『聖壁』
街に入ると、越喜来とジニアは黒い布のようなものを持った門番に声をかけられた。
「これを着てください。決まりなので」
門番はそう言って簡単に着かたを説明すると、二人にその布を手渡した。
「これは……なんというか、特殊な文化だな」
渡された布を身にまとって、越喜来は呆気に取られたように呟いた。
その黒い布は体をまんべんなく覆い、全身から極力露出を減らす効果を持っていたのだ。
全身を布に包まれ、彼はミノ虫のようになっていた。
「うう、この布通気性悪いですよ。着ててすごく暑いです」
ジニアが首から下をすっぽり布で包まれた状態で、顔から汗を流しながら言った。
「確かに暑いね。僕なら、この服で毎日を過ごすのは嫌かな。でも……」
越喜来はそんな彼の言葉に同意しつつも、周囲を不思議そうな顔をして見回す。
街にいる男は、全員この布を身にまとっていた。
一人の例外もなく、それが当たり前であるかのように振舞っている。
それは、これが街の決まりだとしてもあまりにも不気味な光景だった。
「……なんか、変だよねこの街」
その不気味さに気づいた越喜来は、静かにジニアに声をかけた。
「はい。入口で男女にわかれるところから、既に意味わかりませんよ……って、そういえばリリーさん達はどこでしょう? 早く合流しないと……」
ジニアが越喜来にそう言葉を返した時、突然周囲の空気が変わった。
辺りの人々が一斉にジニア達の方を向き、鋭い目で睨み始める。
「あ、あのー。ボク、何かしましたか?」
ジニアはいきなり睨まれて混乱すると、助けを求めるように越喜来の方を見た。
その越喜来はというと、街の人の様子を見て何かを察したのか、顎に手をあてて考え込んでいた。
「ジニア。早く宿に行こう」
「え?」
「"ペットで飼ってるウサギの"リリーの様子が気になるんだろう? なら急ごうよ」
越喜来がそう言った途端に、周囲の人から緊張感が消えた。
目つきは戻り、立ち止まっていた人はまた歩き出す。
「さて、じゃあ行こうか」
その様子を確認すると、越喜来はジニアの手を取って早足で歩き出した。
「お、越喜来さん? 今のってどういう意味ですか?」
うまく状況を把握できないジニアが問いかけるが、越喜来はそれを無視して、彼を無理矢理引っ張る形で宿まで連れていった。
✱
一方、別行動をしているリリー達も、この街に違和感を抱き始めていた。
街に入った途端、二人は真っ白な布を手渡され、越喜来達と同じくそれに着替えるように指示されたのだ。
「あ、アイリス。この布、面積少なすぎない? 少し恥ずかしいっていうか……」
その布は構造上ほとんど体を隠すことができず、自然と露出が多くなってしまうようになっていた。
リリーは自分のそんな姿に戸惑うと、顔を赤くしてアイリスに声をかけた。
「……あー、その表情いいですね。次は少し上目遣いでお願いできますか?」
「アイリス、本気で怒るよ?」
しかしアイリスは、彼女のその姿をカメラに収めようと必死になっていて話を聞いていなかった。リリーは握りこぶしを作ると、怒りに満ちた顔でアイリスを睨む。
「じょ、冗談ですよ冗談! それにしても、確かに露出激しいですね。街の人は、こんなのを着てて恥ずかしくないんでしょうか?」
殺意すら感じるほどの怒りを向けられたアイリスは、とっさに話題を切り替えて誤魔化すことにした。
彼女の指差す先では、多くの女性が彼女達と同じような格好をしている。
しかしその表情に不快そうな色は見えず、恥ずかしがる素振りをするものはいなかった。
「ん? そういえばそうね。まあ、それが決まりなんだから恥ずかしいとか言ってられないんでしょ」
リリーは街の人の様子を見ると、冷静にそうコメントした。
と、その時彼女はあることに気がついた。
