『切り札』
「"切り札"、だと? お前、何を言っているんだ?」
その意味不明な行動に男は困惑した表情を浮かべ、つい剣をおろしてしまう。
「うん、切り札だよ。お前の心を折るための、最後のパーツが揃ったんだ」
越喜来は表情を変えず、手を男に向けたままそう言った。
「はっ! 何を言い出すかと思えば、結局ハッタリか? もう、俺にその手は通用しねぇんだよ!」
その言葉をハッタリだと判断した男は、剣を構え直す。そして明確な殺意を持ったまま、越喜来を斬らんと再度突撃する――
「また攻撃かぁ。だからお前は、何も守れないんだよ」
男の剣が触れるその直前に、越喜来が呟いた。それを聞いた男は、剣の動きを止めてしまう。
「お、俺が、何も守れないだと……?」
男は硬直したまま、額から汗を流している。
「うん。お前は何も守れてない。むしろ、他人を傷つけてばかりいるじゃないか」
相変わらず、剣は越喜来の間近に固定されている。少し動かせば肉が切れるこの位置に刃を感じていながら、越喜来は臆せずにそう言った。
「そんなんだから、彼女も守れなかったんじゃないの?」
越喜来がそう言った瞬間、男の目が大きく見開かれた。
男は越喜来から剣を離して大きく距離を取ると、怯えた目で越喜来を見た。
「な、何故だ! 何故お前がそれを知っている!」
男の顔は完全に青ざめている。心なしか、震えているようにも見えた。
「だから。僕はお前ことなら何でもわかるんだって。最初から言ってるだろう?」
越喜来は、一歩ずつ男に近づきながら言った。
「僕はさ、大好きなんだ。人のトラウマを使って、他人の心をへし折る瞬間が」
そう言った越喜来の顔は、笑っていた。
「お前は死んだ恋人のためにも、早く偉くなりたかったんだよね? うんうん。それはとてもいい話だ。素晴らしいことだと思う」
もっともらしく頷くと、近づくペースを早める。
「でもさ、お前がやってきたことのほとんどって、その目的には関係ないよね」
一歩につき一言。口を開く度に、銃声が鳴り、言葉は男を貫いていく。
「や、やめろ。近寄るな!」
男が必死に叫ぶが、銃声は鳴りやまない。越喜来から発せられた言葉の槍は、的確に男の心を殺していった。
「お前みたいなやつ見てると、ムカつくんだよね。散々悪事をはたらいておいて、少し過去話が出ると途端にいいやつ扱いされるような、そんな人間を見てるとさ」
越喜来はそう言うと、男への批判をまくしたてはじめた。
「酒をタダで飲みたい? それって出世関係あるの?」
「店で暴れ回る? それって世界関係あるの?」
「お前は結局、私利私欲を満たすために権力を使ってただけだよね?」
その言葉全てが、男の胸に吸い込まれていく。
「恋人のためだ恋人のためだって、こんなものの理由にされた恋人の気持ち考えたことある?」
「大切な人を免罪符にして私利私欲を満たすとか、どうかしてるよ」
そして男を責める言葉を一通り撃ち尽くすと、
「やっぱりお前、生きてる価値無いんじゃないかな?」
今度こそ男の心を折ったのだった。
「う、違うんだ。俺はそんなつもりじゃ無かったんだよ。ごめん、ごめんな、フラン……」
男は剣を手から離して床に手をつくと、下を向いてブツブツと誰かに向かって謝り始めてしまった。
越喜来はその様子を見て、ゆっくりと男の方へと歩いていった。
「もう謝る必要はないよ。もういいんだ」
男の前までたどり着いた越喜来は、男を見下ろしてそう言った。
「ゆ、許してくれるのか? こんな俺を」
その声に反応して、男が顔をあげた。その顔は汗と涙で濡れているが、許してもらえるかもしれないという淡い期待から、顔から暗さがわずかに消えている。
ところが、
「いいや、許さない。というか、この世の中に、"お前を許してくれるやつなんて誰も居やしない"。だから"謝るだけ無駄だ"って、そう言ってるんだ」
越喜来はその期待を、容赦なく裏切った。
同時に、男の目から光が消える。完全に、心が粉々に砕けてしまったようだった。
こうして、越喜来と男の戦いは、越喜来の勝ちで幕を閉じた。
この最後のやりとりに関して、越喜来は後にリリーから「どっちが悪人だかわからない状態だった」などと言われるのだが、それはまた別の話。