『矢印』
(アイリスにも、何か弱点があるはず。そこを責めれば、心を折るのは簡単だ)
越喜来は、アイリスを見ながらそう考えていた。
(とにかく、あれだ。あの"言葉の矢印"さえ出せればいい。そうすれば、後は勝手に動揺していってくれる)
そう、今までの経験から、あの矢印が出ると相手が動揺することを越喜来は知っていた。
(……でも、アレってどうやったら出せるんだ?)
しかし、彼はその力をまだ使いこなせていなかった。頭を抱え、ひたすら悩み続ける。
「私がもう、勝てない? 勝手なこと、言わないでください!」
その場で動こうとしない越喜来にしびれを切らしたアイリスはそう叫ぶと、両腕に大量の魔力を纏わせた。周囲の景色が歪み、激しく火花が生じる。
「あなたみたいになんの武器も持たない人に、私が負けるわけないんですよ!」
そう言うと同時に、アイリスは両手を掲げ、一気に振り下ろした。
直後、腕から解き放たれた魔力が球状にかたまり、無数に分裂し始めた。そしてそのまま、越喜来の周囲を取り囲み始める。
そして一瞬大きく膨張したかと思うと、それぞれがバラバラのタイミングで魔法を撃ちだし、越喜来を攻撃し始めた。
(全方位、かつ時間差の自動攻撃! 心が読めたところで、流石にランダムな攻撃は防ぎようがないはず。残念だけど、これで終わりです!)
越喜来がいたはずの地点には、砕けた床により大量の埃が舞っていた。アイリスはそれを見ながら、自身の勝利を確信した。
しかし、それは大きく間違っていた。
「"煙で隠れた相手を倒したと思い込む"。君、何回同じミスをすれば気が済むのかな?」
埃がおさまると、そこには平然とした顔で越喜来が立っていた。盾についた埃を手で払うと、面倒臭そうにアイリスを見つめる。
(あ、ありえない! だって、あいつに読めるのは私の動きだけのはずよ? 私がランダムに作り出した自動攻撃を、全部躱すなんて……)
「『ありえない』なんて考えちゃうことが、ありえないよ。君は本当に考えが浅いな」
越喜来はなんてことないようにアイリスの心を読むと、頭を掻いてそう言った。
「聞いたことないかな。人間は、完全なランダムを作り出すことができないんだ。当然、それは魔法を使うときも同じだ」
目を見開き、顔に汗をかいたアイリスに、越喜来は説明した。
「君の傾向から考えて、あの時最も"君の無意識が選びそうな攻撃パターン"に、対応させてもらっただけだよ」
何の気なしにそう言って、また思考を再開する。
(う、嘘ですよね? この人、私自身すら把握できてない、私の"無意識下の行動"さえ読んで動いてるんですか!?)
その言葉を聞いてアイリスは戦慄したが、それも当然だった。こんな人間に、どう勝てば良いというのだ。
(どうすれば……どうすればこの人に勝てるの?)
アイリスは迂闊に動くこともできずに、ただ腕を構えて越喜来の動きを待った。
一方で、越喜来もまた迂闊に動けなかった。彼にできる行動は、発言のみなのだ。良いフレーズが思いつかなければ、何もできない。
(うーん。今までは、どんな時に矢印を出してたんだっけ?)
越喜来は、これまでの自分の経験を思い出すことにした。今までにあの矢印を出したシーンが、頭の中に映像として蘇る。
(最近発動したのは、武器屋の人の心を折りかけた時だ。あれからいくと、別にバトルは条件じゃない)
武器屋での出来事を思い出す。あの時は、越喜来が事実をそのまま言い過ぎたことによって心を折っていた。
(その前はあの隊長。あれは確か、ほぼ全部嘘を暴いた時だったよな……)
次に越喜来は、あの村での戦闘を思い出した。あの隊長のついた嘘を暴く度に、あの矢印は発動していた。
(この二人の共通点は……だいたい見えてきたぞ)
その共通点を理解した越喜来は、目を見開いた。
「そうか。『図星を突く』ことがポイントだったんだ!」
越喜来は、あの矢印の使い方を完全に把握した。その目は、既に青く光っている。
(目が光っている? まさか、この人魔法を!?)
それを確認したアイリスは、越喜来が普通の魔法使いだと勘違いをした。このままでは、自分がやられると思ったのだ。
(こうなったら、心が読まれていようが関係ない。全力で、この人を倒す!)
アイリスは体の底から更に魔力を溢れさせると、越喜来に向けて一斉に撃ちだした。
それが撃ちだされる瞬間に、越喜来は走り出した。
嵐のような勢いで、無数の魔法が降り注ぐ。それを踊るような軽い動きで躱しながら、アイリスへと迫っていく。
(やっぱり、ただ闇雲に攻撃しただけじゃあ、さけられちゃいますか)
それを見て、アイリスはそう思った。しかし、直後に彼女は口を歪ませて笑みを浮かべた。
(――でも、これは防げない!)
