『九十万』
越喜来の防具選びが終わり、二人は地上に戻ってきた。一方男はというと、「ちょっと待っていろ。準備がある」といって、店の倉庫へ潜ってしまった。
「ほら、これがお前の防具だ」
しばらくして、男は薄い鎧のようなものを手に持ってやってきた。
「これが僕の防具? 何だかすごく脆そうだけど」
越喜来には、それがとても頼りなく見えた。その薄さは、カッターナイフすら防げそうにないほどだったのだ。
「何を言う。これはうちの防具の中でも最高級品だぞ? ナイフはおろか、生半可な剣じゃ傷一つつかねぇ」
男はそういうと、台に敷いてあった鎧に向けて勢い良く鉄剣を振りおろした。
直後に、鉄と木が激突する大きな音が店内に響いた。
「……な? 鎧には傷一つないだろ?」
男は得意気にそう言ったが、越喜来の顔は笑っていなかった。
確かに鎧には傷がついていなかったが、その下の台に僅かではあるが被害を表す痕がついていたからだ。
どうやら、これは防弾チョッキや防刃チョッキのようなものらしい。攻撃や衝撃を和らげるが、少し内部にも伝わってしまう仕様なのだ。
「えーっと、これはちょっと……」
「ま、待てよ! この鎧はそれだけじゃない! 魔法も防げるんだぜ?」
その微妙な反応を見て焦ったのか、男は慌てて追加の説明を始めた。
急いで鎧をマネキンに着せると、その前に立つ。
「見てろよ……こうだったかな? いや、こうか!」
男は懐から奇妙な筒を取り出すと、しばらくいじった後にマネキンの方へと向けた。
次の瞬間、小さな火球が鎧に向けて飛び出し、直撃した。しかし、鎧が燃えることはなく、少し煙を出した以外に被害はなかった。
「おお! これはすごいね。魔法対策はしてなかったから、ありがたいよ」
これには、先程まで真顔だった越喜来も、テンションを上げた。
「だろ? この鎧を着てれば、被害を火傷するだけに抑えられるんだぜ?」
「えっ」
その様子を見て男が説明を加えたが、越喜来はそれを聞いて笑みを浮かべたまま固まった。
「普通に火傷は、する、んですね」
「あたりまえだろ。魔法だぞ? 体に火がつかないだけ、マシだと思えよ」
越喜来がぎこちなく発した言葉を、男はバッサリと切り捨てる。
「この鎧は、お前みたいに攻撃を躱すスタイルの奴向けの軽量鎧だ。だからもとより攻撃を防ぐように作られてないんだよ。それでこの防御力なんだから、もっと喜んでいいくらいなんだぜ?」
男はそう言ってこの話を打ち切ると、台の下から何かを取り出した。
「こっちのは、さっき言ってた盾だ」
男がそう紹介した盾は、青い光を放っていた。
「これ、魔力が込められてるんですか?」
後ろから見ていたリリーが、口を挟んだ。
「ああ。これはうちで何年も研究してたやつでな。本人の魔力に応じて防御力が上がるっていう特殊な代物なんだよ。これも、うちの中では最高級の盾だな」
そう説明すると、男は越喜来に縦を手渡した。
「もちろん、魔力を使わない時の防御力も折り紙付きだ。安心して使ってもらっていい」
男は最後にそう言うと、二人に手を差し出した。
「それじゃ! 代金九十万七千ギル、いただきます!」
あらかじめ補足しておくと、ギルというのは金の単位である。一ギルは一円と同じ価値を持ち、この場合の値段は九十万七千円と思ってもらっていい。
だから、この後のリリーの反応を見ても、決してケチ臭いなどと言ってはいけない。言ってはいけないのだ。
「九十万!? あんた馬鹿じゃないの!? その防具がすごいのはわかったけど、だからってその額はおかしいでしょ! というか、何で勧める商品全て『最高級品』なのよ! あんた私達を富豪か何かと勘違いしてない!?」
「リ、リリー。落ち着いて。この人引いてるから。」
値段を聞いたリリーは、鬼のような反応を示した。それはこの法外な代金を考えても、過剰だと言えた。
「そもそも、リリーは活動資金としていくらでももらえるんだから、さっきみたいにパーっと払っちゃえばいいんじゃない?」
「あぁん? うっさいわね! それとこれとは話が違うの! こんなボッタくられたような金額で無駄遣いするのを見過ごせるわけ無いでしょ!?」
越喜来の指摘に対して、リリーは大きな声でそう返す。
『じゃあさっきの買い物は無駄遣いじゃないのか?』とか言うと余計面倒臭そうなので、越喜来は黙ることにした。
「で? 何でこんな値段になったのよ」
リリーが、男をギロリと睨む。
「わ、わかったからそんなに睨まないでくれ! ボッタくろうとしたのは悪かったから!」
男はあまりの迫力に怖気付くと、理由を話し始めた。