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分岐点  作者: 有智 心
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ゴールデンウィークはどうする?

 里中家を後にしてハンドルを握りながら思った。

 充実した1日だと感じる程、少しだけ触れた亮の心が憐れに思えて仕方なかった。

 ……まだ6才の子供、親が導いて、教えてあげなければならない事は沢山有るだろう。しかし、それと考えを押し付ける事とは違う。

 親が、子供の人生をコントロールしてはいけ無い……こんな風に思うのは俺が1人身だからだろうか?


 家の玄関を開けると、夢がバタバタと走って来て、靴紐をといている俺の背中に飛びついて来た。


「おかえり〜」

「ただいま……」

「どうだった?……楽し…かっ…た?」


 俺の表情が沈んで見えたのか〝楽しかった?″の言葉は呟くように小さかった。

 そのまま夢をおんぶしてリビングへ向かうと、ソファで兄貴が本を読んでいた。


「ただいま……。」

「おかえり。」


 背中の夢をソファにおろしてキッチンに行き水を1杯飲んだ。


 兄貴は本を閉じて俺の所に来ると、肩をポンと叩いた。


「……さぁ、夢。

 夕食の準備始めようか。」


 夢は冴えない顔をしている俺を心配そうに見つめて頷いた。


 2人に声も掛けず2階に上がり、ベットに横になると、疲れていたのか瞼が徐々に視界を狭くしていった。



 ………「一体どういうつもりなの⁉︎

 あんな血も繋がってない子供引き取って……文ちゃん、それでいいの?」

「姉さん、止めて。

 2階に居るのに……聞こえてしまうわ。」


「克也さん。本気で文ちゃんに育てさせる気なの?……あんまりだわ。」


 ……誰だ?

 この人は?

 ……あぁ。札幌の伯母さんだ。


「姉さん……もう決めた事だから。」

「何、人のいい事言っているの。貴方、愛人の子供押し付けられたんじゃない!

 私は、納得いきませんからね!」


 そうだ、あの日だ。

 伯母の声が大きくて2階まで聞こえてきた。


 ……伯母が俺を部屋からつまみ出して、どこか知らない場所に捨てられるのではないかと怖くて、部屋の隅で震えてたんだ。

 ……何故自分はこんな悲しい思いをしなきゃいけないのか?

 ここに居てはいけない、この家には不必要な子供……怖い。


 その時、兄貴が入って来て隣りに座って強く肩を抱いてくれた。


「泣くなよ……今は絶対泣くな。

 笑え……伯母さんの言う事なんて笑い飛ばしてしまえばいいんだ。」


 俺は目にいっぱい溜めた涙を袖口で拭き取って、ぎこちなく笑った。

 兄貴も笑った。

 この夜初めて兄貴と一緒の布団で寝たんだっけ……凄く安心したのを憶えている。


 目が醒めると朝になっていた。

 どうやら夕食も取らずあのまま寝てしまったみたいだ。

 時計を見ると5時……この時間じゃあ兄貴もまだ起きていない。

 キッチンでお湯を沸かし、インスタントコーヒーを飲みながら縁側のガラス戸を開けた。

 少し風が冷たかったが寝過ぎてボゥとしている頭には丁度いいかもしれない。


 今日、学校で会うだろう亮はどんな表情をしているだろうか?

