『攻防』
「あーあ。襲った時、ちゃんと確認しておけばよかったな。あの時は煙で隠れて見えなかったから、てっきりもうやられてたとばかり思っちゃってました」
アイリスは弄ぶように手の中で火花を起こすと、そうひとりごちた。
「だから、次の日お二人が普通に話しかけてきた時、すごくビックリしたんですよ?」
そう言うとアイリスは、右手に大きな火球を生み出す。
「私は、この街を豊かにしなきゃいけないんですよ。それはとっても大事なことなんです。だから邪魔する悪者は、みんな倒さなきゃいけないんです!」
沈黙を保ったままの越喜来にアイリスはそう叫ぶと、それを越喜来に向けて撃ち出した。
(ま、マズイなこれは)
越喜来はそれを躱すことなく、またしても盾で防いだ。その衝撃で、体が大きく揺れる。
("魔法を放つ予兆が、わからない"!)
歯を食いしばって衝撃に耐えると、越喜来は必死で対策を考え始めた。
越喜来の持つ読心術。そのほとんどは、相手の動きを見る技術によるものだった。
相手の表情や仕草から、それが何を表すものなのかを察し、瞬時に対応しているのだ。
しかし当然、越喜来は"魔法を使う時の表情"など見たこともなかった。
今アイリスの顔を見た時も、何をしようとしている顔かわからずに焦ってしまったのだ。
「どうしたんですか? 偉そうなことを言ったわりに、さっきから盾に隠れてばかりじゃないですか」
アイリスは越喜来のその様子を見て、余裕そうに微笑む。
「何もしてこないなら、こちらからどんどんいきますよ!」
そう言うとアイリスは、雷や炎を大量に生み出し、様々な方向から越喜来に飛ばし始めた。
越喜来は、盾でそれらを必死に防ぎながら、囲まれないように走り出した。
(クソ、魔法を使う表情を知らなくても、その"未知の顔"に反応していれば防げる。すっかりそう思いこんでいた!)
逃げながらそう考える越喜来の横から、突然火球が飛びかかってきた。越喜来はそれをすんでのところで受け止めると、また走り出す。
(だけどこれじゃ、どこから攻撃が来るのかはわからない。それに、フェイントをかけられたら、僕にそれを見抜く術はない。こうなったら……)
越喜来はひと通り魔法を防ぎ終わると、急に立ち止まって動かなくなった。
「あれ? どうしたんですか? もしかして、もう降参ですかね」
それを見てアイリスは、越喜来が諦めたのだと思ってそう言った。
「足りないよ」
「え?」
「足りないって言ったんだ」
しかし越喜来はそう答えると、戸惑うアイリスを無視して両手を広げた。
「僕を倒すには、そんなもんじゃ全然足りないね。本気だしたらどうかな? 『あれは手加減してたから』って、負けた時の言い訳でも用意してるの?」
越喜来は、アイリスの顔を睨むとそう言った。
現状の攻撃を防ぐので精一杯なのに、本気を出せと要求したのだ。
事実、アイリスはまだ本気を出していなかった。そして、今ので完全にスイッチが入ってしまったようだった。
「……いいですよ。私の本気、見せてあげます。もし間違って殺しちゃっても、あなたのせいですからね!」
彼女はそう言うと、今までとは比にならないほどのペースで、魔法を放ち始めた。
火球だけでなく、雷や氷、そしてレーザーのようなものまでが、越喜来に向けて飛び出した。
「くっ!」
越喜来は、盾でそれらを必死に防ぐが、防ぎきれない魔法が体に直撃していく。着ている鎧で軽減されるとはいえ、かなりのダメージだった。
「まだだ……まだ足りない!」
それにも関わらず、体に氷の塊をぶつけられようが、雷がその身を痺れさせようが、越喜来はアイリスを睨むのをやめなかった。
何かに取りつかれたように『足りない』と繰り返しながら、その攻撃に耐えていく。
「クソ、これは……」
しかし、どうしても限界は訪れる。
炎を盾で弾き、レーザーを跳ね返し、雷を防ぐ。それでもなお降り注ぐ魔力の嵐に、越喜来は飲み込まれた。
アイリスの魔法が止まったのは、それから何分もたった後だった。
盾で弾かれた魔力が、床に円形の傷をつけている。その中心に、ボロボロになった越喜来が倒れていた。
「なんというか、馬鹿みたいに頑丈ですよね。あなたも、その盾も」
アイリスは呆れたようにそう言うと、腕をおろした。
「今降参すれば、許してあげます。もうこれ以上戦っても無駄ですよ。あなたはどうせ、私の魔法を見きれない」
ため息をついて、降参を提案した。
「……この盾は、武器屋の人が何年も研究して作ったものなんだ」
しかし、越喜来の口から出てきたのは、負けを認める言葉ではなかった。
「あなた、一体何を言ってるんです?」
突然関係のない話をしだした越喜来を、アイリスは訝しげに見つめる。
「君が襲撃した、あの武器屋の作品だよ。僕はこれに、危機を救われたんだ。でも、まだ僕は彼にお礼が言えていないんだよね」
