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イセカイ×イサカイ=腐れ外道  作者: 里中葉月
四章 【宗教】
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『化け物』

 「な、なんだね君は! 私が誰だかわかって――」

「誰だかわからない奴を殴るわけねぇだろ」

慌てふためく老人を睨みつけ、彼は唸った。

「偉そうに演説なんかしやがって。うちの妹を返しやがれ!」

「お前はあの家の……! い、妹は神に選ばれたと言ったろうが! これは名誉あることなのだぞ!?」

目を血走らせ、顔を真っ赤にして怒鳴り散らすロック。

老人の言葉に耳も貸さず、拳を強く握りしめている。


 「そこの市民! 司祭様への暴力は法で禁止されている。今すぐ手を離せ!」

騒ぎを聞きつけて、兵士が集まってきた。剣は既に鞘から抜けており、『今すぐにでも処刑できる』とアピールしているようだった。

「へっ、やれるもんならやってみろよ。上に従うだけの無能兵士どもが」

しかし、ロックは怒りで我を忘れていた。一人の兵士に向けて舌を出すと、挑発するような口調で侮辱する。

「……死にたいようだな」

その態度をうけ、兵士が動いた。殺意をこめて剣を振り上げ、一歩を踏み出す。



 「うわあ、すごい人混みだ。今日はお祭りかな?」

兵士が斬りかかる、ちょうどそのタイミング。

緊迫した二人の間に、突如として越喜来が飛び出てきた。

「っ! 危ない!」

危うく彼を斬りつけそうになった兵士は、ギリギリのところで刃の軌道をそらした。


 「わっ、びっくりしたなぁ。何するんだよ」

「き、急に飛び出した貴様が悪いんだろう!」

とぼけたことを言う越喜来に、兵士が反論する。

しかしそんなことは気にもとめていないのか、彼はロックの方を向いて口を開いた。

 「ロック! こんなところに居たの? 探してたんだ」

明るい口調でそう言うと、満面の笑みを浮かべる。

急に部外者が乱入してきたこの状況。本来なら兵士が止めるはずだが、兵士は誰も動かない。



 「もう勝手に暴走しないでよ? あ、そうそう。さっき僕おいしいパンを買ったんだけどさ……」

否、動くことができないという方が正しい。

突然現れた謎の男。振りおろす剣の前で立ち止まり、緊迫した空気を無視して談笑し、武装した兵士に背を向け続ける丸腰の男。

そのあまりの存在感と異様な雰囲気に、その場の誰もが静止し黙りこんでしまったのだ。


 「お、お前。なにやってんだよ……」

「なにやってんだはこっちのセリフだよ、ロック。こんな弱々しい老人をいじめるなんて、君も趣味が悪いね」

冷静さを取り戻したロックの発言に、越喜来が笑顔を貼り付けたままで応える。

その無礼な言葉を耳にして、司祭は顔をしかめた。

「おい、そこの君。今何か言ったかね?」

ロックが落ち着いたのを見て余裕を取り戻したのだろうか、司祭は高圧的な口調で越喜来に声をかけた。



 「ねぇ、おじいちゃん。見てわからないかな? 僕は今この人と話してるんだ。邪魔しないでよ」

だが越喜来はそれを切り捨てる。

不自然なまでに明るい笑みを浮かべたまま、司祭に対し反抗的な態度を取り続ける。

「っていうか、アンタ誰?」

追い打ちをかけるようにもう一言付け加えると、顔を司祭の方へと向けた。

そこには先程までの笑顔はなく、『めんどくさいな』とでも言いたげな非常に腹立たしい表情が浮かんでいた。



 彼の挑発的な態度を受け、司祭が口を開きかけた。その時だった。

「いいかげんにしろ!」

辺りに響くような大声で、ロックが叫んだ。

「お前な、こいつは司祭なんだよ! この街で一番偉いんだ! 下手に逆らったらお前死ぬぞ!?」

越喜来の胸ぐらを掴んだロックは、心配そうな顔をしながら彼を咎めた。


 「ええ!? 司祭だって?」

「お前知らないで喧嘩売ってたのか!? 超偉いんだよこいつ!」

「そ、そんなに偉いのかい? 僕この街来たばかりだから分からなくて……」

「偉いに決まってんだろ! 俺ら市民の100倍は偉い――あれ?」

ロックの言葉を聞いてわざとらしく驚く越喜来。

そんな彼に散々説教をしたところで、彼は我に返った。

(なんで俺が司祭を褒める流れになってるんだ?)

