『説明』
「ああ、なるほど。すぐに降ろすよ」
越喜来は状況を把握すると、悪びれる素振りも見せず少女を地面に降ろした。
「全く! なんで私がこんな目に合わなきゃいけないのよ」
少女は地面に降ろされると、顔を真っ赤にして抗議し始めた。
怒るのも当たり前だった。いきなり他人に肩車されてパンツを見られるなど、屈辱以外の何でもない。
「本当に災難だね」
「本当にね。って、なに他人事みたいに言ってるのよ!」
全く悪気のない顔で心のこもらないコメントをした越喜来に、堪忍袋の尾が切れたようだ。
拳を握り締め、越喜来を睨みながら抗議を続ける。
「パンツをこんな至近距離で見られたことなんてなかったのに……あなたが悪いのよ!」
「なんで?」
越喜来が、唐突に言った。
「なんで僕が悪いの?」
ただ不思議で仕方が無いというような顔で、越喜来は少女の目を見つめる。
「え? だってそれは、あなたが急に出てきて私を持ち上げたからパンツが見えて……」
急に責められた少女は、戸惑いながらも自分の意見を述べる。
その言葉に、越喜来は間を空けずに
「それは、君が僕を呼んだのが原因じゃない? どっちかといったらこれは君のせいだよ」
と返した。
「何故私が呼んだことを!? ……あ」
少女自身の口からは、召喚したことについて説明はまだしていない。
そうでありながら召喚について理解しているような越喜来の発言に、少女はつい口をすべらせてしまった。
「ああ、やっぱり君が僕を呼んだんだ。君の表情と周囲の状況から、もしかしたらと思ったんだけど」
越喜来は一人で勝手に納得すると、周りに落ちている本や足元の魔法陣をジロジロと眺め始めた。
「そういうことだから、今の件に関して僕に非はないよ? むしろ被害者だし。だから謝らないけど、いいよね?」
謝るかどうかというだけの問題で、何故彼はこんなにムキになるのだろう。
というかそもそも、異世界に転移させられたにも関わらず、なぜここまで落ち着いているのだろうか。
少女は内心そう思いながらも、このままでは話が進まないので渋々引き下がることにした。
「わかったわよ、もういいから!」
その言葉を聞いた越喜来は、謝らずに済んだことが嬉しいのか、満足げな表情を浮かべていた。
しばらくして場の空気が落ち着いたことを確認した少女は、
「それより、なぜ私があなたを呼んだのかとか、気にならないの?」
と、今更すぎる話を切り出した。
「いや、気になってはいたんだよ。でもそれを聞く前に君が怒り出しちゃったからさ。僕は困っていたんだ」
「うっ、それは……」
まださっきのことを引きずっているのだろうか。意外と面倒くさい男だ。少女はそう思った。
「さっきは悪かったわよ! もういいでしょ!? とりあえずこの世界について説明したいんだけど、いい?」
異界に呼んだ側の人間が、呼ばれた側の人間に説明の許可をもらう。
なんとも滑稽な様子である。
「いいよ。僕は何かを説明されるのが大好きなんだ」
そんな適当な言葉を返した越喜来を無視して、少女は淡々と説明を始めた。
「ここはあなたの住んでいた世界とは全く違うの。ドラゴンとか魔法とか、そういうのが普通に存在してる。ここまでわかる?」
地面に杖を使って絵を書きながら、越喜来に確認する。
「うん、わかるよ。ファンタジー小説みたいな感じだね。ただそういう説明もうれしいんだけどさ、まずはなんで僕が呼ばれたのかについて説明してくれるとありがたいかな」
越喜来は自分勝手にそう言うと、近くに落ちている本を拾ってパラパラとページを捲り始めた。
「もしかしてアレ? 魔王が復活して、それを倒すために、僕が主人公として選ばれたとか」
「違うわ」
説明を無視して一人で語り出した越喜来の言葉を遮って、少女はこれまでより真剣なトーンで呟いた。
「そんな簡単なことなら、わざわざ異世界から人を呼ばなくたってこっちの世界で主人公選べばそれで済むわよ。今この世界が抱えている問題は、むしろその"主人公"にあるの」