膨大な量の魔法の嵐。その中で、アイリスの腕に魔力が集中していく。
(最大限に凝縮させた、特大の魔法! 退路は既に他の魔法で絶ってるし、あの人はこれを正面から受けるしかない。大丈夫、単純な威力だけなら、充分勝機はある!)
アイリスがそう考えていることを知ってか知らずか、越喜来はアイリスの元へと駆けていく。
(今度こそ、今度こそ食らってください!)
そして越喜来が接近した瞬間に、アイリスはその魔力を開放した。
爆音。そして遅れて閃光が走る。
あの襲撃とは比べ物にならないほどの巨大な光が、越喜来に向けて飛び出していく。越喜来は、それを盾で防ごうとした。
魔力が相殺する音が響く。しかし、その光は消えなかった。
(持続性のある魔法。魔力の消費は多いけど、魔力供給さえしていれば途切れなく攻撃ができる! 一度当たればこちらのもの。その盾ごと、吹き飛ばしてあげますよ!)
アイリスは、その光に全ての魔力を集中させた。周囲の魔法の嵐までをも取り込み、光は勢いを増していく。
越喜来が構える盾に、許容を超えた量の魔力が注がれる。その衝撃は、越喜来の体を大きく揺さぶった。
「……ああ、もうこの盾はいいや」
その時、そんな呟きが聞こえた。いや、実際には魔法による爆音のせいで、誰にも聞こえていなかったかもしれない。
直後、アイリスから放たれる光が大きく伸びた。越喜来のいた位置を突き抜けて、後ろの壁を突き破る。
「や、やったの? 私、勝ったんですか?」
アイリスはそれを見て、魔法の使用を止めた。その額には汗で髪が貼り付き、肩で息をしている。
「お、あの盾まだ壊れてないよ。ラッキーだな、僕って」
しかし、越喜来は死んでいなかった。先程まで光の帯が通っていた、その線の脇に腰をおろしてくつろいでいる。
「えっ、なっ!? 何? どういうこと? 何でそんなところに!?」
アイリスは、それを見てパニックに陥っているようだった。髪を振り乱し、顔は青ざめている。
「いや、流石にこれは正面から受けられるレベルを超えている。だから、横に逃げたんだよ」
越喜来は彼女を落ち着かせるような口調でそういうと、遠くに転がっている盾を拾いに行った。
「敵の全力に正面から対抗するって、バカバカしくない? 読み通り"退路を塞いでいた魔法は消えていた"し、この場合は横に逃げるのが正解だよ」
呆れたようにため息をつきながら、余裕を持って歩いていく。
「盾を傾けて、自分だけ横にズレたんだ。闘牛って知ってる? あんな感じ。まさか、盾が無事だとまでは思わなかったんだけどね」
盾を拾い上げると、越喜来はそう言ってアイリスの方を向き直した。
「正直言って今のは焦った。でも僕は、"こんな魔法じゃ、殺せない"」
越喜来が何気なく言ったその時、鈍い音が響いた。その体から、矢印状の何かがアイリスへと飛び出していく。
「こ、殺せない? 殺せないって、言いましたね……?」
それを受けたアイリスは、フラフラとしながらそう言った。既に、目の焦点はあっていない。
その様子を見て、越喜来はニヤリと笑顔を見せた。
「なるほど、そういうことか」
越喜来は笑いながらそう言って、アイリスに向かって歩き始めた。
「少し、変だなと思ってたんだ。今回の事件、魔法による周囲の被害の規模に対して"死人が誰もいない"。これは、かなり不自然だ」
床が崩れ、デコボコとしている。その上を、越喜来はゆっくりと歩いていく。
「あの武器屋もそうだ。店自体にあれほど痕が残り、遠くにいた僕らですら気づくほどの魔法を食らって、あの人があんな怪我で済むはずが無い」
少しずつ、近づいていく。それを見てアイリスは、怯えたように一歩後ろに下がった。
「君、魔法を使って"殺すことができない"んだろう?」
その瞬間、越喜来から銃弾のように言葉が飛び出した。それは先程のようにアイリスへと飛んでいき、その胸を貫いた。
「なん、で、それを……?」
アイリスは、苦しんで胸を抑えた。
(胸が痛い。気持ちが悪い。何で、この人はここまで知っているんですか? そして私は、何でここまでどうようしているんですか?)
倒れそうになる体を、彼女は気力で支える。足を広げて踏ん張ると、越喜来を睨んだ。
「ただの推測さ。今までの襲撃事件は、全て"死なない程度に痛めつけられる"ものだった。それでいて、使われる魔法の規模はどう考えても殺す気満々。これはもう、手加減というレベルで済む問題じゃない。『殺したいけど失敗しちゃっている』としか思えないんだ」
その姿を見て、越喜来はゆっくりとそう説明した。
「それにしても、そうか。これが、"君の弱点"か!」
越喜来は、新しいおもちゃを見つけた子供のような無邪気な顔をすると、明るくそう言った。




