『握手』
この世界とは別の世界。とある村の酒場。
心地良い静けさが漂う店内で、二人の男女が隣あって座っている。
「いやあ、本当にありがとう。君たちには、いくら感謝しても足りないよ」
マスターがニコニコと笑いながら、二人の前にコーヒーを並べていく。
リリーはそれを美味しそうに飲みながら、先程までの出来事を思い出してメモを取りだした。
✱
あの後、隊長の帰りが遅いことを心配して迎えに来た隊員に担がれて、あの男は帰っていった。その隊員によると、ここまで心が壊れていると業務に支障が出るため、近いうちにクビにされるだろうとのことだった。これで、この村はひとまず安心だ。
舞台が壊れることは、避けなければいけない。
マスターは戦闘で壊れた床やテーブルを見て「また大掃除をしなきゃいけないな」と言っていたが、その顔は笑っていた。
あいつが居なくなったおかげで、客も戻ってくるだろうとも言っていた。
これは本来奴の仕事に分類されるはずだが、何故我々がこなすことになったのだろうか?
それと、あの青年の目は戦闘後すぐに元の黒に戻ってしまって、詳細を調べることはできなかった。なぜ魔法が使えるのかについても、調べていきたい。
✱
(よし! こんなものでいいかな)
何のためにつけているのだろうか。メモを何度も確認すると、リリーは満足気に頷いた。
「うん。これでいいと思うよ。綺麗にまとまっていて、いい感じだ」
横から覗きこんでいた越喜来も、メモを見て深く頷く。
「でしょ? 我ながらこういうのを書くのには自身が――って! 何で勝手に人のメモ覗き見してるのよ!」
少し遅れて見られていたことを理解したリリーが、急いでメモを隠す。
「隠すことないじゃないか。端に描かれていたクマの落書きも、なかなか趣があっていいよ」
「あれはネコよ! 私の描いた絵がそんなに凶暴に見えるわけ!? ってそうじゃなくて……」
ついペースに乗せられてしまったリリーだったが、急いで頭を切り替える。
「あなた、結局私の主人公探しに協力するの? しないの?」
そう、リリーはそこが一番気掛かりであった。
この世界に来てから、越喜来は一度もリリーに協力するとは言っていない。もしここで越喜来に帰られたら、また異世界人のスカウトから始めることになってしまうのだ。
「え? 別にいいよ? 暇だし」
「返事軽っ! そんなに簡単に答え出るなら先に言ってくれない!? 今まで悩んでた私はどう報われればいいの!?」
あまりに軽い理由と返事に、リリーはまたもやペースを乱されてしまった。
「いや、流石に暇だからっていうのは冗談だよ。ただ少し気になることがあってね」
「気になること?」
越喜来の言葉に、聞き返す。
「うん。その主人公の失踪、何となくだけど、普通に起きた出来事じゃない気がするんだ。何でかは知らないけど、リリーから話を聞いた時、僕は妙な違和感を覚えてたんだよね」
そう言うと、越喜来はリリーの目を見た。
「だから僕も、この主人公失踪の謎を解かないことには、スッキリしなくて元の世界になんか戻れない。ということで、これからよろしくね、リリー」
笑いながら、手を差し出す。
「なら話は早いわ! よろしく、えーっと……そういえば、私まだあなたの名前聞いてないんだっけ? あなたの名前はなんていうの?」
リリーがその手を握り返し、質問した。
「僕? 僕は越喜来誠。ちゃんと覚えておいてね」
越喜来はそう返答して、手を握る力を強める。
かくして、腐れ外道と調整人の旅が、今始まったのであった。