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分岐点  作者: 有智 心
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出会った少年

人生の中で様々な分かれ道があり、どちらに進むか悩む。右か左か……その選択によって上手くいったり、失敗だったり。

時に心に傷を残し、元いた道に戻る事もできなくて苦しんでしまう事も……



 俺はそんなに酷い格好をしているのだろうか?

 すれ違うサラリーマンが顔をしかめて通り過ぎ、学生はチラリと見てクスクスとわらい、ゴミを出しに来た主婦は、その手にしている袋の中身より汚いとでも言いたげに、口をへの字にして足早に立ち去る。


 綺麗な姿では無いが……いや、かなり汚い格好だな。

 しかし今はそんな事どうでもいい。

 足がパンパンだ。

 やはり2駅前からここまで歩いて来るのはキツイな……

 時差ボケで眠し、腹も減った。


 そんな事を思いながら、俺は何時クシをいれたか分からないボサボサの髪に、無精髭、年期のはいったスーツケースを引きずりながら、ノロノロと歩いていた。


 その頃、実家の兄貴、折出隼人と娘の夢は、小学校の入学式に向かう為の準備をしていた。


「夢、早くしなさい。あんまり時間がないぞ。」

「待って!髪がきまらないよ!」

「あぁ……大丈夫。いつも通り可愛いから……早く。ランドセルは?」

「パパテキトー……部屋にある。」

「なんで居間に持って来てないんだ。……あぁいい、パパが持って来るから……」


 その時、やっと辿り着いた俺が、縁側のガラス戸に手と顔をへばり付いて、ズルズルとへたり込んだ。


「ワァ‼︎ 」

「どうした?……なっ、誰だ?」

「…………パパ。あれ、航太じゃない?」


 後から2人に聞いたところ、ガラス戸を開けると、俺はイビキをかきながら眠っていたそうだ。


 それから兄貴と夢で居間へ運び、起こそうとしたが、中々目を覚まさないので仕方なくそのままにして、入学式へ向かったそうだ。

 メッセージを残して……


 どれ位寝ていたのか……目を開けると顔に紙が貼ってあった。

 しかもガムテープで!


 顔をしかめながら剥がすと、兄貴からのメッセージが書いてあった。


 1、風呂に入れ!

 2、散髪に行け!

 3、散髪から戻ったら家から出るな!


