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第9話 集落の中心へ

「……グギャッ!」


 はぐれのゴブリンを背後から一突き。


 明らかに数が少なく、集団で行動している所は一度も出会うことが無かった。


 既に先に行った冒険者たちがほとんど片付けてくれているようだ。


 草を踏み倒して作られた道を辿り、中心へと向かって進む。


 中心は広場になっており、そこで戦っている冒険者たちが最も多くいた。


 ホブゴブリンの亡骸があちこちに横たわる中、残された何体かのホブゴブリンがひとまとまりになり、最後の抵抗を行っていた。


 その中でも中央には人よりも大きい、特に異質なゴブリンがいた。


 最も恵まれた肉体を持ち、特別に大きなブロードソードを持っている。


 恐らくは、ゴブリンの長、ゴブリンリーダーだろう。


 冒険者は辺りを取り囲んで、まるでレイド戦の様相だ。


 人数差は僅かに冒険者たちが有利だが、ここまでの戦闘で体力を消耗しており、明確な差がない。


 手伝いに行きたいところだが、ナイフ一本ではホブゴブリンと渡り合う気にはなれなかった。


 周囲を見渡して、ゴブリンの探索に専念する。


 明らかに俺とは装備の格が違う彼らは一斉に魔法を放ち、一帯にかまいたちを起こす。


 ホブゴブリンたちは全身に浅く傷を付けながらも勢いは止まらない。


 前衛は一斉に己の武器を掲げ、一気に距離を詰める。


 殺到する冒険者たちに何度か攻撃を受けるも、ゴブリンリーダーはどこからか用意した金属鎧から火花が散り、有効な攻撃に繋がらない。


 逆にブロードソードを振り回し、近付く冒険者どもを蹴散らして回る。


 もろに攻撃を受け、痛みをこらえている者たちも何人かいるようだ。


「何か出来ることは……」


「ユー! なんでここに!?」


 アイは前線で戦っていた。剣を大きく振り回して、ブロードソードを何とか凌いでいた。


「まだ動けるからな。手伝えることはないか?」


「そんなこと言われても……このモンスターは強くてとても……キャッ!」


 攻防のバランスが僅かに崩れ、少しずつ圧されていく。


「アイ!」


 ホブゴブリンの間を縫うように躱して、ゴブリンリーダーの元へと飛び込む。


 短いものの、頑丈なナイフはブロードソードの振り抜きにも何とか持ちこたえてくれた。


 ただし、筋力の差が大きいせいで何度も打ち込んでいると己が負けるのは目に見えて分かっていた。


「ユー、相手の気を引くことは出来る? 隙を見て攻撃するわ」


 ホブゴブリン相手に俺とシルバーが行った戦術を、今度は俺が囮になる構図だ。


 実際このナイフがゴブリンリーダーに通用するか不明瞭である以上、その方が良さそうだ。


 ナイフを水平に構え、ゴブリンリーダーを正面に見据える。


 ゴブリンリーダーは俺の様子を見て、鼻息を一つ。


 雑に剣を構えるその姿は、全身から余裕が見える。甘く見られているのだろう。


「来るなら……来いよ」


 膝が震えるのを誤魔化すように声を上げる。


 それを聞いてか、太い足をこちらへと進める。


 決して急ぎはしない、十分な余裕のある歩調。


 一歩近付く度に段々と大きくなる振動が緊張を呼び起こす。


 足を上げた僅かにテンポが乱れる瞬間、一気に側面へと走り込む。


 ゴブリンリーダーは俺の動きに合わせて体の向きを変えつつ、己の剣が届く範囲を十分に確認している。


 ――後、一歩。そこが間合いだ。


 見えない線があるかのようにその周囲をなぞり、僅かにその先へと踏み込む。


 振り下ろさせる剣をよじって躱し、さらにその先へ。


 スライディングで足の間へと滑り込み、すれ違いざまに足を切り裂く。


 全身に鎧を着こんでいるとはいえ、場所ごとに装甲の厚さは異なると予想していた。


 そして予想通り、ズボンは刃を通しさえしなかったものの、深い傷が刻まれた。


 驚き見開くゴブリンリーダーは俺を十分な脅威と認めたようで、そのまま背を向けて距離を置こうとする俺に追いすがる。


 俺に意識が向き、完全に意識がこちらを向いた瞬間。


 準備万端のアイが振りかぶった聖剣アトネマンロを背中に叩きつける。


 背面からの殺気に気付き振り返るも、対応のできるタイミングではない。


 ゴブリンリーダーをその場にねじ伏せ、首へ剣で貫こうとする。


 とはいえそうやすやすと倒されてはくれず、幅広な刃で剣を受け止める。


 カタカタ音をたてて震える聖剣。


 姿勢は明らかにアイの方が有利なはずだったが、圧倒的な筋力差が均衡を保つ。


 ただし、全身で押し込むアイに対してゴブリンリーダーは背中が地面についている分、姿勢に余裕がある。


 腹を蹴り上げて拘束を解き、構えを作り直す。


