『夕日』
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翌日、越喜来達は宿屋で荷物をまとめていた。
「……さてと、これでだいたい全部かな?」
三人分の荷物を確認すると、越喜来は満足したように頷いた。
「それにしても、ひどい目にあいましたね。まさか、宿屋から出ていけと言われる羽目になるとは……」
アイリスはボロボロになったベッドに腰掛け、部屋を眺めながら言った。
「仕方ないでしょ? これだけ部屋をボロボロにしちゃったんだもの。弁償しろと言われなかっただけまだマシよ」
それを聞いたリリーが、ため息をつきながら答えた。
モネとの戦いによって、宿屋の一室は壊滅的な被害を受けた。
床はへこみ壁は剥がれ、ベットは壊れて使い物にならなくなっていた。
それを見つけた宿屋の主人から『お前ら怖い』『弁償とかいいから出てって』などと騒がれ、三人は今日中に出ていくことになってしまったのだ。
「おい。"師匠"さん達、大丈夫か?」
と、その時宿屋のドア(かつてそう呼ばれていたもの)を開いて、男が部屋に入ってきた。
「うん。まあ部屋を壊しちゃった時点で、こうなることは予想してたんだけどね。"先生"の方こそ大丈夫?」
越喜来はその姿を確認すると、腕に巻かれた包帯を見て言った。
「ん? ああ、これか? ジニアが暴走した時にちょっとな。まあなに、後遺症もなく治るみたいだし、心配ねぇよ」
彼の腕の骨は何本か折れ、他の骨にもヒビが入っていた。
しかし"先生"と呼ばれた男は腕を見ると、特に気にしていない様子で笑い出した。
「先生さん、それでモネさんはどうなったんですか?」
アイリスは男が笑い終わるのを待つと、身を乗り出して問いかけた。
「"先生さん"って……まあいいか。あいつなら、兵士に拘束されて連れていかれたよ」
男はその呼び方に不満があるようだったが、気を取直してそう答えた。
「そうですか……」
同じように正気を失い人を傷つけた経験のあるアイリスは、それを聞いて俯いた。
「仕方ねえだろ。罪は償えばそれでいい。ケガ人なら治したり、その後の生活を保証したりな。ただ、死人を出したらもう終わりだ。取り返しがつかねえ」
彼女の様子を見た男が、やるせない顔をして言った。
「っと。そういえば、お前達アドルを探してたんだっけ?」
その後しばらく黙っていた男だったが、不意に何かを思い出したかのように顔をあげた。
「えっ? なんでそのことをあなたが!?」
リリーは男の予想外の発言に驚き、とっさに立ち上がった。
「いや、ジニアが言ってたんでな。それにしても、アドルか。まさか、あいつがまた他人に迷惑をかけてるってわけじゃないよな?」
男はそれを聞いて困ったように頭を掻くと、うんざりとした声で尋ねた。
「アドルのことを知ってるの?」
「ああ。あいつは少し前までこの街に滞在していてな。週に一度くらいの間隔で剣の指導をしてやってたんだよ」
越喜来がそれに質問で返すと、男はなんてことなしにそう答えた。
「もっとも、一ヶ月ほど前に『東の街へ行く』って言って出ていっちまったから、今どこにいるかはわからねぇけどな」
男は思い出しながらそう言うと、包帯で固定されていない左手で扉を掴んだ。
「まあ俺の剣をよけるくらいだからな。あんたらならきっとこの先も大丈夫だろう。大変だとは思うが、頑張ってくれよ」
そう言い残して、男は部屋を出ていった。
「……なんか、ちゃっかりアドルの情報集まっちゃったわね」
壊れたせいで閉まり切らないでいる扉を見つめながら、リリーが呟いた。
「終わりよければすべてよしっていうし、まあいいんじゃないの?」
越喜来は自分の荷物を背負って立ち上がると、ぶっきらぼうにそう言った。
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「それじゃ、行こうか」
しばらくして、三人は街の門の前まで歩いてきていた。
「この街ともお別れですね……というか、まだ私街の名前すら知らないんですけど」