 ………散髪に行けと言われても金が無い。


 ふっとテーブルを見ると、福沢諭吉が俺を見て微笑んでいた。


 さすが兄貴。

 有難く使わせて貰います。


 福沢諭吉に手を合わせてから立ち上がると、さっそく風呂へ向かう。

 すでに、お湯がはってあった……もつべき者は気の利く兄だと感謝しながら、久しぶりに湯船へ浸かった。


 風呂から上がると、腹が減っている事に気が付き、台所を漁ってみたが、テーブルの上に並べられたのは、1膳分の白米、カップラーメンと冷凍ピザをチンしたものだった。


 日本に戻って最初の食事が、炭水化物のオンパレードとは悲しすぎるが、今の俺の胃袋には充分なご馳走だと思う事にした。


 食事を終えると、諭吉をポケットに突っ込み散髪に向かった。




 …………なんだか顔がくすぐったい。

 次に鼻の中に何か異物が潜り込んできた。

 モゾモゾと鼻を動かしてみるが、まだ、くすぐってくる。

 ……我慢できない。


 思いっきりクシャミをして目を開けると、紙縒りを手にしてニタニタと笑う夢の顔があった。


「はい、ティッシュ……鼻水出てるよ。」

「サンキュ……」


 夢は腕組みをして、少し口を横に曲げ、値ぶみでもするかの様に俺を見ている。


「お髭が無くなったのは良いけど、もう少し髪切った方がカッコいいのに…」


 俺は長めの前髪に手をあてた。


「いいんだよこれ位で、カッコよく無くていいの……これが俺なんだから……でも、1年ぶりの夢は、また可愛くなったね。」


 2人でハグをした。


「……やっと目を覚ましたか。」


 エプロン姿の兄貴が立っていた。

 久しぶりに見たその姿に俺は思わず吹き出してしまった。




 ◆◆◆




 夢と手を繋ぎ小学校までの道を歩いている。

 昨夜ソファに座ってテレビを見ていると、兄貴が向い側に腰をおろして話し始めた。


「航太、ここには何時まで居る予定なんだ?」

「暫く居るつもりだけど?」


 そう答えると、少し胡散臭そうに俺を見て1枚の紙をテーブルの上に置いた。

 手にとって書かれてある文字を読んだ。


 1、明日から2週間夢を小学校まで送迎

 2、家の掃除

 3、洗濯物の取り込み

 4、夕食の準備


「タダ飯喰いの居候の身なんだからこれ位はやってもらわないとな……嫌なら早く働け!」


 俺は渋い顔をしながら兄貴と紙を交互に見た。

 ……仕方ない。

 溜息をついて頷くと兄貴は満足そうに笑顔を見せて立ち上がり、冷蔵庫からビールを2本持って来て1本を俺の前に置いた。

 そしてプルタブを開け〝交渉成立″と言ってビールを美味そうに胃の中に流し込んだ。


 ……何が交渉成立だ。ちょっとした脅しじゃないか……そう心の中で呟き、苦笑いを浮かべてビールを飲んだ。


 そんな事があり、俺は夢と一緒に通学路を歩いている。しかしどう考えても家事の負担が多い……まるで主婦だ。

 まぁ仕方無いか、兄貴の言う通り居候の身だ。ここは大人しく従っておこう。

 ただあの一言が少し気になる。


「航太、焦って働き口探さなくても、近い内いい話が来るかもな…じゃ、おやすみ。」


 あの言葉はどういう意味だ?


