『少年少女』
頭上に、満天の星空が広がっている。
顔を上に向けてそれを眺めると、越喜来は眩しそうに腕で目を覆った。
「大分暗くなってきましたね」
そこに、運転席からアイリスの声がかかった。
「うん、そうだね。まだ次の街には着かないの?」
越喜来はそれを聞いて顔を前に向けなおすと、そう質問した。
あの"素朴な街"から出発して、もはや三時間は経とうとしていた。
この車の性能から考えると、四人はもう既にかなりの距離を移動しているはずだった。
「私、今越喜来さんに話しかけたわけじゃないんですけど……リリーさんはどうしたんですか?」
アイリスは返ってきた声が越喜来のものだということに気づき、うんざりとした顔をした。
「寝てるよ。気づいたら寝てた。それより君さ、僕に対する態度をなんとかしようとは思わないの?」
「そうですよ! いくらなんでも師匠の扱いが酷すぎます!」
越喜来は、相変わらずキツい言葉をかけてくるアイリスに不満の声をあげた。
それにかぶせるように、彼女の隣に座っていたジニアも抗議する。
「この車に乗ってから、師匠に悪口以外の発言一回もしてないじゃないですか! 師匠のことそんなに嫌いなんですか!?」
ジニアは目つきを鋭くしてアイリスを見ると、しつこく文句を言い始めた。
「あーもう、うるさいですね! なんでジニアまで私の敵になるんです!?」
「アイリスさんが師匠を貶すからいけないんですよ! いいから早く謝ってください!」
二人はリリーが寝ているということも忘れて、大声で言い合いを始めてしまった。
聞くに耐えない内容が、敬語で宙を飛び交う。
「お、落ち着いてよ。なんか二人とも、口調が似てるから僕混乱しちゃって――」
「「ちょっと黙っててください!」」
「……うん、わかった」
越喜来は自分のせいで始まったその口喧嘩を止めようとしたが、二人は息を揃えてそれを遮った。
なんだかその迫力にある種の恐怖を感じた越喜来は、大人しくそれを放置することにした。
「だいたい、アイリスさんはなんで師匠を嫌ってるんですか!」
「そんなの私の勝手でしょうが! それよりも、私にはジニアがどうしてこんなのに惚れ込んでるのかが理解できませんね!」
「ほ、惚れてるとかそんなんじゃないですし……」
放置された二人は、高速で移動する車の中で正反対の意見をぶつけあった。
越喜来には、二人の間に火花が散るのが見えた気さえした。
「ジニアだって、この人の性格の悪さを知れば考えを変えるはずですよ! 一度、悪事をはたらいて問い詰められてみてください! そうすればきっとわかりますから」
「君さ、とんでもないことを言ってることに気づいてる?」
しばらくして、アイリスの発言は徐々に危険な方向へと向かい始めていた。
越喜来はそれに気づいて咄嗟に会話を遮る。
「うるさいんですよ、黙ってください! それにですね、そもそも――ん? あの門、私たちが目指してた街の門じゃないですか?」
発言を邪魔されたアイリスが反論しようと前を向いた時、彼女の目に大きな門が飛び込んできた。
「本当だ。君達の言い争いばかり気にしてたから、全然気づかなかったよ」
彼女の発言を聞いて越喜来が前を見ると、白と黒に色分けされた門が見えた。
「どうやら、この街で間違いなさそうですね。"先生"の情報と全く同じデザインです」
それを見たジニアは、頭の中で街の情報と照らし合わせてあっていることを確認すると、満足気な顔で頷いた。
「……うーん? あれ、もう着いたの?」
と、その時リリーが目を覚ました。目ぼけたままの顔で起き上がると、キョロキョロと辺りを見回す。
「あ、リリーさん! 着きましたよー。眠いでしょうけど、とりあえず街の宿屋まで歩きましょうね?」
「わかった、でも眠い……」
そんな彼女にアイリスが先ほどとは打って変わって明るい声で話しかけたが、寝ぼけたままの彼女はボーっとしたまま適当な返事を返すだけだった。
✱
「さてと。それじゃ、街に入りましょうか」
車を止めて数分後、正気に戻ったリリーがようやく車から降りてきた。
「『さてと』じゃないよ。君のねぼけのせいで僕たちがどれだけ待たされたと思ってるのさ」
越喜来はそんな彼女に不満を訴えつつ、街の門へと歩いていった。
「まあまあ、いいじゃないですか。ねぼけて完全に約立たずになってるリリーさんも、なかなか素敵ですよ?」
「君、それがリリーならもはや何でもいいのか……?」
