『看破』
「そうだよ。僕には、あなたの心が見えている」
越喜来は「当然だ」とでもいいたげにそう答えると、椅子から立ち上がり一歩、マスターに近づく。
「僕は、嘘つきが嫌いでね。それが誰であろうと、嘘つきを見つけたらほっとけないんだよ」
虚ろな目をして口元を歪ませながら、一言。呟くと、さらに一歩近づいて言葉を続けた。
「さっき、冒険者の話題が出た瞬間に表情が固くなってたよね? あの時点で、冒険者について何か隠してることには気づいてたんだ」
飲み物が運ばれ、リリーが冒険者の話題を出した。その瞬間に生じたマスターの表情の変化を、越喜来は見逃していなかった。
リリーが横で必死に止めようとしているが、越喜来はそれを無視して演説を続ける。
「その時は、冒険者にトラウマでもあるのかと思ってたけど、すぐにそれは間違いだと気づいた。なぜならあなたが、この不自然なほどの客の少なさを、全て自分のせいだなんて嘘をつき始めたからだ」
「……だから、何故嘘だなんて言いきれるんだい? 何も証拠なんてないだろう」
淡々と話し続ける越喜来にマスターが反論を試みる。
しかし越喜来は、
「"目"。だよ。目を見ればわかる」
とだけ言うと、禄な説明もなしに話を再開してしまった。
「あの時、店の空いている理由を答えるあなたの目は、悲しそうだった。一見すると、自分のせいで店がガラガラなことを、嘆いているようにも見えたよ。でも、あなたの目の奥では、"悲しい"よりむしろ"悔しい"という感情の方が強く燃えていた」
"悲しそう"は必ずしも"悲しい"を伴わない。
マスターが店内に向けていた悲しげな視線。そこに含まれる複雑な感情を、越喜来は正確に分析していく。
「そう、まるで『私のせいではないのに、なぜ私が悪いことになるんだ』というような、不条理に腹を立てているような心がにじみ出ていたんだ」
「そ、それは……」
越喜来の指摘に、マスターが狼狽する。
なんとか言い訳を考えようとするが、辻褄の合う答えが出てこない。
結局そのまま黙ってしまったマスターを無視して、越喜来は追及を続ける。
「そして極めつけは、リリーに『何かあったのか』と聞かれた時の対応だよ。あの時、あなたは確実に何かを言いかけた。しかし、直後に口をつぐんでしまったんだ。"何かに怯えているかのような"顔をしてね」
それを聞いたリリーが、はっとした顔をする。あの時、挙動不審になっていたマスターに対して、彼女も僅かながら違和感を覚えてはいたのだ。
「これらの要素を合わせて考えると、あなたの隠し事は何かだいたい見えてくる」
越喜来はそう言うとパン!大きく手を叩き、二人の注目を集めると、
「例えば、"何者かの影響で"経営が悪化し、恐らく同じ理由で冒険者も来なくなった。そして、それを"誰にも相談しないよう脅されている"――とか」
と、ニヤニヤと笑いながらまくし立て、確認するようにマスターの顔をちらりと見たのだった。
その指摘に、あっているとでも間違っているとも返事をせず、マスターは固まっていた。
ただ俯いて、静かに震えている。
「おーい。どうだった? これ、あってたかな? 正解かどうかわからないと、僕凄く気になるんだけど――」
「もういい」
とぼけた様子で問いかける越喜来を、一言で遮る。
その口調は、鋭い。
「もう、いい」
念を押すようにそう言ったマスターの顔には影がさしていて、その表情をうかがい知ることはできない。
「うあ、ごめんなさい! ど、どうするのよ! マスター完全に怒らせちゃったじゃないの! 早くあなたも謝りなさい!」
その様子を見て怒らせたと判断したリリーは、急いで越喜来を謝らせようとした。
しかし、越喜来は呆れたような顔をすると、深くため息をついて黙り込んでしまった。
越喜来は、今まで何回もこのような場面に立ち会ってきた。
こういう場合、まず相手は自分の話を聞かなくなる。そして次に怒るか泣くかして、最後にはみんな彼から離れていく。
それでも、
他人の嘘は暴かなければ気が済まない。
他人の心を読まなければ気が済まない。
そんな性格の彼は、無意識に多くの人を追い詰めてきた。
いくら嫌われるとわかっていても、他人を傷つけてしまう。これはもはや、彼の意思でどうにかなる問題ではなかった。
(ああ、またやっちゃった……)
越喜来はその経験から、マスターはもう自分たちを相手にしてくれないことを悟っていた。
(悪気はなかったんだけどな。うっかり喋りすぎちゃったみたいだ。……僕はまた、人に嫌われるのか?)
「どうやら怒らせちゃったみたいだね。僕たちは帰ることにするよ。どうせこの様子だと、話を聞いてもらうことはできないみたいだし」
マスターとの会話を諦めた越喜来は、そう告げて店から出ていこうとする。
「え? ち、ちょっと待ってよ。帰るってどこに帰るつもりなの? 置いてかないでよ!」
一人で勝手に話をまとめた越喜来に戸惑いながら、リリーもその後に続く。
「ま、待ってくれよ。何か勘違いしてないか?」
その背中に、声がかけられた。
二人が振り向くと、マスターが不思議そうな顔をして立っていた。
「私は、怒ってなんかいないよ?」