「……あれ? この街、なんか男の人少なくない?」
そう、彼女の目には先程から女性ばかり映り、男性の姿が全く見当たらないのだ。
「確かに言われてみれば! というか、少ないというよりそもそも"男性が一人もいない"ような……」
そこで、二人はようやく事態を把握した。
今彼女達がいる場所には、何故かは知らないが男性が一人もいないのだ。
「って、それじゃあ越喜来さん達はどこに消えたんですか!?」
「と、とりあえず、一度宿屋まで行きましょう! そこで、二人に連絡を取れるか確かめるのよ!」
そう。男性がいないということは、越喜来達もいないということになる。
二人は彼らの安否を確認するため、急いで最寄りの宿まで走った。
✱
「ひと部屋貸してくれないかな。僕らは今とても疲れてるんだ」
宿にたどり着いた越喜来は、すぐに部屋を借りることにした。
荷物の中から何枚かの硬貨を取り出し、受付の台に置く。
「お客さん、本当にひと部屋でいいのか? うちの宿、ひと部屋につき一人分のベッドしかないぞ?」
宿屋の主人は越喜来とジニアを交互に見ると、本当にひと部屋でいいのか念の為に確認した。
「ひと部屋でいいよ、お金がもったいない。どちらかが床に寝ればいいんだしね」
しかし越喜来はあくまでひと部屋に泊まる意志を崩さなかった。
それを聞いた主人は怪訝そうな顔をしたが、黙って台の上の金からひと部屋分の代金を回収した。
「よし、じゃあ部屋に行こう」
越喜来は残った硬貨を小さな財布にしまうと、後ろの方で静かに待っていたジニアに声をかけた。
「師匠、別にひと部屋にしなくてもよかったんじゃないですか?」
ジニアは、二階へと続く階段を登る越喜来の後ろをついていきながら、不満そうな声をあげた。
「今はリリーさんもいないんですし、ふた部屋分の料金くらい払っちゃえばいいんですよ。活動資金、いくらでももらえるんですよね?」
彼は先程車の中で、リリーがどれほど素晴らしい人間なのかをアイリスに耳が痛くなるほど聞かされていた。そしてその中には、活動資金やリリーのケチ臭さについての情報もあったのだ。
「うーん。そりゃ僕も、ふた部屋借りてのびのびしたい気持ちはわかるよ?」
越喜来はそんなことを言うジニアに困った顔をすると、宿の廊下を進みながら荷物に手を突っ込んだ。
「でも、君はリリーのケチ臭さをナメている」
部屋の前まで来たところで、越喜来は突然足を止めた。そして荷物から小さな財布を取り出すと、ジニアに見せつける。
その財布には硬貨が数枚、必死で節約しても一週間ギリギリ過ごせるかどうかといった金額しか入っていなかった。
「し、師匠。それは一体……?」
「『別行動になるから念の為に』って、リリーがくれたお金だよ。一ヶ月暮らせるくらいはあるって言ってたんだけど、まさかここまでケチるとは……」
深くため息をつくと、越喜来は財布を荷物の中にしまう。
「とにかく、一度リリー達に連絡をとろう。二人がどこにいるのかも気になるし、お金をもっとくれって催促もしないといけないからね」
越喜来は唖然としているジニアにそう言うと、部屋の扉に手をかけた。
✱
「あーもう! もったいない!」
リリーが、宿の部屋の中で叫ぶ。右手で財布を握り締め、その顔は怒りに満ちていた。
「り、リリーさん? どうしたんですか!?」
部屋に入るやいなや突然キレだしたリリーに驚き、アイリスが怯えたように問いかけた。
その声を聞いたリリーは、不機嫌さを隠そうともせずにアイリスを見た。
「どうしたもこうしたもないわよ! こうやって別行動したことで、実質ふた部屋分の出費じゃない! 合流さえできてれば、ひと部屋で済んだのに!」