 ……あぁ、そうか。

 もう父兄の送迎は終ってたんだ。会えるのは、あの公園だけか……

 想いにふけっている内に兄貴が起き出す音が聞こえてきた。




 ◆◆◆




 夢の送迎が無くなっただけで時間に余裕ができた。

 家の掃除が終わると、久しぶりに駅前の喫茶店に行ってみる事にした。

 駅前といっても目の前にあるのではなく、大通りから少し路地に入った、わかり難い所に、ひっそりと看板を出している……多分ほとんど常連客しかこない店だ。


 ドアを開けるとコーヒーの良い香りと微かに聞こえるジャズの音楽。

 カウンターから2代目マスターが笑顔で迎えてくれた。


「航太君久しぶりだね。」


 カウンターの1番奥、俺の指定席に座る。

 店内を見回してみた。

 何も変わっていないのがとても心地良かった。

 注文もしていなのに、目の前にコーヒーが置かれた。

 俺にしか出さないスペシャルブレンド、1年振りの味は格別に美味しかった。


「……ここは何も変わらなくて良いなぁ

 ……安心する。」

「私が年を取っていく事以外はね。」


 マスターが目尻の皺を深くして笑った。


「相変わらず、客少ないね……これで商売として成り立ってんのマスター。」


 マスターは苦笑いをしながら、これでもモーニングやランチ時は満席なるし、午後の3時位からは近所のコーヒー好きの奥様方も来るという……モーニング終了からランチが始まるまでの時間が1番暇だそうだ。……にしても俺を入れても、今店内に客は3人だけだ。

 ……よくつぶれないなぁ


「私1人でやってるしね。

 なんとかなっている。」

「先代のマスターもそう言いながら、この店続けてたんだろうな。」

「……航太君がこの店に初めて来たのは、いつ頃だったの?」

「………小学校の1年の時親父に連れられて……ビックリしたよ、6才のガキ連れて来る様な所でもないだろ。」

「へぇ…そんな小さい時か……」


「何故なんだろう……今だにわからないよ」


 親父の、コーヒーを美味そうに飲んでいる横顔が浮かんできた。

 中学1年の時に亡くなって、それまで余り一緒に遊んだ記憶はないが、この店に月に1度、必ず2人で来た事が思い出らしい思い出かも知れない。


「……航太君。

 久しぶりだからランチのビーフシチュー食べていかないか?」


 俺はその申し出を大いに喜んで受けた……ここのビーフシチューは最高なのだ。




 ◆◆◆




 今日の夕食は、鳥の唐揚げ、野菜サラダに夢と一緒に作ったポテトサラダを添え、白米に豆腐とワカメの味噌汁、それと漬物、これはスーパーで買って来たものだ。

 毎日メニューを考えるのは大変だが、俺って結構しょうに合ってるかも知れないと思い始めている。


「航太ぁ、このポテトサラダ凄く美味しいね。」

「手伝っだったからって大袈裟に言うな……普通だろ。」

「……あっ! このお豆腐綺麗に切れてる。」

「はいはい……夢は上手に切れました。」


 言い方が気にいらないのだろう、ブスッとして俺を睨んだ。


「……そうだ。

 夢、もうすぐゴールデン・ウィークだけど、どこか行きたい所ある?」

「お泊まりでもいいの?」

「1泊位なら……」


 皿の上の唐揚げを箸でいじりながら考えている夢の表情は真剣そのものだ。


「ん……あっ、遊園地!

 でも、凄く混んでいるよね。」

「この時期はどこも人でいっぱいだよ。」


 俺は少しウンザリする様な言い方をした。


「……そうだなぁ。

 大阪にあるテーマパークなんかどうだ?

