『待ち伏せ』
「明日の夜って……もうほとんど猶予がないじゃない!」
もはやほとんど時間がないということを聞いて、リリーは驚きの声をあげた。
「はい。明日の夜を逃せば、それこそ次のかけ直しまで一年以上待つことになるかと……」
アイリスは指に髪を巻き付けながら、写真の魔法陣を見て言った。
「ということは、明日の夜はジニアを見張っておいて、不審な人物を見つけたら即確保するくらいの勢いじゃないとダメそうだね」
越喜来は二人の会話を聞いてからそう言うと、自分のベッドに腰掛けた。
「それも、かなり近くで見張らないといけませんよ。転移魔法などを使われたら、一瞬で接近を許してしまいますから」
彼の提案にアイリスが付け加える。
「そうか、夜に近くで見張らないとダメか。じゃあ、どうすればいいかな……」
それを聞いて越喜来は首をかしげると、犯人を捕まえる方法について考え始めた。
✱
「頼む! ジニア、今夜僕と一緒に寝てくれないか?」
そして散々考えて出した結論がこれである。
単体で聞くと犯罪的にも聞こえるこのセリフに、事情を知っている二人までもが軽く引いていた。
「は、はい!? あの、言ってる意味かよくわからないんですけど!?」
ジニアは練習用の剣を手に持ったまま、その言葉によってパニックに陥ってしまう。
彼らはあの後、『夜通し見張るなら、いっそ宿に呼んでしまった方が楽』という結論を出していた。
そういう訳で、彼らはジニアを宿に招待するため、指南所を訪れたのだ。
しかし『呪いのことは本人以外には黙っておこう』という作戦だったとはいえ、さすがに越喜来のこれは言い方が悪すぎた。
「あの、あなたがた何を言っているんです? うちの弟に、何をするつもりなんですか?」
越喜来の発言は、横で聞いていたモネにまで警戒心を与えてしまっていたのだ。彼女は三人を怪訝そうな顔で見つめている。
「い、いえ、何も変なことをするためじゃないんですよ! ただジニア君を宿に呼んで、お泊り会でもしようかと思ってるんです!」
そこにアイリスがフォローを入れると、リリーもそれに同意するように大げさに頷いた。
「えっ? と、いうことは、今日ジニアは家以外のところで眠るってことですか?」
彼女は三人の話をようやく飲み込むと、慌てたように大声をあげた。
「ん? そうだけど。なにか問題あった?」
その様子を見て、越喜来はしれっと尋ねた。
「べ、別に問題があるわけではないんですが……ただ弟が心配で」
自分が大声をあげていた事に気づいた彼女はハッとして口元を押さえ、困ったように目を逸らした。
「お姉ちゃん。大丈夫だって! 師匠達は何もしないよ!」
彼女が反対しようとしていることを感じ取ったジニアは、語気を強めてそう説得した。
しかしその反論を聞いた彼女は、急に真顔になって俯いてしまった。
「お、お姉さん? どうしたんですか?」
そんな尋常ではない反応に、リリーが慌てて声をかける。
「……いえ、何でもないんです。今夜はジニアをよろしくお願いしますね」
リリーの声が聞こえた瞬間、彼女は顔に先程の笑顔を浮かべなおしていた。
そして彼女はその後『用事があるので失礼します』とだけ言い残し、指南所をあとにしてしまったのだった。
一方、夜まですることのない三人は、今日もまたジニアの稽古を見て時間を潰すことにした。
三人は一応主人公探しもしようとしたが、相変わらず聞き込みしか方法が思いつかなかったのでやめておいたらしい。
✱
「はぁ、疲れた……」
練習を終え疲れきったジニアが、膝に手をついて呟く。
「ん? なあジニア、今日はお前の姉が迎えに来てないみたいだが、どうかしたのか?」
"先生"は指南所の中を見回すと、首をかしげて言った。
「今日は彼、僕たちと一緒に宿で寝るんだ。だからさ」
「そうそう……って、うわあ! いつの間に!?」
その二人の会話に、越喜来が平然と割り込んだ。突然会話に入ってこられて、ジニアは飛び上がるほど驚いていた。
「じ、ジニアと一緒に寝る、だと……?」
しかし、男はそれ以上に驚いていた。越喜来の発言を繰り返すと、額から汗を流す。
