『トラウマ』
沈黙が、酒場を満たしている。
「――うおおっ!」
先に動いたのは、男だった。剣を構え、猛烈な勢いで越喜来に突進する。
同時に、越喜来も動き出す。男に向かって真っ直ぐに走り出すと、剣の攻撃を避けつつ接近していく。
「くっ!」
初撃をよけられた男は、勢いを保ったまま越喜来のいる空間を薙いだ。
それを後ろへ跳ねることで躱した越喜来はそのまま後退すると、男へ向けて"口撃"を始める。
「お前の心を折り損なってからずっと、失敗した理由を考えてたんだ」
その声を聞いた男は、一刻も早く止めようと、越喜来へ素早く剣を突き出した。
「いくらそいつの悪事を指摘しても非を認めないやつっていうのは、大体二つのパターンの人間に分けられるんだよ」
体を回転させてそれをよけた越喜来は、そのまま男の真横まで移動する。
「"そもそも倫理観が破綻している人間"と、"自分は正しいことをしていると思いこんでる人間"にね」
男の耳元でそう呟いた瞬間、銃声が響いた。男が、言葉に貫かれた胸を押さえて狼狽える。
「ぐっ……うるせぇんだよ!」
声の聞こえた方向を切り払うが、既に越喜来は避難していた。勢いのついた剣が、空を切る。
「この後者がやっかいなんだ。特に、『ある目的の為に動いてる』うえに『その為だから悪事は仕方ない』って開き直って『だから自分は正しい』と思い込んでる、確信犯的な人間がね」
追いかけてきた男の繰り出す剣撃を躱しながら、越喜来は淡々と続ける。その一言一言が、矢印となって男へ突き刺さっていった。
「こういうタイプの人間の心を折るには、そいつのやってることの悪さを指摘するだけじゃダメなんだ。そいつが抱えてる目的そのものを否定しなきゃ、そいつはそれを拠り所にして耐え続けてしまう。どうして早く気がつかなかったんだ」
そう言うと、越喜来は走って男から距離を取った。
「来いよ。お前が大事に抱えた免罪符、僕が粉々に砕いてやる」
そして挑発的な口調でそう告げると、男の反応を待った。
男は、震えていた。しかしそれは、決して恐怖によるものではなかった。
先程から男は越喜来の言葉を聞く度に、自身の最も大切にしている領域を、一歩ずつ踏み荒らされていくような感覚に陥っていた。
そして今の発言で、男は完全にキレてしまった。怒り、である。
今や男は、怒りで完全に我を失っていた。
「俺が、正しくないだと? ふざけるな! お前にわかってたまるか。俺が今までどんな思いで生きてきたかも知らないで、偉そうな口叩いてんじゃねぇ!」
男は逆上して剣を振り回すと、今までとは比にならない速度で越喜来へ突き進み始めた。
その時だった。
感情をむき出しにし、完全に無防備になった男の心が、越喜来に流れ込んできた。
先程までとは違い、理性で抑えられていないからだろうか。声だけでなく、映像までもがごちゃまぜになって、越喜来の心とリンクしていく。
この時越喜来は、自分が完全に男の心を把握したことを理解した。今、越喜来は男の心をのぞき込んでいるのだ。
男の心の中で、ひとつの記憶が光を放っている。越喜来がそれに意識を集中させると、目の前に男の記憶が広がった。
✱
兵舎の中で、俺は悶々としていた。
今、この近くの村が何者かに襲われているらしい。この報せが防衛隊に届いたのは、大分前のことだ。襲われているという村には、俺の恋人であるフランも住んでいた。
今すぐにでも助けに行かなければ。そう思った俺だったが、それは不可能だった。
軍隊ではどこも上官の命令が絶対なのだ。上官が行けと言えば行くし、待機しろと言ったら待機する。それがルールなのだから、仕方がない。
ただ、それにしても遅すぎる。どうして、隊長は出撃の指令を出さないのだろうか。
俺はいてもたってもいられなくなり、隊長のもとへ向かった。
「隊長! 何故出撃させてくれないのですか!?」
隊長を見つけるやいなや、俺は大声でそう言った。
「ん? いや、俺も出撃させてやりたいのはやまやまなんだけどな? 本部にいる上官が書類に判子だのなんだの押してるから、どうしても時間がかかるわけよ」
しかし隊長は何の気なしにそう答えると、また自室へと戻ってしまった。
防衛隊に出撃命令がくだったのは、絶望した俺が部屋に戻ってから二時間後のことだった。
到着した時には、既に村は壊滅的な被害を受けていた。村人の、ほとんどが死んでいる。
俺は必死で走り回り死体の山を確認しながら、そこにフランの姿がないことを祈った。
結論から言って、フランは死んでいた。
ただただ、この世の中の仕組みを呪った。偉いやつがモタモタしてたせいで、助けられる命が消えていく世界など間違っている。
隊長にそのことを訴えたが、「俺のせいじゃねぇだろ? 悔しかったらお前が偉くなれよ」などと、軽くあしらわれてしまった。
いいだろう。それなら、俺が偉くなるさ。
誰よりも偉くなって、もう誰もあいつみたいな目に合わない世界を、俺が作ってやる。
それでいいんだろ?
✱
「うがあああああ!」
雄叫びをあげながら、男が力を込めて剣を振りおろす。
それを越喜来がひらりと躱すと、勢い余った男はその場で転んでしまった。
「く、糞が! まだだ、まだ終わってねぇ。今すぐにぶっ殺してやる!」
男は息を荒らげながら立ち上がると、再度剣を構えて越喜来を睨みつける。
「もういいんだ。もう、戦わなくてもいい」
しかし越喜来はそう言うと、ため息をついて男を見つめた。
「はぁ? ここまできて降参でもする気か!?」
「まさか! そんな事するはず無いだろう?」
驚いて反応した男にそう言葉を返すと、越喜来は手で銃の形を作る。
「"切り札"はもう手に入れた。お前の負けだよ」
そしてそう一言告げると、その手を男へしっかりと向けた。