 まだ行った事ないし……」

「大阪……うん。いいかも。」


 唐揚げを口に入れた。


 ゴールデン・ウィークの予定も決まり、兄貴の安心した顔と夢の嬉しそうな顔見て、俺は家でまったりと出来ると喜んだ。


「亮君は……どこにも行かないみたいな事言ってた。お兄ちゃんの勉強が忙しいだって……」

「ゴールデン・ウィークなのに勉強!」


 兄貴が驚いて夢を見た。


「でも、お父さんとお母さんは……え〜と、北海道に用事かあるからお泊まりするんだって……ズルいよね。」

「じゃあ、その日は子供だけで留守番?」

「うん。」


 兄貴は俺を見て渋い顔をした。


 兄の修一は中学生だし、子供2人でも大丈夫だろうが、1日や2日勉強しなくてもいいから、北海道へ連れて行けばいいのに……と思ってしまう。


「そうだ!」


 夢が胸の前で両手を合わせてニッコリとした。何か思いついたみたいだ。


 内容は……

 両親が旅行へ行っている間、里中兄弟を我が家で預かろうと言うのだ。

 子供だけで留守番させるより、大人のいる家で預かってもらった方が安心だろうと言うのだ。

 確かにそうだが、両親がOKを出すかどうか疑問だ。

 ……だが、以外と兄貴も乗り気で、兎に角亮君に話して気持ちを聞いてみた方がいいと言った。

 夢が嬉しそうに頷いて、明日、さっそく聞いてみると張り切っている。


 両親がどう考えるかわからないが、話してみないと何も始まらない……もし、了解が得られたら2人にとって少しは楽しいゴールデン・ウィークになるかもしれない。

 俺は夢に向かって、とってもいい考えだと褒めた。




 ◆◆◆




 次の日、夢が学校から帰ってくると、昨夜の話しを亮にしたと報告してきた。

 嬉しそうにしていたが、やはり両親が了承してくれないだろうと言っていたそうだ。


「……でも、話してみないとわからないよね。初めから諦めるなんて変だよ。」


 その通りだが……亮にしてみれば、そんな話をする事はかなりのハードルの高さだろう。初めから諦めていればガッカリしなくて済む。


「帰りに絶対パパとママに話してねってもう1度言ったんだ。」

「なんて言ってた?」

「うん。……って頷いてたけど、大丈夫かなぁ?」


 心配そうに宙を見つめていた。



 更に次の日、帰って来るなり夢は頬を膨らませながら、ランドセルを背負ったまま勢いよくソファに座った。


「亮君、話してないんだって!」


 今度はランドセルを膝に置き、その上に顎を乗せ唇を尖らせている。


 ……やっぱりな。言い出し難いのだろう。

 その辺の事情についてはわからない夢だが、せっつかれる亮もプレッシャーだろうな…と 気の毒に思った。

 明日は公園で会えるだろうから気持ちを聞いてみると事にしょう。




 ◆◆◆




 だいぶ古くなった木製のベンチに俺と亮は座って話した。


「夢ちゃん、怒ってた?」


 野球のボールをいじりながら小声で聞いてきた。


「……そうだなぁ。まぁ、フグみたいに膨れてたかな。

 毎日言われて困っただろ?ごめんな。

 夢も楽しみにしているんだよ。」

「僕も泊まりに行きたいけど……勇気が無くて言えないんだ。……駄目だな……」


 落ち込む亮の背中が丸くなっていく。

 その背をポンと叩くと、驚いて思わずボールを落としてしまう。

 拾いに行った亮に、ボールをこっちへ投げる様に手を広げた。

 投げたボールは綺麗な放物線を描いて俺の所まで届いた。


「ナイス!」


 少し照れながら走って戻って来た。


「……初めてキャッチボールした時全然前に飛んでいかなかっただろ、でも、必死に練習して今では上手に投げられる様になった。」

「……うん。」

「じゃあ、亮がどうしたいか、必死に両親に頼む事出来るじゃないか?」

「必死になって。」

「そう。ほんの少しの勇気。

 ……それでも許しがでなかったら、どうしたら良いか一緒に考えるから……まずは、自分の気持ちを伝えるんだ。」


 諦めと迷いばかりの暗い瞳の瞳孔が開いた様に見えた。


「僕……頑張って…みる。」

「よし!」


 亮の髪の毛がグシャグシャになる位なでた。


 それから、両親に話す時の注意点を教え、最後に折出家の電話番号を伝えた。


 その日の20時過ぎ折出家の電話が鳴った。

 リビングでテレビを見ていた3人は一斉に音の鳴る方に目を向けた。

 兄貴が受話器をあげた。


「はい。折出です。」

「……。」

「学校では娘が仲良くさせて頂いております。……はい、いえ。迷惑だなんて、娘も楽しみにしています。

 はい。……中学生のしっかりしたお兄さんがいらっしゃるので、2人で留守番していても大丈夫なんでしょうが、物騒な世の中ですから、もし親御さんの了解が得られれば、私の方でお預かりした方が安心なのではと思いまして……えぇ、キチンと勉強の方も…はい。