 反撃の隙を与えないように、俺は再度突貫した。


 かなり重たいはずのブロードソードを軽々と振り回す中、取り入る隙を探す。


 ゴブリンリーダーの後ろではアイが魔法を放とうとする構えが見える。


 剣を鞘に収めたまま柄を握り、光が少しずつ集まっていく。


 視野から輝きを見逃さないようにしつつ、ブロードソードの軌道を読んで必死に避け、必要に応じてナイフで狙いを逸らす。


 一合ごとに腕が飛ばされそうな衝撃を受けつつも、視界の片隅の輝きを見守る。


 決して僅かな勝機に飛び込まず、飛び込むタイミングを待ち続けるじれったい時間。


 一切の集中を欠くことの出来ない極限の中、アイが頷きかけるのが見える。準備が整ったのだろう。


「三……二……一……やれっ!」


 ゴブリンリーダーの目の前でわざと大振りで隙を作り、狙いに来るところで横へと飛び退く。


「――セイントレイ!」


 空いた直線上のラインを、極光が流れた。


 しかし、ゴブリンリーダーはさっきの挟み撃ちをしっかりと覚えていた。


 光が放たれる一瞬前にアイの方へと振り返り、剣を投げる。


 光に半身を灼かれながらも、放たれたブロードソードはアイの肩を抉る。


「――――ッ!」


 慌ててアイの元へと駆け寄る。


 金属鎧によって刃が肌に入ることは防がれたものの、あれだけの重量物を受けたのだ。


 右手がだらりと下がり、力が入っていない。あるいは骨が折れてしまっているかもしれない。


「私は大丈夫……早くトドメを……」


「それで大丈夫に見えるわけないだろ! 治療しないと」


「そんなことより! 早くリーダーを!」


 あまりの気迫に、声が出なくなる。


「ゴブリンを集めて集落を作るのがリーダーの能力。リーダーが生き続ける限り、いつかまた同じことが起こるの」


「……分かった、どれくらい効くかは分からないけど、これ」


 普通のポーションを左手に握らせて、場を検める。


 ゴブリンリーダーを俺とアイが見ていたおかげで余裕が出来たのか、ホブゴブリンとの戦闘はほとんど終わっていた。


 ここは他の冒険者に任せても良いだろう。


 ゴブリンリーダーは左腕が消し飛ばされ、あちこちの鎧が剥がれ落ちているもののまだその瞳には殺意が写されていた。


 正面に見据えながら数歩進むと、足に金属の感覚が伝わる。


 ――聖剣『アトネマンロ』。


 選ばれたものの前にしか刃を晒さず、生半可な技量では扱えない聖剣。


 戦闘の衝撃で鞘から抜け、こんなところに転がっていた。


 ……今なら、刃が見えるわけだし、ナイフよりは使えるのではないだろうか。


 そう思い拾い上げるとその剣はしっかりとした重みがあったが、決して過度ではない、振りやすい手応えがあった。


 僅かに空気が揺らめき、宝玉が豆電球のようなほの暗い輝きを見せる。


 刹那、ゴブリンリーダーがこちらへと突進する。


 既に武器と片腕を失った奴が選んだ手段は、徒手空拳。


 反応を許しまいと放った奴のタックルを、俺は半身回避する。


 振り返りざまに切った逆袈裟を小手で防がれ、ゴブリンリーダーの頭が視界に広がる。


 首を傾げて頭突きの風圧を耳に受け、更に飛び退いて距離を置く。


 再度向かい合った時と同じ状態に戻る。


「ユーが、聖剣を…………」


 アイの呟きが僅かに聞こえた。


 その理由を聞き返す間もなく、再度突進を対処する。


 さっきの焼き直しのような光景。しかし、俺が僅かに身を逸らした途端にゴブリンリーダーはその場にとどまり、中段蹴りを放ってくる。


 鍛え抜かれた鋼のごとき一撃を聖剣で弾き返し、返しの一撃が胴体へと届く。


 半壊した鎧を完全に破壊し、ゴブリンリーダーは吹き飛ばされた。


 顔を伺うと、既に命は失われていた。


「…………勝った」


 ぽつりとこぼした声が、誰かの耳に入ったらしい。


「ゴブリンリーダーを倒したぞ!!」


「あいつ、誰だ? 知ってるか?」


「いや、知らない……でも、間違いなく今日のMVPだ!」


 周りの冒険者たちが口々にはやし立て、勝利の空気が作られていく。


 囲まれる前に逃げなければ。


「アイ、勝手に借りてすまない。じゃ」


「あ、あの……!」


 聖剣をアイに押し付けるように渡し、王都への帰路に就く。


 何か言いたげではあったが、前世から引き継いだコミュ障は未だに健在。


 一対一ならともかく、こんなにもたくさんの冒険者たちに囲まれてはたまったものではない。


 話をしようと声を掛ける冒険者たちから必死に逃げる。


 なんだかゴブリンが絡むと、全力で走る機会が多いような気がする……。



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