「うん。そうだよ? 何か気になることでも?」
越喜来は、聞き返した男に淡々と言った。
「い、いや何でもない。別にいいんじゃないか?」
その言葉に男は気を取り直すと、興味無さ気な声でぶっきらぼうに言った。
「……いいってさ。それじゃジニア、行こうか」
越喜来はそれを聞いて笑顔になると、ジニアにそう声をかけた。
「あ、はい! それで、宿屋ってどこでしたっけ……」
ジニアはつられて笑顔を浮かべると、そんなことを言いながら指南所の外に出ていった。
そしてその後ろに続くように、リリーとアイリスも指南所から出ていく。
その流れで越喜来も外に出ようとした時、不意に背後から声がかかった。
「――気をつけろよ」
「えっ?」
それに驚いた越喜来が振り向くと、男は既に彼に背を向けて、指南所の奥へと歩き出してしまっていた。
越喜来はしばらく困惑した顔をしていたが、突然納得したように頷くと、そのまま指南所をあとにした。
✱
「……というわけなんだ。君には、どうやら呪いがかかっているらしい」
宿に着くと、越喜来は早速ジニアに今までの調査結果を知らせることにした。ジニアは真剣な顔でそれを聞き終わると、肩を落とした。
「呪いをかけられるなんて、ボクってやっぱ嫌われてるんですかね……」
そう言って落ち込むジニアを見て、リリーが慌てて立ち上がる。
「だ、大丈夫よ! 今日その犯人を突き止めれば、もうあなたが苦しむことはなくなるんだから!」
彼女はそう言って彼を励ますと、目で越喜来に説明の続きをうながした。
「そうそう、それでね? 今日犯人がその呪いのかけ直しをしにくるはずなんだ。そこを、僕らで取り押さえようって考えたんだよ」
越喜来が今日の作戦を伝えると、ジニアは納得したように頷いた。
「なるほど。だからボクと寝るなんて言い出したんですね?」
ジニアは明るくそう言うと、越喜来にまたもや尊敬の目を向け始めた。
その言葉を聞いて、魔法陣の写真を眺めていたアイリスは顔を上げた。
「まあ、あなたにしてもらうのは寝たふりだけですけどね。本当に寝られたら、また暴走するかもしれませんし」
彼女は一言そう言うと、自分のベッドに横になった。
「そろそろ、時間です。みなさん、寝たふりをして待機しましょう」
その言葉を合図に、その場の全員がベッドへと潜り込んだ。
「……ジニア、二つだけ聞きたいことあるんだけど、いいかな?」
と、部屋の灯りを消す直前に、越喜来はジニアに声をかけた。
「はい? なんですか?」
ジニアは不思議そうな顔で尋ねると、次の言葉を待つ。
「今まで君のお姉さんが、君の稽古を見に来ることってあったの?」
越喜来はなんてことないような口調でそう言った。
「お姉ちゃんですか? いえ、今までは一度も。でも最近見に来てくれるようになって、少し嬉しいですね」
ジニアが返したその言葉を聞いて、越喜来は目を閉じる。
「それとさ、君の"先生"。あの人、昔からあんなに厳しい人だったの?」
越喜来はそう言葉を続けると、静かに天井を見つめた。
「昔はもっと、優しかったですよ? ただ少し前からは、あんな感じで厳しく指導してくれるようになりました」
その質問を聞いたジニアは『なんで今そんなことを聞くのか?』というような顔で越喜来を見ると、それに答えた。
「……なるほどね、ありがとう。じゃあ、灯りを消そうか」
越喜来はジニアの返した答えに意味有りげに呟いた後、部屋の灯りを消した。
✱
彼らが部屋の灯りを消してから、三十分ほど過ぎた時だった。
宿屋の階段を、何者かが登ってくる音が聞こえてきた。
(い、いよいよ来たのかしら?)
その音を聞いてリリーは、犯人を確保するために身構えると、緊張して体をこわばらせた。
それは彼女に限ったことではないらしく、部屋全体に鋭い緊張感が漂う。
木が軋む音とともに、扉が開いた。
その瞬間四人はベッドから飛び起きると、入ってきた何者かを確保しようと扉の方を睨んだ。
「動かないでください! 動いたら、魔法を撃ちます……ってあなた、ジニア君のお姉さん!?」
腕を構えながら叫んだアイリスの視線の先には、青い髪の女性――モネが立っていた。