慌てて越喜来をみると、その顔にはいつものニヤニヤとした笑みが浮かんでいる。



 「ま、まあまあ落ち着け。知らなかったものは仕方あるまい」

気づけば、越喜来を責めるロックを司祭がなだめるという、奇妙な状況が完成していた。

ロックはもうわけがわからないといった様子で、越喜来から手を離した。

「あなたは司祭様だったんですね。僕この街来たばかりで知らなくて」

「ふむ。まぁ旅人なら仕方ない。今回だけは無礼を許そう」

反省しているようなポーズを取る越喜来を見て、司祭は偉そうに呟いた。


 「それとお前はロックと言ったか? お前も、なんだかんだいって自分の立場を理解しているようだな」

越喜来との会話が終わり、司祭が思い出したように口を開いた。

「私はカトレア様に任命され、この区画の市民を導いている。ただの市民であるお前が触れていい存在ではないのだ」

服の乱れを直しながら、ロックに無防備な背中を向ける。

それはつまり『もうこいつは攻撃をしてこない』と確信しているということ。現にロックは拳を握ることもせず、呆然としたまま足元を見つめている。

「本来ならこの場で処刑するのだがな。今回は次期『花嫁』の兄であることと、先ほどの見事な演説に免じて許してやろう」

司祭のその言葉に従うようにして、すべての兵士が剣をしまった。



 そのまま振り返ることもせず、兵士を従えて歩きだす司祭。

その後姿を見つめながら、ロックは考えていた。

(もしあの時越喜来が来なかったら)

ヤケクソになって兵士を挑発し、死にかけた場面を思い出す。

(あそこで刃がそれることはなく、俺は死んでいた)

さらにその後。自分が司祭を褒めている場面を思い出した。

(あの時、越喜来への注意の中で司祭を褒めていなければ、俺は処刑されていた)

そして一番最初。司祭に掴みかかった時のことを思い出す。

(斬られる時ではなく、あのタイミングで越喜来が声をかけていたら……)

容易に想像がつく。掴みかかるロックを、普通に咎める越喜来。

その姿はただのマヌケな旅人。あの異常な存在感は生まれず、ロックが許されることもなかっただろう。



 「おーい。どうしたの? ロック。ボーッとしてるよ?」

無言のままのロックを覗き込み、淡々とした口調で話しかける越喜来。

(こいつ、自分の動きやタイミング、それに影響された俺や司祭の反応)

(それらを全て計算し、二人とも助かる計画をたてたってのか?)

考え事をしていた彼は、うっかり自分を覗き込むその目を見つめ返してしまった。

(司祭への失言も、俺が褒める内容の説教をするように言葉を選んでいたと?)

(絶対にあの兵士が剣を逸らすと、一瞬の間に確信して、飛び込んだと?)

越喜来の顔に開いている黒く腐った穴が二つ。

いつまでも続く底の無い闇を、彼はその中に見た。

(間違いない。こいつは――)


 