 宜しいですか?…………では、お預かりします。

 失礼します。」


 兄貴の声を一言も聞き漏らさない様に、俺と夢は集中していた。……〝お預かりします″の言葉が聞こえた時、2人で飛び上がってハイタッチをした。

 兄貴は受話器を置くと夢を抱き上げて、額と額を合わせた。


「良かったな……2人共泊まりに来るぞ。」


 夢はニッコリとした。


 ……やったな亮。

 ちゃんと言えたんだな。

 嬉しそうな顔が浮かぶよ。小さな一歩だけど、自分の意思を伝える事が出来た。

 亮の勇気に心の中で頷いた。




 ◆◆◆




 それから当日まで、夢は勿論だけど俺も結構浮かれていた。

 打ち合わせにモデル事務所に行った時、能見さんに珍しく機嫌がいいと言われ、今回のCMの仕事に俺が乗り気になったと勘違いをしたのか、ますます彼女は張り切りだしてしまった。

 訂正しようかと思ったが、能見さんのニコニコ顔が夢の浮かれた顔と重なって言うのを止めた。


 夢の話しだと、学校での亮も今までにない位明るい様子で……まぁ、相変わらず余りクラスメートとは話さないみたいだか、〝友達の家に行くの初めてなんだ、楽しみ″と、言っていたそうだ。

 夢は夢で友達と言われて、かなり嬉しそうにしていた。




 ◆◆◆




 その日は朝から忙しく3人が動き回っている。

 天気も最高で青空に薄い雲がゆっくりと流れて、爽やかな風が心地よく吹いていた。


 俺と夢の2人で来客用の部屋……と、言うと大層な感じがするが、ただの六畳の和室で普段は使用していない。


 押入れから2組の布団を出して庭の物干し台に広げ、それから部屋の掃除を始めた。

 夢は一生懸命にガラス窓を拭いている。

 時折りピカピカになったガラスに映る自分を見ては、髪型を直してみたり、映っている自分に微笑んでみたりしている。

 そのたびに後ろから頭をちょんと押して、〝サボるな。″と、言って急かした。


 兄貴は2階の掃除から始めている。……俺の部屋はやってくれないが……

 その間、洗濯機がガラガラと音を立てて…いや、今時はそんなおとはしないか……静かに3人分の汚れ物を洗ってくれている。


 和室の掃除が終了すると、夢は庭の掃除、俺は風呂とトイレ掃除に分かれ、家中をピカピカにした。

 まるで年末の大掃除だ。

 ……今これだけやったら、12月はやらなくても良いんじゃ無いかと思う位だ。……多分そうはならないだろう。


 夕食は庭でバーベキューをする事にしたので、キッチンにある食器棚から紙皿や紙コップを探し出し、ダイニングテーブルの上に置いた。

 ふと、壁に下がっているカレンダーが目にはいった。

 3月、4月のページが剥がされ、5月と6月に変わっていた。

 俺は6月のある日付をジッと見つめていると、後ろから兄貴がその日付に赤いペンで丸を付けた。


「……ちゃんと、予定空けとけよ。」


 そう言って庭の方へ出て行った。

 赤丸を見ていると夢が近ずいて来た。


「……何カレンダー睨んでるの?」

「睨んでなんかないさ……」


 カレンダーの赤丸を指差した。


「あぁ…おばあちゃんのお墓まいりの日だ。」

「そうだね。」


 俺は、無邪気な顔をした夢の頭を撫でて微笑んだ。


 庭の方から呼ぶ声がした。

 物置からバーベキューセットを出すのに兄貴が苦戦しているようだ。






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