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分岐点  作者: 有智 心
3/19

最高の1日

 学校で会う亮は相変わらず素っ気ないが、これまでとは違い、目を合わせて挨拶してくれる様になった。

 そして、ピアノレッスンのある木曜日に公園で待ち合わせて、キャッチボールを楽しんだ。


「もう時間だ。」


 つまらなそうに公園の時計を見て、グラブとボールをしまう。


「本当はもっとやりたいけど……」

「週末は何しているの?」

「土曜日も習い事がある……日曜日は家で勉強。」


 俺は、顔をしかめた。

 一週間勉強漬けだなんて考えられない。


「やらないとお母さんに怒られるとか?」


 亮は唇を噛んで頷いた。


「……そうかぁ。

 勉強する事は悪くないけど、もう少し自由な時間あった方がいいと思うな……お母さんにお願いしてみたら?」


 亮の顔が一瞬にして硬くなり大きく首を横に振った。


「僕、頭悪くて、たくさん勉強しないと、お兄ちゃんみたいになれないから……」


 亮に兄がいる事を知った。……できのいい兄か……


「お兄ちゃんの名前はなんて言うの?」

「修一。」

「その修一君も同じくらい勉強しているんだ。」

「うん。」


 兄と比べられて肩身の狭い思いをしているのだろうか?

 ……でも、亮は頭が良いと夢が言っていたが、どの位の成績とれば認めてもらえるんだ。


「……日曜日とか家族で出掛けたりしないの?」

「夕食、外で食べる位かな……

 今度の日曜日は2人共朝から出掛けて居ないから、お兄ちゃんと2人でご飯だけど……」


 ……留守か。

 俺はニヤリとした。


「じゃあ、その日思いっきり遊ばないか?

