『盾』
「ようこそ、俺の店へ!」
店のドアを閉めると、困惑したままの二人に向けて男は嬉しそうに声をかけた。
「いやあ、この店に客が来るなんて久しぶりだな。お前達、今日は何を買いに来たんだ?」
店内に陳列された武器や防具を眺めると、二人に尋ねる。
「ま、待ってよ! ここはもう閉店したんじゃなかったの?」
危うく男の勢いに飲まれそうになったリリーだったが、何とかこらえて先程からの疑問を投げかけた。
「うちが閉店した? そんなわけ無いだろう。うちが地味だからって理由でそんな噂が流れたんだろうが、あいにくこの店はまだ営業中だよ」
その言葉に、男は面倒臭そうにそう返した。
(……ねえ、この男ちょっと怪しくない? いきなり剣を抜いてきたり、街の人の情報と食い違ったこと言ってたり)
男の話を怪しく思ったリリーが、小声で越喜来に言った。その様子を、男は不思議そうに眺めている。
(いや、今の表情から考えると、こいつが嘘をついた可能性は低い。普通に信じても問題なさそうだ)
越喜来は同じく小声でそう返すと、男の方を向いて、ここに来た目的について話し始めた。
「なるほど。お前達防具を買いに来たのか」
二人から説明を受けた男は、納得したようにそう言った。
「確かに、このあたりには防具屋が無いからな。でも安心しろ。うちは武器屋だがそれなりに防具も扱ってるんだ」
そう言うと、男は背後の戸棚からパンフレットのようなものを取り出した。そこには、全身を覆う鎧から軽量の膝あてまで、様々な防具が載っていた。
「さて、この中から選んでもらうわけなんだが……坊主、お前の戦闘スタイルはどんな感じだ?」
男は越喜来の方を見ると、サラリとそんなことを言った。
「え?」
「だから、戦闘スタイルだよ。剣とかナイフとか槍とかさ。 どんな奴にだって、戦闘する時の癖があるだろ? あれのことだよ」
聞き返す越喜来に、男は当たり前であるかのようにそう言った。
「そんなこと言われても……」
しかし、戦闘経験の浅い越喜来はそれにうまく答えることができない。
「お前、自分の戦闘スタイルもわからずに防具を買いに来たのかよ。それなら、何もつけない方がまだマシだぞ?」
男はそれを見て呆れた様子でそう言うと、二人の前から離れて店の奥へ向かってしまった。
「ど、どうしたのかしら? 越喜来、あなたもしかして怒らせたんじゃないの?
「それは無いね。彼は怒ってるようには見えなかった」
放置された二人がそんなことを話していると、店の奥からなにか声が聞こえた。
「お前達! ちょっとこっちに来い!」
その声は、足下から聞こえてきた。
声に反応した二人が急いで店の奥へと向かうと、地下へ続く長い階段が用意されていた。
「この下かしら? さっきの男がいるのは」
「多分ね。とにかく降りてみよう」
そんなやりとりの後、二人は恐る恐る階段を降りていった。
階段を降りると、そこには広々とした空間か広がっていた。
その中心で、男が木製の剣を構えて立っている。
「ここは、一体……?」
越喜来が、周りを確認しながら言った。
「ここは俺の訓練場だ。かつてはここで、剣術指導も行っていた」
それに静かに返答すると、男はもう一本木剣を取り出す。
「ほら、これがお前の剣だ。今から俺と戦ってみろ。そのスタイルから判断して、お前の防具を選んでやる」
男は越喜来にそれを投げ渡すと、言い終わるやいなや木剣で攻撃を始めた。
と、いうところから冒頭のシーンに繋がるのであった。
✱
(く、くそ。買い物一つでここまで体を動かすことになるなんて思いもしなかった。流石は異界といったところか……)
回想を終えると、越喜来はそんなことを考えていた。別にこれは異界とか関係ないと思うのだが。
床にひっくり返ってグッタリとしている越喜来を見て、男は困ったように頭を掻いた。
「お前、よけてばっかりで全然攻撃してこないじゃないか。それじゃ防具買ったところで戦いにならないんじゃないのか?」
事実、越喜来は一発も男に攻撃を当てることが出来ていなかった。
いや、"当てられなかった"というよりは"攻撃自体をしていなかった"と言った方が正しい。この模擬戦の間、越喜来は攻撃をする素振りすら見せなかったのである。
「僕は平和な国の出身でね……こことは違って他人に攻撃したら、怒られるのが当たり前だったんだよ」
越喜来は確かに他人を傷つけて壊すのが大好きな人間ではあるが、それはあくまで精神面での話である。実際に人に物理攻撃をしかける趣味は、持ち合わせていなかった。
「……お前は、盾を持った方がいいかもしれないな」
越喜来の話を聞いた男は、顎に手を当てて少し考えると、そう提案した。
「盾を?」
「ああ。他人を攻撃できないってのは仕方ないが、いつまでもよけるだけじゃ厳しいだろ? それに、自分の身は丸腰でも守れるが、誰かを守るなら盾を持つ必要がある」
男はそう言うと、部屋の隅の方で待機しているリリーの方をチラリと見た。
「見た感じ、あの嬢ちゃんは戦えるタイプじゃ無さそうだ。二人一緒に戦いに巻き込まれたとき、彼女を守れるのはお前しかいないだろ?」
男にそう言われて、越喜来は考えた。
(こいつの言う通りだ。確かに、よけているだけではリリーを守れない。それは困るな。防具と一緒に、盾も買った方がいいか)
と、そこで越喜来は気づいた。
(あれ? 誰かが傷ついたら困る。なんて思ったの、いつ以来だろう)
そんな風に戸惑う越喜来の気も知らず、リリーは小さくあくびをしていた。