アイリスのどこかズレた発言にツッコミを入れながら、一歩ずつ門へ近づいていく。
「あー、ちょっとそこの四人組。止まって止まって!」
と、そこに突然門の方から声がかかった。
声がした方を越喜来が向くと、門の両脇を黒い服を着た二人の男が守っているのが見えた。
「ここの村では、男女で一緒に行動してはいけない決まりなんだ。悪いが、女はこっちの白い入口から、男はこっちの黒い入口から入ってくれ」
男はそう説明すると、リリー・アイリス・ジニアを白の入口に。越喜来を黒の入口に連れていった。
「ど、どういう決まりなのよそれ……気味悪いわね」
「そういう文化なんですかね。まあ、私的には好都合ですが」
リリーとアイリスは、事態をよく飲み込めないままに白の入口の方へと歩かされていく。
「まあ、決まりなら仕方ないよ。また中でうまいこと合流しよう」
越喜来は二人にそう言うと、言われるがままに黒い入口から中に入ろうとした。
「って、せめて誰かツッコんでくださいよ!」
その時、ジニアが大声でそう言った。
目つきは鋭く、怒りに満ちた表情をしている。
「えーっと……ツッコむって、何について?」
「そこからですか!?」
しかしそれを聞いてもいまいちピンとこない様子のリリーに、ジニアは本気でショックを受けていた。
「だからボクは男だって言ってるじゃないですか! それなのになんでボクが女子の入口に行く羽目になるんです!?」
「「「あっ……」」」
その発言に対して、三人は息ピッタリなリアクションを返した。ジニアが男であることなど、三人ともすっかり忘れていたのだ。
「『あっ』てなんですか『あっ』て! 人を馬鹿にするのもいい加減にしてくださいよ!」
ジニアは三人の『今思い出した』的な反応に腹を立て、頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
「これが男……だと……?」
しかし、実際にもっとも失礼なリアクションをしていたのは門番の男たちだった。
四人の会話を聞いてしまった男たちは、自分達の見ているものと聞こえてくる情報とのギャップに戸惑い、混乱していた。
「おい、冗談を言うのはやめろよ。この村のルールは絶対なんだ。それに、男と偽ってこの街に入るなんてなんのメリットもねぇぞ?」
門番の一人はそう言うと、ジニアの肩に手をかけようとした。
「触らないでよ! 兵士さんたちもさっきから失礼だよ!? 全部聞こえてるからね!」
だが彼はその手を払いのけると、目に涙を浮かべて男を睨んだ。
「なっ……こ、こいつ! 少しついて来い! このままじゃ埒があかん、多少強引にでも性別調べてやる!」
「えっ、何? やめてよ! 師匠、助けてください! ししょおおおおおおお……」
その態度と『性別不明では街に入れられない』という理由から、門番たちはジニアを抱えて奥へと引っ込んでいってしまった。
「あの、何これ?」
「……私が知りたいわよ」
「もしかして、私たちが『彼は男です』って主張してればそれで終わりだったんじゃ……」
残された三人は、なんとも言えない罪悪感の中、ジニアが戻ってくるのを待った。
✱
「「誠に申し訳ない!」」
数分後、ジニアは二人の門番から頭を下げられていた。
彼は腕で自分を抱えながら、涙目で男たちを睨んでいる。
「だから男だって言ったのに……もういいよ」
ジニアは顔を真っ赤にして呟くと、男達を無視して越喜来の元へと向かった。
「あ、ジニア。大丈夫だった? なんか変なこととかされなかった?」
「あの、思い出したくもないんで、いろいろ聞かないでもらえますか……」
越喜来は無事(?)帰ってきたジニアに声をかけたが、当の本人は深く傷ついているようだった。
俯いたままで、ブツブツと返事をしている。
「ま、まあ。良かったじゃないか! これで、男だと証明できたわけだし」
「良いわけありますか! あんな目に合わされて、もうボクお嫁に行けません!」
「お嫁には行かなくていいんじゃないかな!?」
「それに、あれだけじゃなくあんなことまでするとか、鬼の所業としか思えませんよ!」
(マジで何されたんだ……?)
そんな会話をしていると、門番のうち片方が二人に声をかけてきた。
「お待たせしました。どうぞ、こちらからお入りください」
ジニアの件以来いやに低姿勢になった門番は、二人をあの黒い入口に案内した。
「ようやく街に入れるのか。長かったな……」
越喜来はその黒い扉に手を掛けると、ゆっくりとそれを開いていった。