「この狭い空間に四人で寝るつもりだったんですか!? ベッド一つですよ? 人生お金以外にも大切なことありますよね!?」
リリーは、部屋代が余計にかかることに不満を抱いていた。そのあまりのケチ臭さに、さすがのアイリスも呆れた顔をしている。
「って、そんなことはどうでもいいんです。それより、早く越喜来さん達に連絡を取らないと」
アイリスは当初の目的を思い出すと、『そんなことって何よ!』等と騒いでいるリリーを無視して、腕に魔力を集め始めた。
「今、連絡用の魔法陣を開きます。これを使えば、二人がどこにいるのかもわかるはず!」
彼女はそう言うと腕を複雑に動かし、魔力を使って何かの模様を描いていった。
✱
越喜来が部屋に入ってから数分後。彼の目の前に、突如小さな魔法陣が現れた。
「うわっ! 師匠、何ですかこれ!?」
「落ち着いて。多分、アイリスの魔法だよ」
それを見てうろたえるジニアをなだめると、越喜来は魔法陣をじっと見つめた。
「――越喜来さーん。生きてますかー?」
しばらくして、魔法陣から聞き覚えのある声が聞こえてきた。同時に、魔法陣の中にアイリスの顔が映し出される。
「うん、生きてる。君なら連絡してきてくれると思ってたよ。助かった……」
越喜来はそれを見て、女子組との連絡が出来たことに安心した。
実際のところ、連絡手段のあてなど彼には何もなかったのだ。
「何だ、生きてたんですか」
「なんで残念そうなんだ!? 『生きてますか?』って、僕を心配しての発言でしょ!?」
「じゃあ、死んでますか?」
「いや、ニュアンス変えて聞き返したところで僕は死なないから! そろそろ怒るよ!?」
そんな軽い雑談をした後、越喜来は真面目に話をするために頭を切り替えた。
「さて。冗談はいいとして、君たち今どこにいるんだ?」
宿まで移動した道中、越喜来はリリー達を必死に探したが、結局見つけることはできなかったのだ。
「というか、ボクここに来るまでの間に女の人を一人も見てないんですけど、これって一体……?」
後ろから魔法陣を覗きこんでいたジニアが、前のめりになりながら会話に加わった。
そう。彼らがこの宿にたどり着くまでの間、会う人間は全て男だったのだ。
「え? 女の人がいないって、逆ですよね?この街、女性だらけで男性が一人もいないじゃないですか」
アイリスはジニアの言葉を聞いて困惑すると、彼の発言とは真逆のことを言い出した。
「そうよ、私達さっきから一人も男の人を見てないもの。どういうことなの?」
その後ろから、リリーの声が聞こえてくる。彼女はアイリスの背後からひょっこり顔を出すと、眉間にしわを寄せて悩み出した。
「それ以前に、リリーさん達の格好なんなんですか? や、やたらと露出が激しいですけど……」
その時、魔法陣に映る彼女達の服装に気づいたジニアが、顔を赤くしながら言った。
それを聞いたリリーが、慌てて腕で体を隠す。
「こ、これは決まりだから着ろって言われたのよ! あなた達だって、よくわからない布着てるじゃない!」
リリーはジニア以上に顔を赤く染めると、大声で言った。その様子を、アイリスがちゃっかりカメラに収めていく。
だがそんな騒がしい三人とは対照的に、越喜来は顎に手を当てたまま黙り込んでいる。
「――男女別の入口、統一された服装、そして不自然な性別の偏り、か」
突然、越喜来が真剣な口調で呟いた。
「え? 師匠、何か言いましたか?」
それはあまりに小さな声だったので、ジニアには何と言っているのか聞き取ることができなかった。もう一度言ってもらおうと、越喜来に聞き返す。
「少し、気になることがあるんだ。三人とも、ちょっと待っててもらえる?」
しかし彼はそれを無視して立ち上がると、ジニアと魔法陣を残して部屋を出ていってしまった。