「最初の村といいこの街といい、特徴のない所は地名がはっきりしない運命でもあるのかしら……?」
アイリスとリリーがそんなことを言っていると、遠くから何か声が聞こえてきた。
「――しょー!」
その声は、声の主が近づくにつれはっきりとした言葉として三人に伝わってきた。
「師匠! 待ってください! ししょおおおおお!」
声の主はジニアだった。背中に大きな荷物を抱えたジニアが、顔を真っ赤にして走ってくる。
「じ、ジニア!? 君何してるんだ?」
越喜来は息を切らして走ってくるジニアを見て、驚きに目を見開いて言った。
「ボク、師匠に御一緒します。助けてもらった、恩返しがしたいんです!」
ジニアは膝に手をついて肩で息をしながら、必死で声を絞り出した。
「でもあなた、街での生活もあるんでしょ? そんなに簡単に、故郷を離れるなんて……」
「いえ、もともとボクはみんなから嫌われてましたし、操られていたとはいえ人を殺したのは事実ですから……この先あの街で暮らしていても、いい事は何もないんです」
そんなジニアを心配して、リリーは声をかけた。
しかし彼は街に対するその発言を否定すると、上体を起こして越喜来の方を向いた。
「それにボク、師匠といたら変われる気がするんです。操られるだけの人間から、自分の意思で動ける人間に!」
ジニアは真っ直ぐな目で越喜来の目を見つめると、真剣な口調で言った。
「え、いやあ、そんなこと言われてもさ。ほら、リリーだって関係ない人を巻き込みたくないって言ってたし。ねぇ?」
「そ、そうですよ。私の時だって、リリーさんがどれだけ渋ったことか……」
越喜来はその純粋な発言に狼狽えると、頼みを断りきれずにリリーの方を向いた。
それにアイリスも同意し、苦笑いのまま彼女に確認をとった。
「ま、まあ、仕方ないわね。どうしてもついて来たいなら、ついてくればいいんじゃないの?」
「リリーさん!? なんか私の時と対応全然違いませんか!?」
そのリリーはというと、ジニアの真剣さに折れて参加するのを許可してしまっていた。
アイリスはそれにツッコミを入れたが、一度言った言葉に取り消しは聞かなかった。
「本当ですか!? やった! 師匠、これからよろしくお願いします!」
ジニアはもめている二人を無視すると、呆然とつっ立っている越喜来に勢い良く抱きついた。
「ああ、まあ、よろしくね……」
越喜来の当初の『仲間を増やしたくない』という考えは、いまや完全に打ち砕かれていた。
彼は諦めたようにそう言うと、ため息をついて空を仰いだ。
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今回、街にて更に規模の大きい事件に遭遇。死者の出るレベルの事件は初だった。
これも本来、先に訪れていた奴が解決すべき事件だと思われる。
一体どういうことなのだろうか……
とうとう、街に死人が出てしまい、舞台が崩壊しかけた。
こういった事態が連続することも想定し、世界の調整にあたりたい。
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「リリーさん、何してるんですか?」
黙々とメモを書いているリリーに、前の席からジニアが声をかけた。
「えっ!? ああ、これはその……」
「リリーはメモを書いてるんだ。勝手に覗いたら怒られるから、近づかない方がいいよ」
それを聞いて慌てたリリーを見て、越喜来が代わりに言葉を続けた。
実際に過去に怒られた経験があるからか、その言葉にはやけに信憑性があった。
「三人とも、何喋ってるんですか? 今からとばしますから、口閉じないと舌噛みますよ!」
一方運転席に座っているアイリスは、依然として不機嫌なままだった。
供給する魔力量を増やすと、車(仮)を必要以上に加速させる。
「アイリス、安全運転って言葉知ってる?」
越喜来はガタガタと揺れる車内でそう言ったが、それはまたもや風にかき消されてしまった。
遠くに沈む夕日が、四人を乗せた車を赤く染めていく。