 返事もせずに固まるロックにしびれを切らし、越喜来はもう一度声をかけることにした。

「ねぇ、ロックもしかして死んでる?」

「お、おう! 当たり前だろうが!」

「うん。本当にその返事でいいのかもう一度考えてみようか」

越喜来に恐怖を感じたロックだったが、普段通り話す彼を見てようやく調子を取り戻したようだった。


 「し、師匠! 無事で良かったです!」

二人がそんなやりとりをしていると、人混みの中からジニアが走ってきた。

その目は潤み、今にも泣き出しそうだ。

「あ、ジニア。ちゃんと待機しててくれたんだ」

「すごくヒヤヒヤしたんですよ! 『全部終わるまで待ってて』と言ったかと思ったらいきなり剣で斬られそうになってますし!」

ジニアは顔を赤くして憤りを露わにし、越喜来に猛抗議した。

「まあ結果として無事だったんだし怒らないでよ。それとも僕のこと信用してなかったの?」

「そ、そういうわけじゃないですが……あれ? ロックさん、どうかしました?」

うまくなだめられ、怒りが治まってしまったジニア。

と、そこでなぜか会話に参加せずモジモジとしているロックが目に留まった。


 「いやほら、俺かわいい女の子見ると緊張しちゃうんだよ」

「それが何か?」

「だから君見ると緊張してうまく会話が――」

「自分が直前に言ったこと覚えてます!? ボクを見ることと緊張には何の因果もありませんよね!?」

「見た目女なんだから緊張するってことだよ言わせんな恥ずかしい!」

「恥ずかしいなら言わなくていいよ! というか恥ずかしくなくても言わないでよ!」

他愛もない会話。二人が大声で騒いでいるのを横目に、越喜来は少し離れた位置を見つめていた。


 「二人とも、僕ちょっと用事があるんだ。先に宿へ戻っててよ」

会話が一段落したのを見て、越喜来が声をかけた。

「え? いいですけど、何か手がかりでもあったんですか?」

ジニアが不思議そうに首をかしげる。

「お前さっき無茶したばっかだろ? 大丈夫か?」

遅れてロックも、心配そうな顔をして応える。

「ちょっと世間話をしてくるだけだよ。気にしないで」

そんな二人に真顔で言うと、彼は先程から見つめていた方向へと歩き出した。



*



 「司祭様、お怪我はありませんでしたか?」

一人の兵士が、司祭に声をかけた。

ここは巨大な城の前。越喜来達との諍いの後、司祭は兵士を連れて自分の本拠地まで帰ってきていた。

「問題ない。お前たちは通常の任務に戻れ」

「かしこまりました」

司祭が命令すると、兵士達はそれぞれの持ち場へと戻っていった。


 (何だったんだ、あの男は)

兵士が全員去ったのを確認して、城の前のベンチに腰掛ける。

いつもなら城にある自室で休むのだが、今日はやけに疲れが溜まっていた。

(唐突に現れ暴言を吐いておいて、仲間に叱られて慌てて態度を変える。ただの馬鹿か、それとも……)

座ったまま、司祭は考えた。


 (私へ暴言を吐く人間は、二種類にわけられる。

何も考えていない馬鹿と、私に真っ向から立ち向かう愚か者。

おそらくあの男は馬鹿だ。私の身分を知らないだけだったのだ。

だが、もしわざと失言したのだとしたら?

思えば不自然だ。

あれだけの人混みの中心で演説をする人間を、ただの老人扱いするのはあまりにも非常識。

兵士が剣を抜いていることにも触れずに、雑談ばかりしていたことも引っかかる。

だとすると、あの男は私に歯向かうつもりなのか?)


 そこまで考えて、司祭は我に返る。

(いや、何を神経質になっているんだ私は)

そう。権力者である彼にとって、市民と同等の身分しかもたない越喜来など本来記憶の隅にも残らない存在なのだ。

しかし、あの時無駄な会話や異常な立ち回りをすることで、越喜来はその場の全員に強烈なインパクトを与えていた。


 別に、何か意味があるわけではない。ただの戯れ。運試し。

そう自分に言い聞かせて、司祭は一枚のコインを取り出した。

(表か裏だ。あの男は馬鹿か、それとも歯向かう愚か者か?)

頭のなかで呟いて、コインを弾いた。

(まあ、どちらだろうが関係ない。馬鹿も愚者も、私には届かないのだから――)



 結果は、表ではなかった。裏ではなかった。

「こんにちは、司祭さん」

コインは"空中で掴まれてその動きを止めた"。

いつのまにか真横に立っていた越喜来が、コインを手で受け止めてしまったのだ。


 「……おや、君にはさっき会ったな。どうかしたかな? ここは観光客が来るようなところじゃないが」

「ああ、そういえば確かにさっき会ったね。地味な顔だから忘れちゃってたよ」

出来る限り平静を装い応えた司祭に対し、越喜来は臆することなく言葉を並べた。

「さっき聞き忘れてたことがあってさ。それを聞きに来たんだ……でもその前に」

そして司祭が何か言う前に、両手を握って突き出した。



 「右手が『馬鹿』、左手が『愚者』。コインはどっちにあると思う?」

ニヤニヤと、見透かすような笑みを浮かべて問いかける。

その姿を見て、司祭のもまた似たような笑みを浮かべた。

(なるほど、これは確かに馬鹿ではない。かと言って愚者でもない)

(――こいつは、化物だ)

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