 ……「ここだよ学校。」


 夢が立ち止まり俺の腕を引っ張った。

 何時の間にか校門の前に到着していたようだ。


「じゃあな、いっぱい遊んで来いよ。」


 黄色い帽子をかぶった夢の頭を軽くたたいた。その時1台の車が横で止まり、中から黄色い帽子をかぶり真新しいランドセルを背負った少年が降りてきた。

 ……車から他に誰も降りて来る様子もなく、まるでリモートコントロールで走行する無人車みたいに走り去って行った。

 少年は肩を少しすぼめて車が見えなくなるまで見つめ、そして校門をくぐって行った。


「あの子……確か同じクラスだよ。」


 少年をジッと見つめている俺に気がついて夢が言った。


「……そっか、……なんか……」


 言葉をのみ込んだ。


 次の言葉を待つかの様に見上げていた夢は、俺が何も言わないので諦めて、袖口を引っ張った。


「……じゃあ、行って来ます。」

「んっ?……あぁ。」


 夢が元気に校門をくぐり校舎まで走って行くのを、手を振り見送った。




 ◆◆◆




 午後1時30分、校門の前で夢が出て来るのを待っている。

 同じ1年生の父兄達が首からIDカードを下げて校舎の方へ歩いて行く。

 俺は、兄貴の写真付きのカードを忘れてしまい校門の外で待つ事にした。

 そこへ今朝の少年が、やはり肩をすぼめてやって来た。


「航太ァ!」


 夢が長い髪を揺らしながら走って来て、俺の腰にピョンとしがみついた。


「おかえり〜 。カード忘れてこっちで待ってたんだけど、探した?」

「大丈夫。そんな事だろうと思って真っ直ぐこっちに来たから……あっ、亮君。」


 俺の背後に隠れるような形で門の所に立っていた少年が驚いてこっちに目を向けた。


「あっ……」

「お家の人まだ来ないの?」

「えっーと……」


 ドギマギとしているのを見て、夢がクスクスと笑った。


「……夢だよ。お・り・で・ゆ・め。……同じクラスなんだけどなぁ〜」


 少年はバツが悪そうに俯いて消え入りそうな声で答えた。


「もう少しで来ると…思う。」

「でも、凄いね。車で来るなんて……お家遠いの?」

「えっと…………あっ!」


 今朝と同じ車が校門の前で停車した。

 少年はチラリと夢を見て何か言いたげだったが、何も言わず車の方へ歩いて行った。


「亮君。バイバイ。」


 可愛い笑顔を見せて手を振った。

 少年は小さく手を振り返し、頬を少し赤く染め、恥ずかしそうに車に乗り込み去って行った。


 車が見えなくなると夢が先に歩き出した。


「あの子ね……里中 亮君って名前なんだ。」

「もうクラスの子の名前覚えたんだ。」

「全員じゃないけど、なんか航太気になっているみたいだったから……亮君の事。だから男子の中では最初に覚えたんだ。」

「そんな風に見えた?」

「うん。」


 相変わらず感がいいな……確かに気になる子だった。どこか俺の子供の頃に似ている様に思ったからかも知れない。

 ……遠い記憶。

 忘れられたらどんなに楽だろうと何度も思ったけど、頭にこびり付いて消えない記憶……


「ねぇ、ちゃんと写真撮ってきた?」

「……えっ?」


 夢の声で過去に飛びそうになった心が引き戻された。


「やっぱり忘れてる。今朝パパに言われたでしょ……航太のIDカードを学校の方で作って貰うから、写真を撮っておく様にって……ホント忘れっぽいんだから……」


 俺は頭を掻きながら笑って誤魔化した。


「じゃあ、夕食の買い出しのついでに写真撮りに行きますか。」

「だね。」

「で、今日のメニューはどうするか……夢は何食べたい?」

「カレーライス‼︎」


 そう言うと夢は俺の腕を掴んで引っ張り、すっかり散ってしまった桜並木の通学路を歩いて帰った。




 ◆◆◆




 カレーライスが出来上がった所でタイミング良く兄貴が帰って来た。

 玄関で誰かと話す声が聞こえた。


「さぁ、遠慮しないで入って下さい。」


 兄貴の背後から現れたのは、1番会いたくない人物だった。

 昨夜のあの意味深な言葉はこの事だったのかと顔をしかめた。


「やっと帰って来たのね…航。」


 満面の笑みを俺に向けてきた。


 彼女の名前は、能見 珠子。

 有名モデル事務所のチーフマネージャーで年齢不詳。

 なぜ彼女と知り合いかと言うと、何度かバイトでモデルの仕事をマネジメントして貰った事があるのだ。

 そうなると、なぜ俺みたいな奴がモデルなんて?……って話しになるが、長くなるので省略する。


「今日はカレーライスか。美味そうな匂いだ。能見さんも座って下さい。先ずは、航太特製のカレーを食べましょう……話はその後で……」


 何が話はその後だ。

 冗談じゃない……兄貴の奴、すぐに連絡したんだな……はぁ、面倒くさくなる予感が……今すぐこの場から逃げたい気分だ。

 能見さんは夢の隣で俺の斜め向かい側に座った。

 折角のカレーライスが台無しだ……食べた気がしなかった。


 キッチンから食器を洗う音がする。兄貴と夢が夕食の後かたずけをしているのだが、リビングのソファに向かいあって座っている俺と能見さんの方を、時折覗き込む様に目を向けるので睨んでやった。


