『暴露』
「話し合い? お前、ナメてんのか?」
越喜来の言葉に、男は依然剣に手をかけたまま答える。
「いやいや、ナメてなんかないよ。でもほら、お互い面倒なことは避けたいだろう? 僕はただ、お前の嘘を暴きたいだけなんだ」
その言葉を聞いて、男は考えた。
確かに、こんなところで無闇に人を殺しては、後の処理が面倒だ。
それに、嘘を暴くと言ってもどうせ大したことはできまい。
勝手に騒がせて、後から反逆罪でもふっかければ終わりだろう。
「……お前の言うことにも、一理ある。そうだな、本当に俺が嘘をついていると証明できたらこの無礼、許してやろう。やれるもんならやってみろよ。もしただの言いがかりだったってんなら、その時は容赦なく斬るぜ」
そう言って男はようやく剣から手を離すと、越喜来に発言を促した。
ひとまず身の安全が確保された越喜来は、落ち着いた様子で説明を始める。
「じゃあ、まずさっきのお前の発言を振り返ってみよう。あの時、お前はマスターに向かってなんて言った?」
越喜来が問いかける。
「あ? 特に何も言ってねーよ。ただ、『俺はいつでも援助を打ち切れる』って言っただけだ」
男は油断しきっているのか、何の気なしにそう答えた。
「それだよ。そこが違う」
しかし、越喜来はそこに食いついた。男の発言を、強い口調で否定する。
「は、はあ? 何が違うっていうんだよ」
自分の発言を否定された男は、若干口ごもりながら言った。
「だから、そもそもお前に"そんな権限はなかった"って言っているんだ」
男の発言に越喜来がそう返事をした瞬間、銃声のような鈍い音が店内に響きわたった。
そして直後、その場にいた全員が、越喜来の発した言葉が実体を持ち、男めがけ飛んでいくのを目撃した。
矢印のような形をしたそれは頑強な鎧をすり抜けると、男の胸に深く突き刺さる。
「い、今のは何? 言葉が形を持って……」
離れてみていたリリーは、それを見て驚いていた。
(目の発光に、物理的にありえない現象。間違いない、これは……魔法!?)
別の世界からやってきた人間が、そう簡単に魔法を使えるはずがない。
しかしこの状況、越喜来が何かしらの魔法を使ったのは明らかだった。
(異世界人が魔法の正しい使い方を知ってるわけないし……まさかこいつ、"無意識のうちに魔法を使っている"の!?)
普通に考えたら、ありえない。いくら素質があったとしても、こんなに急に魔法を使いこなすなど、不可能なはずなのだ。
(なんだ!? 今のは。幻覚か? 一体どうやって?いや、それよりも――)
越喜来の言葉を受けた男は、困惑していた。
それは言葉の具現化という非現実的な光景に対する戸惑いでもあった。しかしそれ以上に、
(――何故俺は、"ここまで動揺している"!?)
自分が、異常なまでに動揺してしまっていることに対する戸惑いの方が大きかった。
何の証拠もない。何の根拠もない。ただ図星を突かれただけなのに、男は酷く動揺し、心に大きくダメージを受けていた。
「てめえ、俺に何しやがった! 話し合いって言い出したのは、そっちだろうが!」
男は顔にじわりと汗をかいていた。越喜来を睨むと、震えた声でそう叫ぶ。
「別に、何かをした覚えはないよ。気がついたら、勝手にこうなってたんだ」
一方の越喜来は落ち着いたもので、ニヤニヤとした憎たらしい表情を浮かべたままだった。
「それに、もし僕の言葉でダメージを受けてるんだとしたら、それはお前に何か心当たりがあるってだけの話じゃない?」
追い討ちとばかりにそう言うと、何の感情もこもっていない目で男を見つめた。
「し、証拠はあるのかよ。どこにもないんだろ!? そんなの、ただの思い込みじゃねえか!」
威勢のよかった顔は、今やすっかり青ざめていた。
男は何かを振り払うように、ひときわ大きな声で怒鳴り散らす。
「いや、あるよ。証拠ならここにある」
「……何だと?」
執拗に証拠を求める声を遮ると、越喜来は一束の書類を取り出す。
そこには、男と同じような鎧を着た人間の写真が何枚も載っていた。
「これは、防衛隊についての情報がまとめられた資料だよ。さっきマスターの事務室で見つけてね、気になったからこっそり持ってきたんだ」
そう言いながら、パラパラとページを捲っていく。
その様子を見ながら、男は考えていた。
(落ち着け、こんなのどう考えてもハッタリだ。嘘に決まってる。俺がビビって自白するのを待っているんだ)
そう結論を出して、無視しようとする。しかし、
(……でも、"もしこれが本物だったら"? こんな資料聞いたこともない。だがもし本当にちゃんとした資料だったどうする? それをもとに何かを指摘されたら、どう対応すればいい?)
沈黙を保ったままの越喜来にじわじわと不安を募らせ、軽いパニックに陥ってしまった。
そして、その不安は現実に変わった。
「この資料を見るとわかるけど、防衛隊の隊長に援助を打ち切れる程の権限があるなんてどこにも書いてないんだ」
手元の資料を見ながら、越喜来は唐突に口を開いた。
「だからお前をいくら怒らせようとも、この村への援助が止まるなんてことはないはずなんだ」
男の恐れていたとおり、越喜来は資料を元に男の発言の矛盾を指摘した。
それを聞いていたマスターが、怒りをあらわにして男に詰めよる。
「どういうことだ! お前、私や村のみんなを騙していたのか!?」
男に非難の目を向けながら、大声で文句を言いだした。
「うるせぇ……ギャーギャーうるせぇんだよ黙ってろ! お前ら田舎者が街のシステムに関して無知だったから騙されたんだろ? 自業自得なんだよ!」
援助に関する嘘を暴かれ、男は錯乱状態になっていた。
マスターや村人に責任を押し付けながらも、自分のしたことを半ば認めるような発言をしてしまっている。
「そもそも、何でてめぇらがそんなよくわからねぇ書類持ってんだよ! クソ、防衛隊の権限に関する記述なんて、そう簡単に出回るもんじゃねぇはずだろうが!」
逆上した男はそう叫びながらズカズカと越喜来の前まで歩いて行くと、その手から紙の束をひったくった。
「畜生! 何でこんな資料をお前らが! お前ら、が、……ん?」
そして血走った目で奪った資料を確認した時、男は気づいた。
「おい、この書類……ただの名簿じゃねぇか!」
そう、越喜来が先程から手にしていた紙の束は、重要書類などではなく、ただの防衛隊の名簿だった。
あの時、マスターが男のことを説明するために使った、あの名簿である。
「うん、それはただの名簿だよ」
男の背中に、冷たい声がかかった。
「てめぇ! 騙しやがったな!」
その声に激昴した男は、振り返って越喜来を睨みつける。
「別に嘘はついてないよ? この名簿には『防衛隊に関する情報がまとめられている』ページが僅かながらあるし、この中には当然『お前の権限について何も書かれていない』。勝手に勘違いして暴れたのは、そっちじゃないか」
越喜来はニヤリと笑ってそう言うと、少し歩いて男から距離をとった。