『カラク』
「ここカラクでは、魔法絡みの商売以外はどうも上手くいかないんだ」
男は、先程までとは打って変わり、すっかり落ち込んだ様子でそう言った。
「この街は少し前まで、崩壊寸前だった。何の産業も上手くいかず、このままだといずれ完全に地図から消えてしまうところだった」
そう言うと、男は昔を思い出すように遠い目をした。
「あいつらが来たのは、ちょうどその頃だった。あいつらは三人組で旅をしていて、その中にやたら腕のいい魔法使いがいたんだ。そいつらは、この街を去る時に、その魔法使いを街に残していった」
男はそこまで話すと、懐から先程の奇妙な筒を取り出した。
「その魔法使いは、この街に魔力を使った商品を作る技術を教えた。そして、その商品全てに自分の魔力を込めた。あいつは、この街を自分の知識と魔力で救ったんだ」
手にした筒を男が手で弄ぶと、バチバチと魔力の火花が散った。
「街が救われたなら、良かったじゃないか。さて、僕は用事を思い出したのでそろそろ帰ることにするよ」
「だから待てっての!」
そう言って立ち去ろうとする越喜来を、リリーが服を引っ張って止める。
「ねぇ、もしかしなくともあなた性格悪いの? まだボッタくろうとした理由出てないじゃない。 人の話は最後まで聞きましょうよ。それが礼儀ってものでしょ?」
人を睨みつけ、脅して喋らせた人間が偉そうに言えたことではなかった。しかし、リリーはそれを棚にあげて越喜来に注意した。
「いや、何か前回の経験から嫌な予感がしてさ。突然訪れた街で、経営不信の店に入って、その原因を聞く。この流れは、もう確実に何かに巻き込まれるパターンだよ」
「何言ってるのよ。そんなことあるはずないじゃない。いいから話を聞きましょうよ」
越喜来は思い込みからかそう忠告したが、当然リリーは相手にしなかった。
「もう説明続けてもいいか? ……街は確かに救われた。でも、それじゃダメなんだ。この街は、今や完全にあいつの魔力に依存してる。全ての産業や商業は、あいつの手の中にあるようなものなんだよ。あいつの魔力供給のバランス一つで、店一つが潰れることだってあるんだ」
男は悲し気に言うと、手に持っていた筒を懐にしまい直した。
「別にそれで何が悪いのか聞かれたら、多分答えられないさ。ただこの街は、あいつの魔力に依存してる限り、変わることができないんじゃないか。俺は、そう思ってしまってね」
締めくくるように呟くと、男は寂しそうな顔をして口を閉じた。
「そう、だったのね。それで……」
それを聞いて、リリーの怒りも収まった。つられたように、悲しい気分になっていく。
「なるほど。だから意地を張って魔法ゼロ生活始めてみたけれど金がなくなった、だから丁度現れた無知な客から金を巻き上げようって考えたわけだ。救えないクズだね」
「やめて越喜来、クズはあなたよ! 事実だけど! 事実だけどね!? 少しは空気を読んで!」
越喜来が、全く空気を読まずに男の図星を突く。銃声が響き、言葉が男に突き刺さる。
「えっ、この矢印バトル以外でも出せるの!? 私達ただ会話してただけよね?」
「知らないよ。これ勝手に出ちゃうんだ。それよりリリー、どうしよう。あの人倒れてる」
ツッコんだリリーにそう返した越喜来が指差す先では、店主の男が胸を抑えて倒れていた。目に涙を浮かべながら、ブツブツと何か呟いている。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。確かにお金なかったんですでもそんなことする気はなかったんです途中までは真面目に商品選んでたのにいつの間にかこんな悪」
「うわ! え、えええ、えっと! 大丈夫ですよ! 私達そこまで気にしてませんから! ね? 越喜来。さっきのは軽いジョークよね?嘘だったのよね?」
完全に心が折れている男に気づいたリリーが、必死に励まそうと声をかける。
「嘘? 失礼だな。僕は今まで生きてきて一度たりとも嘘なんてついたこと――」
「ごめん、やっぱあんた黙ってて!」
二人がそんなやりとりをしていると、男はふと独り言をやめて立ち上がった。
「す、少し我を失ってたみたいだ。ありがとう。お前が励ましてくれたおかげで、なんとか立ち直れた」
男の顔は青ざめてはいるものの、その口調ははっきりとしていた。フラフラとしながら、リリーに礼を言う。
「本当に、すみませんでした!」
その言葉に対してリリーはそういうと、男に深く頭を下げた。
「言い過ぎて心折っちゃったかな? まあ次からは気をつけるよ」
一方、越喜来は反応しているようなことは言いつつも、絶対に謝ろうとしない。リリーは頭を下げたまま越喜来をキッと睨むと、即座にいつもの笑顔に戻して顔をあげた。
「お前たちの言った通り、さっきのは値段を適正より高く設定してたんだ。元の値段はあわせてだいたい三十万二千ギルってところだな」
先程まで落ち込んでいた男は、気を取り直して値段の説明を再開した。
「……いくらなんでも、ぼりすぎじゃないかしら」
リリーは元の値段との差に驚愕しながら、財布の口を開ける。その中に手を突っ込むと、三十二枚の紙幣の束を取り出して、男に差し出した。
(まったく。動機はともあれ、六十万ギルも誤魔化そうとするとか、この男いい神経してるわね)
金と引き換えに防具を受け取りながら、リリーはそう考えた。
しかし、元の値段でも三十万。それだけの額を躊躇なく活動資金で支払ってしまう時点で、どちらの神経が図太いのかは明らかだった。
「それにしても、この街全ての商品に魔力を込めるなんて、その魔法使いはかなりすごい人なんだろうね」
会計も済ませ、店から出ようとした時に、越喜来がふとそんなことを言い出した。
「そういえばそうね。並の魔法使いじゃ、こんなのすぐに魔力を使い果たしちゃうわ。……少しだけ、気になるわね」
越喜来の言葉に好奇心を刺激されたリリーは、踵を返すと店主の男の方を向いた。
「ねぇ。その魔法使いって、どんな人なのか知ってる?」
店主にそう質問すると、たいして期待もせずに答えを待った。
「ん? ああ、最近はもう誰も姿を見てねぇけど、かなりの使い手だったらしいぞ。確か、名前は"アイリス"っていったな」
店主の男は、少し考えたあと、思い出したのかそう答えた。
「うーん。もっと具体的な情報があれば良かったんだけど。まあおじさん、ありがとうね」
それを聞いて、越喜来は特に何もないと結論を出し、外に出ようとした。
しかし、
「――え? "アイリス"?」
リリーはその名前に心当たりがあるのか、そのまま固まってしまった。
「どうしたの? アイリスって、君の知り合いか何か?」
その様子を見て越喜来が声をかけるが、リリーはそれを首を横に振ることで否定する。
「"アイリス"。私たちが探している人物、『主人公』とかつてともに旅をしていたとされる、天才魔法使いよ」