「え、ちょっと、越喜来さん!? ……行っちゃいましたね、リリーさん」
「ええ……どうしたのかしら」
アイリスが魔法陣から声を出したが、それは届かなかったようだった。
残された三人は、彼が戻ってくるのをただ待つしかなかった。
✱
「あ? 女はどこにいるのかって?」
越喜来は、一階で宿屋の主人と話していた。
主人は彼の質問を聞いて、珍しいものを見るような目で彼を見た。
「そんなの、女区画に決まってんだろ? こっちの区画にいるのは、野郎ばっかだよ」
「"女区画"?」
越喜来は主人の発言を聞いて、眉をひそめて聞き返した。
「ああ、あんた旅人か。ならわからなくても仕方ねぇわな。このトカルの街は、男女で区間が分かれてるんだよ」
主人はそんな越喜来の反応を見て旅人だと察すると、街について親切にも説明をした。
「どうしても女区画に用があるなら、『聖壁』の所まで行けばいいだろう。まあ、行ったところで女区画にゃ入れないだろうけどな」
そこまで言い終わると、主人は宿の奥に引っ込んで行ってしまった。
「『聖壁』ねぇ……」
越喜来はその言葉を口の中で繰り返すと、そのまま主人が奥に消えていくのを見送った。
✱
「あ、越喜来! 何してたのよ?」
部屋に戻ると、魔法陣の中からリリーの声が聞こえてきた。
「少しね。それより、面倒なことになったかもしれない」
越喜来は魔法陣の前に座ると、先程の主人の話を三人に説明し始めた。
「区画って……つまり、私達このままだと合流できないってことですか!?」
説明を聞き終わったアイリスが、愕然として声をあげた。
「合流できないって、困りますよね? それにアドルさんについて調べるにしても、街が二つに別れてるんじゃ効率悪いですし」
ジニアも、主人公探しが難しくなることを懸念して暗い顔をしている。
「ってことは、この街ではずっとふた部屋分のお金がかかるってこと!? そんなの嫌よ!」
しかし、リリーは金の心配しかしていなかった。
本来主人公探しの心配は彼女がするべきなのだが、どうも使命より金の方が大事なようだ。
「主人の話からするに、区画間の移動は難しいらしいからね。明日、その『聖壁』って所に行ってみよう。何か合流する方法があるかもしれない」
金が絡んで暴走しているリリーを放置すると、越喜来は淡々と翌日の作戦について話し始めた。
「聖壁の場所については、街の人に聞けばなんとかなると思う。とりあえず、今日は寝ようか」
越喜来はそう言って話を締めると、三人に就寝を促した。
✱
翌日、越喜来とジニアはその『聖壁』の前まで来ていた。
二人は聖壁を見ると、呆然として立ち尽くしてしまった。
「うわ、これは何と言うか……」
越喜来は聖壁を見て何かを言おうとしたが、うまい言葉が思いつかない。
「……すごく、大きいですね」
その言葉に、ジニアが単純な感想を付け加えた。あまりに簡単な感想だったが、実際そうとしか表しようがなかったのだ。
聖壁は街のど真ん中に位置しており、街を二つの区画に分断する役目を持っていた。
つまりは『巨大な壁』なのだが、それはあまりにも大きすぎた。
聖壁は山と見間違えるほど高く、街の端から端まで伸びている。そして表面は魔力でコーティングされ、生半可な攻撃では傷ひとつつかなそうだった。
(こんな壁まで作って、強制的に男女を分けるって……)
その壁を見上げながら、越喜来は確かな違和感を抱いていた。
「一体何なんだ、この街は……?」
そう呟いた声が、目の前の巨大な壁に吸い込まれて消えていく。
この時、越喜来の心に火がついた。
"違和感は解消しなければ気が済まない"人間が、こんな謎だらけの街を放っておくはずがなかった。
越喜来は聖壁を眺めなから、この街の謎を解くことを静かに心に誓ったのだった。