そう言いながら、越喜来はゆっくりと起き上がった。
「殺したければ、殺せばいい。ただ僕は、お前を死んでも許さないからな」
越喜来は、強い憤りを感じさせる声色でそう言うと、盾を構えてアイリスをいっそう強く睨みつけた。
「そ、そんなに死にたいなら、殺してあげますよ!」
その雰囲気に僅かに恐怖を感じたアイリスだったが、それを隠すと両手に大量の魔力を溜め始めた。
「これでも食らって、死んでください!」
その言葉と同時に、越喜来の頭上から巨大な雷が落とされた。
越喜来に、それを防ぐ術はない。抵抗する暇も与えずに、雷は迫る――
✱
「これで、終わりですか。なんだかあっさりでしたね」
越喜来のいた場所から煙が立ち込めるのを見て、アイリスはつまらなそうに言う。
そして振り返って彼に背を向けると、彼女はリリーの方を向いた。
「さてと。それじゃあ、もう一人を懲らしめに行きますか……」
アイリスがそう呟いた時、背後から聞こえるはずのない声が聞こえた。
「――なるほど、こんな感じなのか。"だいたいわかった"かな」
アイリスが驚いて振り返ると、そこには越喜来が立っていた。
「な、なんで!? あれだけボロボロな状態で、あんな魔法を食らって平気だなんて、ありえない!」
そうやって驚くアイリスを、越喜来はケロッとした顔で見つめる。
「ん? なんでか? 簡単な話だよ。僕がそれを、"食らってなかった"ってだけさ」
越喜来は、当然のようにそう言った。
「食らってないって……あなた、さっきまではもの凄い勢いで攻撃を受けてましたよね!? それなのに、なんで急に食らわなくなるんですか!」
アイリスは、信じられないといった顔で叫んだ。
「あれ? 自分がなんで失敗したのか、そんなに聞きたい? 仕方ないなぁ」
それを聞いた越喜来は、挑発するように言った。
「人の表情には、パターンがあるんだ。剣を振るだけでも、どこからどう振るのかによって様々な表情がある。それを見れば、攻撃をよけるなんて簡単さ」
越喜来は自分の顔を指さしながら、憎たらしい口調で説明を始めた。
「でも、僕は魔法の表情パターンを知らなかった。そこで、君を挑発したんだ。いやあ、まさかあそこまで挑発に乗ってくれるとはね。おかげで、あの短期間で様々な表情を見ることができたよ」
それを聞いて、アイリスは自分の顔を手で押さえる。しかし、今更隠したところでどうしようもなかった。
「それらを元に、僕は自分で魔法の表情パターンを解析した。もう、僕に魔法は通用しないんだよ」
絶望した表情を浮かべるアイリスに、越喜来は淡々と語りかけた。
「僕をボロボロにしてくれてありがとう! これでようやく僕は、君をボロボロにすることができるよ!」
越喜来は満面の笑みを浮かべると、明るい声でそう言った。そこには、遠慮も躊躇もなかった。
「じ、じゃあさっきの、武器屋の盾がどうのこうのっていうのは――」
「あれ? ああ。盾がすごいのは事実だし、お礼を言えてないのも嘘じゃないよ? でも、赤の他人のためにあんなに怒るわけないじゃないか。君に魔法を撃たせるための演技だよ」
アイリスの疑問にそう答えると、越喜来は考え始めた。
「さて、君の心を折るにはどうしたらいいかな」
顎に手を当てて考える越喜来を見て、アイリスは焦った。
(何でだろう。"この人が近くにいると、心が落ち着かない")
それは、アイリスが先程からずっと感じていることだった。
別に恋とかそんな良いものではない。ただ越喜来が近くにいると、確かに調子が狂うのだ。
少し図星を突かれたり、少し嘘を見破られそうになるだけで、自分の思った以上に動揺してしまう。
(なんか心を折るとか言ってるし、ここは何かをされる前に――)
アイリスは、越喜来が動く前に攻撃を仕掛けることにした。
完全に無防備な越喜来に向けて、火球を二発連続で放つ。
しかし、
「『何かをされる前に攻撃、先手必勝です!』。それと、『二発放って挟み撃ちをすれば、逃げ場無しですよ!』かな?」
越喜来はその考えを完全に読むと、僅かに動いてその火球を躱した。
「そして次は『躱された!? なら、上です!』。その後『三発なら!』ってところかな」
そしてその後に続いた攻撃も、越喜来は完全に躱していった。
「どう? 君の心の声を、想像で再現してみたんだけど。正直言って、君は考えが浅すぎるよ」
攻撃をさけられ続け唖然とするアイリスに、越喜来は容赦なくそう言った。
「『つ、次は当てますよ! ナメないでください!』」
「つ、次は当てますよ! ナメないでください! ……あ」
それに反論しようとアイリスが言う言葉を、越喜来が先に言ってしまった。二人の声はほぼ同時に、越喜来の方が若干早く発せられた。
「無駄だよ。君の思考パターンは、全て把握した。もう僕には勝てないよ」
越喜来はそう言うと、アイリスを舐めるように見つめ始めた。




