

 やっぱり一緒に行こうよ。」

「人で溢れかえっている所はごめんだ。……家でのんびりしてた方がいいよ。」


 この旅行が決まってから何度も一緒に行こうと誘われたが断っていた。

 アメリカにある同じテーマパークには何度も行っている……といっても、遊びではなくバイトをしていたのだ。

 旅費がつきた時、現地の友人に頼み込んで働かせてもらっていた。その経緯が有るので仕事以外でわざわざ人で溢れかえっている所には極力行きたくないのだ。


「楽しいと思うのに……家に1人でつまんなくないの?」

「大丈夫。たかが1泊だろ。

 ガキじゃないんだから…親娘で楽しんで来て下さい。

 ……あ、お土産待っているから宜しくぅ。」


 Vサインをしてニカッと笑った。

 夢はつまらなそうに口を横に曲げていたが、どうにか諦めてくれた様だ。





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