なろう系主人公と冒険者について
異世界ファンタジー作品、特になろう系作品では、主人公が冒険者ギルドへ登録する場面は定番のイベントとなっている。読者にとっても「いよいよ冒険が始まる」という期待感を抱かせる重要なシーンであり、世界観を説明する役割も兼ねている。
しかし、とある作品では、その冒険者登録の場面に強い違和感を覚えた。
主人公は自信満々で冒険者ギルドへ向かう。
魔力測定を受けた結果、最低ランクからのスタートと判定される。
すると主人公は露骨に不満を示し、「こんな評価はおかしい」と文句を言い始める。周囲の冒険者たちは呆れたような、生暖かい視線を向ける。そして主人公は実技試験などによる再評価を求めることもなく、「どんな依頼が受けられるのか」と質問する。
返ってきた答えは、掃除や荷運び、薬草採取などの雑用ばかりだった。
それを聞いた主人公は、「こんなのはやっていられない」とばかりに、その場で冒険者になることを諦め、帰宅して師匠へ愚痴をこぼすのである。
正直に言って、この主人公の考え方はあまりにも甘い。
まず大前提として、組織というものは信用で成り立っている。
現実の会社でも、新入社員がいきなり重要なプロジェクトを任されることはない。警察官になったばかりの新人が特殊部隊へ配属されることもないし、自衛官が入隊初日に最前線へ送られることもない。医師免許を取得したばかりの研修医が、いきなり難易度の高い手術を一人で担当することもない。
それは能力がないからではない。
実績がなく、経験が不足しているからである。
冒険者ギルドも同じはずだ。
依頼人は報酬を支払い、ギルドはその依頼を仲介する。
つまりギルドには依頼を確実に達成できる人材を送り出す責任がある。
そのため、実績のない新人を危険な魔物討伐へ送り込むことは、依頼人に対する裏切りにもなる。
さらに言えば、その新人自身の命を危険にさらすことにもなる。
むしろ最低ランクから始めさせる判断こそ、組織として極めて真っ当なのである。
主人公はそれを理解しようとしない。
「自分は強いのだから最初から高ランクにすべきだ。」
そんな態度では、周囲から呆れられるのも当然である。
そもそも主人公に、どれほどの実績があるのだろうか。
作品中で描かれているのは、学園内で行われた魔法戦程度である。
つまり相手は人間であり、しかもルールが存在する試合だ。
審判もいる。敗北しても基本的に命を失うことはない。
しかし魔物との戦闘は全く違う。魔物は降参しない。容赦もしない。
一瞬の判断ミスが命取りになる。
人間同士の試合で勝てたからといって、魔物相手にも通用する保証はどこにもない。
野球が上手だからラグビーでも活躍できるとは限らないように、対人戦と対魔物戦は求められる能力がまったく異なるのである。
しかも主人公の戦闘スタイルにも問題がある。
魔法使いでありながら、その戦法は接近戦である
これは非常に危険な戦い方だ。
魔法使いの利点は、本来なら遠距離から攻撃できることにある。
しかし自ら接近戦を選ぶのであれば、前衛職と同じ危険を背負うことになる。
相手が人間ならば、多少の加減や躊躇も期待できるかもしれない。
だが魔物にはそんなものは存在しない。
牙や爪を持つ相手へ不用意に接近することがどれほど危険かは、少し考えれば分かることである。
それにもかかわらず、主人公は一人で何とかできると思い込んでいる。
ここにも違和感がある。
冒険者という職業は、本来パーティーを組んで活動することが多い。
戦士が前衛を務め、魔法使いが後方支援を行い、回復役が仲間を治療し、斥候役が索敵を担当する。
それぞれの役割を分担することで、生存率を高めているのである。
現実の軍隊でも、特殊部隊でも、消防隊でも、一人だけで活動することはほとんどない。
チームで動くことが前提だ。
それなのに主人公は、仲間を探そうという発想すらない。
誰かと協力して経験を積もうとも考えない。
自分一人で全て解決できるという前提で話を進めている。
これは自信ではなく、単なる過信である。
しかも、師匠もその点を指摘しない。
普通ならば、「新人なのだから雑用から始めろ。」「仲間を作れ。」「実績を積め。」「魔物との戦闘経験を積んでから高ランクを目指せ。」そう助言するはずである。
しかし作中では、そのような教育的な指摘は一切ない。
代わりに「別の方法で金を稼げばいい」と話が進んでしまう。
これでは主人公自身の未熟さが改善される機会を失ってしまう。
結果として、主人公は「自分は悪くない。ギルドの評価がおかしい」という認識のまま物語が進んでしまうのである。
しかし客観的に見れば、問題があるのは主人公の側だ。
ギルドは経験も実績もない新人へ最低ランクを与えた。
危険な依頼を任せなかった。雑用を通じて信用を積ませようとした。どれも極めて常識的な判断である。
むしろ責任ある組織なら当然そうする。
逆に、初対面の人物へ高ランクを与え、危険な魔物討伐を任せるようなギルドの方が問題である。
そんな組織では依頼人も安心して仕事を任せられないし、新人の死亡率も跳ね上がるだろう。
主人公は「雑用しかないなら意味がない」と考えているようだが、雑用にも意味はある。
薬草採取なら野外での行動経験が積める。護衛依頼なら危険察知を学べる。荷運びなら土地勘が身に付く。依頼を達成すれば信用も得られる。
その積み重ねが、より危険で高額な依頼へとつながっていく。
これはゲームのレベル上げと同じであり、現実社会で言えば新人研修や下積みと同じである。
どんな仕事にも基礎は必要だ。主人公だけがその過程を飛ばせる理由は存在しない。
結局、この場面で描かれているのは、主人公が理不尽な扱いを受けた話ではない。
実力を証明する努力をする前に諦め、自分の思い通りにならないことへ不満を漏らしているだけである。
本当に優秀な人物であれば、最低ランクからでも着実に実績を積み上げるだろう。
雑用を完璧にこなし、依頼人から信頼を得て、仲間を作り、危険な依頼へ挑戦し、少しずつランクを上げていく。
その過程こそが成長物語であり、読者も主人公を応援したくなる。
しかし、この主人公はその最初の一歩すら踏み出さない。
努力する前に文句を言い、現実を受け入れず、すぐに別の道へ逃げてしまう。
だからこそ、この場面から受ける印象は「理不尽な世界に苦しむ主人公」ではなく、「自分の実績と立場を理解できていない未熟な人物」に映ってしまうのである。
冒険者とは危険な職業である以上、実力だけではなく経験や信用も重要な要素となる。その当然の仕組みを理解せず、自分は特別扱いされて当然だと考える姿勢は、冒険者以前に社会人としても未熟と言わざるを得ない。結局のところ、この主人公の最大の問題は能力ではなく、現実を受け止める姿勢そのものなのである。




