『買い物』
鋭い攻撃が、越喜来に迫る。
「くっ!」
目の前に繰り出されたその木製の剣を、越喜来は右に動いて躱す。
その体には疲労が蓄積していて、よける動作はぎこちない。
「おらおらどうした! 逃げてるだけじゃ勝てないぞ!」
そんなことはお構いなしに、眼前の男は攻撃を続ける。
越喜来はその全てを何とか躱すと、体力を使い果たしたのか、床に手をついて動かなくなってしまった。
「何やってるんだ! それじゃ戦いにならないぞ! さあ立て!」
そんな声を遠くに聞きながら、越喜来は考えていた。
(あれ? 僕はどうしてこんなことしてるんだっけ……?)
✱
村での事件の後、越喜来達は酒場のマスターに詳しく旅の目的を話した。
するとマスターは、主人公らしき人物が、『カラク』という街へ訪れたことがあるらしいという情報をくれた。
手がかりらしい手がかりもない今、カラクへ向かう以外に選択肢はない。二人は地図を広げると、村の遥か遠くに位置するその街へと歩き出したのだった。
そして、歩くこと一時間。ようやく二人は、その街の門へとたどり着いた。
「はぁ、やっと着いたね。僕はもう疲れたよ」
汗を拭うと、越喜来はやれやれといった感じでそう言った。
「それは私も同じよ……流石に遠すぎ。早いとこ街に入って、ゆっくり休める所を探しましょう?」
越喜来以上に疲れている様子のリリーは、門を開けるとヨロヨロと街へ入っていった。
カラクの印象を一言で言うのなら、『豪華』だった。
街の至る所が魔法で装飾され、色とりどりに光っている。どういう原理なのか、商品や屋台そのものが宙に浮かんでいる店もある。
全体的に魔法で支えられているこの街は、この異世界においても『幻想的』と表現できた。
「これはすごいね。どんな技術を使えばこんな街が作れるんだろう? 魔法かな。リリー、どう思う? まあ君は、こんなの見慣れてるんだろうけどさ――」
異世界人である越喜来は、この光景を見て心から驚いた。
一方、この世界の調整人であり、杖を持って散々召喚魔法などを使っていたリリーはというと、
「うっわあ! 何これ見てよ越喜来! 浮いてる! 商品が浮いてるよ!」
普通にはしゃいでいた。台無しである。
その様子を、越喜来はあっけにとられて見つめるが、リリーは気づかない。
「ちょっと! 何ボサっとしてるの!? 買い物するからついてきてよ!」
そう言うと、先程までの疲れは何処へやら。店の方へと走っていってしまった。
「ねぇ、君ちょっとキャラ崩れてない?」
越喜来はそう声をかけながら、その後を追った。
数十分後。
そこには大量の荷物を抱えた越喜来の姿があった。そのほとんどがリリーの購入したものであることは、言うまでもない。
「あのさ、リリーはもう少し自制というものを覚えた方がいいと思うよ?」
荷物に押しつぶされそうになりながら、越喜来が声を絞り出す。
「し、仕方ないじゃない! 魅力的な物ばかり売ってるんだもの! 次から気をつけるわよ!」
それを聞いて、正気に戻ったリリーは顔を赤らめてそう言った。
「そもそも、そんな大金どこに持ってたのさ」
越喜来は、手に抱えた大量の荷物を見上げながら、不思議そうに聞いた。
「そこはあれよ。活動資金としていくらでも貰えるの。そんなこと気にしてたら、人生つまんないわよ?」
リリーは、当然とばかりにそう答えた。世界を救うための活動資金を使い込んでいる時点で実は相当やばいのだが、本人は全く気にしていない様子だった。
「……それにしてもこの街、本当に魔法であふれてるわね」
そう言いながらリリーが周囲を見回すと、街のほぼ全ての施設が魔力の影響を受けているのが見て取れた。
「そういえば、ずっと聞こうとしてたんだけどさ、その魔法って何なの?」
リリーの発言を受けて、越喜来は以前から抱えていた疑問を投げかけた。
魔法。それは越喜来にとっては今でもファンタジーの中のものであって、それが現実に存在すると言われてもいまいちピンとこないのだ。
「え? ああ、確かに説明してなかったわね。魔法については」
リリーはハッとした顔をして越喜来の方を向くと、説明を始めた。
「魔法は、人の精神エネルギー――魔力を物理的な力に変える技術なの。例えば、『火をおこし
たい!』という強い思いを、そのまま熱に変換したりね?」
そう言うと、リリーは越喜来の持つ荷物からカメラのようなものを取り出した。
「ただ魔法は、誰にでも使えるわけじゃないの。だからこうやって、あらかじめ物体に魔力を閉じ込めて、必要に応じて誰でも使えるようにする技術も発達したのよ」
リリーがそのカメラもどきを作動させると、バチンと大きい火花が散って、中からぼやけた景色が印刷された紙が出てきた。
越喜来がそれを見ながら頷く。
「なるほど。電池みたいな感覚なんだね。どうしてこの世界に写真とかがあるのか気になってたんだけど、そういう技術を使ってたのか」
「まあ、魔力の供給が難しいからすごく貴重なものではあるんだけどね? そう考えると、この街の技術力は異常とも言えるわけよ」
リリーはカメラもどきを大事に箱に戻すと、また越喜来に持たせた。
「ふーん。魔法って意外と難しいものなんだね。僕も使ってみたかったんだけど、残念ながら
無理そうだ」
「いや、あなたは普通に使ってたでしょ?」
諦めたようにため息をつく越喜来に、ツッコミをいれる。
「え? 僕が魔法を? いつ?」
本当に自覚がなかったのだろうか。越喜来は「訳がわからない」といった顔をしている。
「この前の戦闘の時よ! あなた言葉を矢印にして飛ばしたりとか、意味わかんないことしてたじゃない! 覚えてないの?」
「ああ、あれのことか」
リリーからの指摘を受けて、越喜来はようやく思い当たる。防衛隊長との戦闘の時、彼の言葉は確かに具現化していた。
「自分の思いを物理的な現象に変えてしまう。あれは魔法よ。それに魔力を使っている間は、目が光るの。そこから考えても、あの時あなたが魔法を使っていたのは確実だわ」
そこで、リリーは越喜来が自分のモノを何も買っていないことに気がついた。
「ねぇ、越喜来。あなた何か欲しいものはないの? 何だか私ばっかり買い物して、申し訳なくなってきたんだけど」
リリーは荷物で隠れて見えない越喜来に向けてそう言うと、歩みを止めた。
「うーん、そうだな。僕は別に欲しいものとかないんだけど、強いていうなら防具かな。この先仲間を雇うつもりはないし、戦闘の時に攻撃を受けても大丈夫なようにさ」
それに反応して、越喜来は荷物をおろしてそう言った。
いつのまにか目的が、主人公探しから買い物へと変化していることに、二人はまだ気づいていない。