『邂逅』
この世界とは別の世界。とある村の酒場。
奇妙な静けさが漂うその店内で、二人の男が向かい合っている。
一人は丸腰の青年。両手をだらりとぶら下げ、冷たい目で相手を観察している。
もう一人は鎧に身を包んだ男。こちらは何の外傷もないにも関わらず、顔は青ざめ、今にも死にそうなほど疲弊している。
「お前、生きてる価値ないよ」
青年が、何の感情もこもっていない声で言い放つ。
その言葉が胸に突き刺さり、鎧に身を固めた男が一瞬ガクリと片膝をつく。
「うるさい……お前に、お前に俺の何がわかるんだ!」
しかし男は即座に体制を立て直すと、叫びながら青年へと斬りかかった。
よほど鍛錬を積んだのか、その剣は常人では見きれないほどの速さで動いていた。
風を切って走る刃は、何の構えもしていないその青年を、確実に切り裂くものと思われた。
しかし。
「"何が"って聞いた?」
「なっ!?」
青年は体をわずかに動かすと、刀身に触れないギリギリの位置に移動し、その刃を躱したのだった。
それは、まるで男がどのように剣を振るのか、あらかじめ知っていたかのような動きであった。
「"何でも"って言ったら、どうする?」
笑いながら男を見つめるその目は、赤く染まっていた。
✱
話は、半日ほど前に遡る。
ある日、青年――越喜来誠は特に目的もなく部屋にひきこもっていた。
毎日ネットやゲームをするだけの同じ生活が続いているが、彼自身はこれに満足している。
人と関わるとろくな目に会わないことはわかっていたので、他人との接触がほとんどないこの環境はとても快適なのだ。
彼の両親は数年前に事故で死んでいる。そして何とも都合の良い話だが、彼は両親から莫大な遺産を残されている。相続税などを引いても一生食べていくのに困らないほどの額である。
そのため仕事はせず、月に一度食料を買いに出かけるのを除いては、一切の外出を拒んでいた。
今日は丁度その食料調達日。彼が外の世界に触れる唯一の機会だ。
「ああ、面倒くさいな」
死んだ魚のような目をしながらそう呟くと、彼はパシャマ代わりに着ていたTシャツを着替えることもせず、玄関のドアをあけた。
いつものスーパーで、いつもの食材を購入。
その帰りで、越喜来は一人の女性にぶつかった。
「あっ、すみません私前見てなくて……」
女性が、彼に頭を下げる。そして再度頭を上げると、また歩きだそうとした――
「駅なら、向こうですよ」
その時、越喜来が唐突に言った。
「えっ?」
女性は驚いて振り返ると、越喜来を訝しげに睨んだ。
「……私、急いでるので。失礼します」
そしてそう言い残すと、越喜来が指さした方向へと足早に去っていってしまった。
(また、やっちゃったな)
その様子を見て、越喜来は反省していた。
越喜来には、生まれつき『人の心が読める』という能力があった。
いや、正確にはただの観察・推理能力なのだが、彼のそれはまさに超能力と言っていいレベルに達していたのだ。
しかし、彼はそれを一度も誇らしく思ったことは無かった。
人の心を読んだところで、嫌われるだけ。人の嘘を暴いても、怒られるだけ。
さっきのように、駅を探していることを察して道を教えても、気味悪がられるだけ。
それが、彼が引きこもりをしている原因の一つだった。
(人の心読んでも、嘘を暴いても、それを口に出せないなんて。この社会はどこかおかしい)
越喜来はそう考えながら、自宅への道を歩いていた。
そしてふと立ち止まると、
「いっそのこと、違う世界にでも生まれ変わりたいな……」
と呟いた。
それは別に、何か特殊なことが起きて欲しいとかいう子供じみたニュアンスを持つものではなく、むしろ現実に対する諦めから発せられた言葉だった。
その時だった。
《生まれ変わらせてあげましょうか?》
「えっ?」
背後から突然声をかけられる。
越喜来が急いで振り向くと、背後に巨大な白い扉が存在していた。
「扉?何でこんな所に……?」
越喜来はそうは言ったが、その場から逃げたり無視したりせずに扉を見つめて考えていた。
(もしかして、この扉をくぐれば、別の世界へ行けるのか?)
様々な考えが生まれては消えていく。危険だからやめておこう。という考えも浮かんだ。
しかしそれでもやはり、異世界のロマンには勝てなかった。
「実際、異世界行きの扉なんてあるわけないよな。手の込んだイタズラだよまったく」
誰かに言い訳をするようにそう呟くと、彼は扉に手をかけた。