「本当にいい時に帰国してくれたわ。」


 ベージュのパンツスーツを、いかにも仕事が出来る女ぽっく着こなし、脚を組んでコーヒーを飲んでいる。

 俺は面倒臭さそうに首の後ろを摩りながら彼女を見た。


「……なんですか?仕事頼んだ覚え無いですけど……」

「凄くいい話なのよ。」


 媚びる様な声、獲物を視界から外さない肉食動物の様な目……背筋に寒気が走る。


「仕事は自分で探します。モデルの方は勘弁して下さい。」

「駄目よ。クライアントが航を指名してきた仕事なんだから、絶対やって貰います。」


 彼女の意思の堅そうな表情を見て大きく息を吐いた。

 仕事の内容は、大手電機メーカーがデジタルオーディオプレイヤーの新機種を発表する為、そのCMと広告ポスターを俺でという事らしい。

 広告ポスターだけならまだしも、CMもとなると……ごめんだ。テレビをつける度に自分の姿が流れると思うとゾッとする。


「すいません……やっぱり、お断りします。」


 そう言って俺は頭を下げて立ち上がった。

 だが、兄貴が目の前に立ちはだかって、両肩に手を置いて再び座らせた。


「俺も帰宅する間、能見さんから仕事の内容は聞いている。本当にいい話だからこの仕事受けろ。」


 爽やかな笑顔で、軽く頷く様に顔を上下させて隣に兄貴も腰をおろす。


 俺は両手で顔を覆った。


「航、ギャラも破格なのよ。この仕事受けたら暫く働かなくても大丈夫だし、又すぐ旅行にも行けるわよ。」


 2人の笑顔が憎らしく見えてきた……又溜め息が出る。

 こんな事になるから能見さんには会いたくないんだ。

 俺は長い前髪をクシャクシャと掻きむしった。


「航太、CMにでるの?」


 夢がソファを挟んで両手で俺の頬をピタリとサンドし振り向かせた。


「……いっ、いや、今断っている所だ。」

「あらぁ、夢ちゃん、毎日カッコいい航がCMで流れてたら嬉しいよネェ……見たいよね。」


 悪魔の囁きをするな!

 次は夢を取り込むつもりか!……勘弁してくれ……もう、完全に彼女のペースにはまってしまっている。


「夢は…………見たい!」


 夢が俺の頬にぎゅっと力を入れて手で押し、変顔になった顔を見てケラケラと笑った。

 能見さんが、〝ホラ、見なさい″…と、でも言いたそうに目を細めニタリとした。


 可愛い姪っ子にまで言われると弱い。完全に退路を断たれ、これはもう仕事を受けるしかない状況だ。

 首を縦に振らないと帰りそうもないし……あぁ、面倒くさい。

 もう、ヤケだ!

 俺は、渋々頷いた。

 能見さんが小さくガッツポーズをするのが見えた。


 満足そうに能見さんが帰って行くのを見送り、自室のベットに身体を放り投げる様に飛び込むと目を閉じた。

 里中 亮の姿が自分の子供の頃と重なった。


 …………幼稚園の帰り道。

 目の前に差し出された白い手、それを遠慮気味に指先だけを握って、背負ったリュックを重くもないのに肩をすぼめて歩く小さな俺。


 子供にはどうする事も出来ない人生の選択。

 大人が勝手に決めた居場所に、小さな俺は不安を抱えながら、ここに存在していいのか……この家族にとって自分は不必要な人間ではないか……と、頭の中で巡らせ、心の中で呟いていた。

 …………できるなら、声を出して聞いてみたかった。

 ……〝僕は必要?″

 6才の子供が〝必要″なんて言葉を知っていたかは怪しいが、モヤモヤしたこの気持ちをどうにかしたかった。


 あの里中 亮という少年からも、そんな印象を感じた。

 心の一番奥に押し込めた思いを吐き出せたら楽なのに、それが出来ない……とてつもなく厄介な代物。

 しかし、他人の俺がどうにか出来る問題ではない。

 今だに自分の心の中さえ持て余しているのに、あの少年に何をしてあげられる。

 ……考えるのはよそう。忘れよう。

 そのまま深い眠りの中に入っていった。


































初めまして。不安だらけですが投稿させて頂きました。

初心者の拙い文章、誤字、脱字など恥ずかしいですが、広い心で読んで頂けましたら嬉しいです。



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