『追及』
「……おい、今すぐこの茶番をやめろ。そして俺に謝れ! 今ならまだ許してやる!」
散々侮辱されて冷静さを失った男はそう言うと、再び剣に手を掛ける。
ところが、その様子を見てもなお、越喜来は笑ったままだった。
「嫌だね。僕は他人に謝るのが嫌いなんだ。大体、お前だってみんなを騙してたじゃないか。これでおあいこだよ」
越喜来は自身に向けられた殺意を気にもとめずに、あっけらかんとしている。
(ふざけやがって! こいつだけは、絶対に殺す!)
侮辱するようなその態度に、男はとうとう我慢の限界を迎えたらしい。剣を握る力を強め、そのまま一気に引き抜き斬りかかろうとする。
と、そのタイミングに合わせるかのように、越喜来が唐突に口を開いた。
「それにお前には、まだ"隠し事が残ってる"しね」
その瞬間、先程と同じく店内に銃声が響いた。越喜来の言葉が、矢印を描いて男へ飛んでいく。
それが体に突き刺さると同時に、ギクリ。と音が聞こえてきそうなほど、男は大げさに反応した。
図星、であった。
(まだ隠し事をしてる? でも、もう隠すことなんて無いんじゃないの?)
後ろで越喜来の言葉をを聞いていたリリーは、訳がわからないと言った顔をしている。
それとは対照的に、男は額から汗を流して硬直していた。
「は、はあ? 俺がこれ以上何を隠すっていうんだ? 言いがかりもほどほどにしろよ!」
言葉をつまらせながら、動揺を必死に隠そうとする。
しかし、それは越喜来の前には全く持って無意味だった。
「誤魔化しても無駄だよ。お前が何を隠しているのかなんて、とっくに見当がついている」
男が動揺していることを察した越喜来が、その隙を狙って男に言う。
「さっき言ったように、お前に援助を打ち切る権限はない。でも、このままお前のいうことを聞き続けていたら、"どのみちこの村には援助が来なくなる"んだ。違う?」
同時に、銃声。越喜来の容赦ない言葉が、男を貫く。
「何だって? こいつが援助を打ち切れないのなら、うちの村は安全なはずだろう!」
横で聞いていたマスターが驚いて問いかけるが、越喜来はそれを無視する。
「くっ……し、証拠はどこにあるんだ? 無いんだろ!? 証拠がなきゃ話にならねぇ。さっきのといい、今のといい、どれもこれもお前の憶測に過ぎねぇじゃねぇか!」
男は越喜来の言葉を受け一瞬口ごもったが、すぐに大声で反論を始めた。
「ああ、証拠はないよ。でも、そう考えた根拠なら、説明できる」
その反論に対し平然と答えた越喜来は、何かを思い出すように目を閉じて上を向くと、たたみかけるように説明を始めた。
「初めにマスターから話を聞いた時から、僕は『冒険者を街に回せ』というお前の要求に違和感を覚えていたんだ。ただ酒を飲んでワガママに過ごしたいだけなら、そんな要求する必要がない」
「そこで、僕はこの村について考えてみた。リリーに引きずられながらこの村にたどり着いたとき、ここにはこの酒場以外特に"収入源になりそうな施設が見当たらなかった"」
「この村は、酒場に来た冒険者の仲介料と、彼らによる消費以外ではほとんど利益を生むことができないんだ。ということに、僕は気がついた」
「そこから冒険者が消えたら? もはやこの村は何の価値も生み出さなくなる。そんな無価値な村に援助を施す街なんて、恐らくどこにも存在しない」
「つまり、"ここから冒険者を消す"お前の行為自体が、村を潰すことに繋がっていたんだ」
越喜来は、男が口を挟む余地がないよう早口でまくしたて、一息ついてさらに言葉を続けた。
「今度は嘘じゃないんだけどね? さっきの名簿に、防衛隊の昇格条件が書いてあったんだ」
それを聞いた男が、慌てて手元の書類を確認する。そこには確かに、簡易ながら防衛隊の評価基準についての説明が載っていた。
「『防衛した期間と、その対象となる街の規模によって評価は決まるのです』だってさ。早く昇格したいなら、出来るだけ大きい街を守った方が楽らしい」
そこまで話し終わると、越喜来は顔を男の方へ戻し目を開いた。
「これらの情報をまとめると、お前は自分の昇格のために、この村を潰して"隣街の領地を広げようとしていた"としか思えないんだ」
その言葉に再度銃声が響くと、男は完全に黙ってしまった。
「これも図星、かな?」
越喜来は男の様子を見てそう呟き、ゆっくりと男の方へ歩き出した。
「ま、待て……まだ、まだ証拠がない!だから、これは違うんだ。そうだ、こんな説得力のない意見が通るわけない!」
男は怯えた声でそう叫ぶと、一歩後ずさりをした。混乱しているのか、虚ろに証拠、証拠とばかり繰り返している。
「いや? お前のその分かり易い反応は、単純な証拠よりも説得力を持ってると思うよ?」
そう言って越喜来は男を指さす。男は焦りから色を失い、立っているのもやっとの状態だった。
その姿を無感情に見つめると、越喜来は止めとばかりに男を責め立て始めた。
「善良な市民を騙して、自分のために利用したわけだ」
「お前の昇格を実現するために、何人が被害を被ることになるんだろうね」
「私利私欲を理由に他人を巻き込む。それって最低なことだと思わない?」
じっくりと、逃げ場を奪うように、男の罪を批判していく。
「お前、生きてる価値ないよ」
そして最後に一言、無表情で呟いた。
銃声が響く。