 内緒で……」


 亮は一瞬何を言われたのか分からなかったのか、口を開けてポカンとしていた。


「遊びに……?」

「そうだよ。」

「…………えっ、いいの?」

「勿論。……でも、お兄ちゃんにバレない様にしないとな。」

「お兄ちゃんなら大丈夫だよ!」


 たたみ掛ける様な早口で亮が言った。


「本当の事言っても、告げ口なんかしないから。」

「お兄ちゃんの事、信用してるんだ。」

「うん。」


 そして、日曜日の11時、この公園で待ち合わせて、2人で出掛ける約束を交わしわかれた。




 ◆◆◆




 俺は浮かれていた。

 日曜日の事を思うと子供みたいにワクワクして、顔がにやけてしまう。

 機嫌がいいから、普段やらない夕食の後片付けを手伝って、兄貴は驚いていた。

 夢なんかはテレビドラマの刑事が、容疑者を見るような目で俺を眺めている。


「……航太ぁ、何かあったの?」

「何で?」

「だって、後片付けなんか何時もしないのに……いい事でもあったの?」

「ナイショ〜」


 教えない事に腹を立てた夢は、頬を膨らませて俺の太ももに蹴りを入れてきた。


「イテッ!」

「意地悪‼︎」

「危ないなぁ。皿、落とす所だった。

 ……これが終わったら話すから待ってろ。」




「ええぇぇ、いいなぁ。

 夢も行きたい。絶対行きたいぃ。」


 次の日曜日に亮と遊びに行く事を話したらこの騒ぎだ。


「ずるいよ2人だけで、行きたい。」


 まるで自分だけのけ者にされたみたいに不機嫌になり、口を尖らせて足をバタつかせている。

 普段は上から目線で、叔父である俺を呼び捨てにしている癖に……こういう時は年相応になる。

 ……まぁ、それが可愛いんだけどな。

 でも、夢には悪いが、今回は2人だけで行きたいと思っている。


「夢、今回は諦めなさい。

 まだ分からないかも知れないけど、男同士のつき合いってものがあるんだよ。」


 兄貴が夢を膝の上に抱き上げた。


「でも……行きたい。」

「いい女は、それを理解してあげるもんだぞ。」


 小鼻を軽くつまんで兄貴が微笑んだ。


 ……それって男の都合のいいセリフだよ兄貴。……娘にそれを言うのか。と、口には出さず突っ込んだが、今回は有難くそのセリフ頂戴しておこう。


「夢ごめんな……そういう事だから、今度の日曜日は諦めてくれ。」


 口を横に曲げて渋々頷いてくれた。


「いい子だ。

 その日はパパと買い物にでも行こう。夢の好きな物買ってあげるよ。」

「……じやあ、洋服とぉ、スニーカーが欲しい。後、美味しいケーキが食べたい。」

「わかった。約束だ。」


 兄貴と指切りをして少し機嫌が直ったのか、膝の上からピョンと降りた。


「お風呂入って来る。」


 気のせいだろうか、夢の後ろ姿がにやけて見える……げんきんな奴だ。


「……説得してくれて有難う。」

「結構な出費になりそうだけど、仕方ないな……お前につけておくよ。ギャラが入ったらしっかり払って貰うからな。」


 目を細めてニヤリとする兄貴はマジで払わせる気だ。

 肩身の狭い居候はただ黙って頭を下げるしかない。


「それで、亮君には何か聞いたのか?」

「少しだけ……たいした事はまだ何も。

 無理に聞こうとしたら、かえって心を閉ざしてしまうと思うから……待ってる。

 あの子から話してくれる時を……」

「……そうか。」


 こういう時、兄貴の穏やかな顔は俺に安心感を与えてくれる。

 向いている方向が間違って無いと確信させてくれるからだ。




 ◆◆◆




 日曜日。

 兄貴の車を借りて待ち合わせの公園に到着すると、亮は既に入口の前で待っていた。

 大事そうにグラブを抱えて、キョロキョロと不安そうな目をして俺をさがしているみたいだ。


 声を掛けると、安堵した様な笑顔を見せて駆け寄って来た。

 車に乗り込むと、初めて乗る車だからか、それとも両親に内緒で遊びに行く事の罪悪感なのか、緊張している様だ。

 俺は、無理に話そうとせず、車中では目的地に着くまで殆ど喋らなかった。


「さあ、着いた。」

「ここは?」

「バッティングセンター……来た事無いだろう?」


 亮は、俺を見上げて大きく頷いた。

 小さな背中を軽く押して中に入ると、亮はキョロキョロと珍しそうにセンター内を見ている。

 バットも振った事が無いと言うので、キャッチボール同様、手取り足取り教えてやった。

 始め俺がバッティングゲージ前に立ち、打って見せた。

 久しぶりにやったので、余り手本にはならなかったかも知れないが、亮は真剣な表情で食い入る様に見ていた。

 次に1番スピードの遅い70㎞/hの場所に移動して、実際に打たせてみた。

 亮のバットは全て空を切り、悔しそうにしていた。


「初めてなんだから仕方ないさ……少し休もう。」


 しかし、余程悔しいのかやめようとしない……額から汗を流しながら必死にバットを振っている。


「おっ!」

「当たった!」


 ぼてぼてのゴロだったが、初めてバットに当たり嬉しそうにこっちを見た。


「凄いな! ……ほら、次来るぞ。」


 次は上に打ち上げてしまったが、バットに当たる感触に感激しているのか手の平を見て笑っていた。


 1時間程でセンターを出て、近くにあったラーメン屋に入り昼食をとった。

 それから又車に乗り込み、5分程で小さな野球グランドの駐車場に停めた。

 グランドでは、少年野球の練習試合だろうか、元気な声を出して走り回っていた。

 俺たちは、その隣りの芝生でキャッチボールを始めた。


 30〜40分やって休憩をとった時、亮が遠慮がちに聞いてきた。


「あの……夢ちゃんの……

 お父さん?それとも……お兄さん?……」

「へっ??」


 思いもよらない質問に変な声を出してしまった。

 それから吹き出して、笑いながら答えた。


「……あれっ?言ってなかったかな……

 そう言えば、ちゃんと自己紹介してなかったね。

 俺の名前は、折出 航太。

 夢のお父さんの弟だから叔父さんだね。」

「航太さん……」

「航太でいいよ。夢も呼び捨てだし……」

「でも……」

「いいって。航太って呼んでみな。」

「……航太。」

「そう。俺も亮って呼び捨てにするから……改めて宜しく。」


 亮の前に手を差し出した。


「よっ、宜しく。」


 恥ずかしそうに手を握ってきた。


「お〜い。そこの人ぉ。」


 フェンスの向こうから突然声を掛けられ、グランドの方へ目を向けた。

 ユニホームを着た少しメタボの中年男性が手を振っている。


「何か?」

「いや、一緒にいるお子さん、ちょっとチームに混ざってくれないかな?」


 2人で顔を見合わせから立ち上がり、男性の方へ歩いて行った。


「悪いね休んでいる所。

 実は、メンバーが1人足りなくて、その子をお借りしたいんだがね。」


 かぶっていた野球帽を取り、見事に禿げ上がった頭をタオルで汗を拭き取り、頭を下げられる。

 …………中年取り消し、壮年かも。


「でも、この子初心者でまだ試合なんて……」

「大丈夫。高学年の試合は終了で、こっちも半分が初心者の子供達だから……お願いできないかなぁ」

「……亮、どうする?」

「僕やってみたい!」


 今まで耳にした事のない大きな声を出した。


「よし。やってみるか!」



 試合が始まると男性……どうやら監督さんらしい。

 監督さんが言っていた通り両チーム初心者が多く、ゴロがヒットになったり、フライを2人で取りに行って譲り合ったりと、結構ハチャメチャな試合だった。

 それでも、子供達はみんな真剣にボールを追っていた。


 亮の3回目のバッターボックス。

 最初の2回はどちらも三振。

 その度に、チームの若いコーチが亮に打方を丁寧に教えてくれていた。


 1球目、空振り。

 2球目、バットに当たったがファウル。

 3球目、亮が思いっきりバットを振ると、ボールは三塁線ギリギリに転がっていった。


「亮! 走れ!」


 俺はベンチから立ち上がり叫んだ。




 ◆◆◆




 帰りの車の中。

 亮は余程疲れたのだろう、大事そうにグラブを胸に抱え助手席で寝ている。


 3打席目の三塁線へのボールは、相手チームの選手がもたついている間に、亮は初めてベースを踏んだ。

 一瞬信じられない表情をしていたが、セーフだった事に気がつくと、ベンチの俺に向かって大きく手を振ってきた。

 俺も自分の事の様に嬉しくて、右の拳を高々と上げた。


 試合は残念ながら、こちらのチームは負けてしまったが、亮にとっては最高に興奮した1日だったろう。


 公園の前に到着したので、可哀想だが亮を起こした。

 トロンとした目を擦りながら、今自分がどこに居るのか確認する様に、左右を見渡して俺の顔を見ると安心した様に微笑んだ。


「良かったぁ……夢じゃなかった。」

「もう、5時になるから家まで送って行くよ……案内して。」

「大丈夫だよ。」

「駄目だ。もし、ご両親が帰ってたら俺から説明しないと……」

「……わかった。じゃあ、左に。」

「了解。」


 2分程で亮の家に着いた。

 この辺りでは1番大きな家みたいだ。


「今日は有難う。

 凄く楽しかった。こんな事、もう無いかも……」

「まさか、これからだってあるよ。」


 亮は寂しそうに笑って、首を振った。


「……無いよ。

 勉強して、お医者さんにならないと……」

「両親が医者なの?」

「うん。お父さんが内科の先生。」

「じゃあ、内科の医者になるって事か……」

「お医者さんなら何でもいいって言われた。」


 俯いて、グラブをいじりながら話す姿を見て、俺は溜め息を吐いた。


「亮は、医者に成りたいの?」

「わからない……でも、頑張って勉強してお医者さんに成らないと、がつかりさせちゃう……嫌われる。」


 〝嫌われる″の所は、とてもか細い声だった…… 胸が痛くなる。

 両親の望む息子に成らなければ認めて貰えない、必要とされない……とでも思っているのだろうか……。

 やっぱり、君は、俺に似ているよ。


「両親が言う通り医者になる為勉強するのも悪く無いよ。

 でも、本当にそれでいいのか?」

「……でも。」


「………たまに、〝自分探しの旅に出ます″なんて言う人いる。

 でも悪いけど、旅に出たら何処かに落ちている自分が見つかるのかって!って突っ込みたくなる。

 ……まぁ、本当に落ちているなんて思っている訳じゃ無いだろうけどね。

 〝探す″ って言う言葉を使うのが間違っていると思う。」

「……じゃあ、なんで言うの?」

「みんな……みんな自分に自信が無いんだよ。だから、探すなんて言って誤魔化しているのかも……」

「…………。」

「旅に出る事は悪くない。俺もあっちこっち行っているし……

 旅に出ると、普段出来ない経験をする事がある。特に海外なんかに行くとね。

 文化や宗教、価値観、全然違ったりする。

 そこで、見たり、聞いたり経験してどう考えるか…どう自分に取り入れるかが大事なんだ。

 そうやって、探すんじゃなくて、自分を創っていく。

 これは、旅をしなきゃ駄目だって事じゃないよ。今居る場所でだって出来るんだ……ようは、気持ち次第で見え方が違ってくるって事。

 1日の出来事をどう捉えて自分の糧にするのかが重要なんだよ。

 ………難しいか……わかる?」

「……なんとなく、だけど……」

「うん……だよな。」


 俺は、長い前髪をかき上げて、フッと息を吐いた。

 ……偉そうに言ったけど、この言葉、自分自身に聞かせているよな……笑っちゃうよ。


「……航太?」

「あぁ、ごめん。

 ちょっと、グダクダ言い過ぎたな……」

「……わかるよ。

 ぼんやりにだけど、親に言われる事だけじゃ無くて、自分で考えて、色んな事やってみなさい。……って事?」

「そう!」

「……出来るかなぁ?」

「きっと出来る。大丈夫だよ。

 亮は亮なんだよ……君にしか出来ない何かが必ずある。」

「うん……。」


 不安で自身がなさそうな表情で頷いた。

 ……そりゃそうだよな、急に言われても切り替えなんか直ぐに出来ない。少しずつでいいさ。まだ、時間はたくさんある。


 家の玄関から誰かが出てきた。


「あっ! お兄ちゃん。」


 亮は急いで車のドアを開けて外へ出た。

 外灯のせいか分からないが、やや青白い顔でヒョロリと背の高い少年が出て来た。


「いつも弟がお世話になってます。

 初めてまして、修一と言います。」


 声変わりが始まったのか、少しかすれた声で礼を述べられた。


「……初めまして、折出 航太です。

 予定より遅くなって、心配したよね。」

「少し……父や母が先に帰宅したらバレてしまうので、ちょっとドキドキしながら待ってました。」


 目を細めて笑った顔は亮に似ている。


「……じゃあな。亮……今日は楽しかった。」

「僕も、有難う航太。」


 兄の修一も一緒に頭を下げた。














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