第6話 坂の上のお店
店内は広く、煌びやかながら過度でない照明が店内を明るく照らす。
「いらっしゃいませ」
受付の人は綺麗な姿勢を保ったまま、頭を下げる。
埃一つない装備品を丁寧に陳列しており、カウンターにはガラスケースに収められた指輪が部屋中の光を反射して輝いている。
考えるまでもなく、高級店だ。間違っても俺たちのような経験の浅い冒険者が来ていい所ではない。
「ご用件をお伺いします」
音もなく忍び寄ってきた店員に内心驚きながらも、出来るだけ冷静を装って返答する。
「革装備を見たいんですが、在庫はありますか?」
「はい。それではまずお身体の寸法を確かめさせていただきます」
懐からメジャーを取り出し、あちこちの長さを測られる。
流れるような動きは淀みなく、流麗な手つきでテキパキと進んでいく。
その作業の合間、こっそりと商品の値札をちらと見ると……恐ろしく高い。
王都の一等地にある高級ホテルに一週間は軽く泊まれそうだ。
顔が歪みそうになるのを必死に押さえ込み、何食わぬ顔で店員に悟られないようにする。
……金が無いので帰りますと、心の底から言いたい。
しかし、今それを口に出すわけには行かない。
そんな事をすれば、ただの「金もないのに高級店に来た頭のおかしいやつ」になる上、ここまで案内してくれたアイに向ける顔が無くなる。
かと言って、ぎりぎりまで帰る選択肢を出さずにいるとそれはそれで「値段を見てビビったチキン」の烙印を店員に捺される。
売上ノルマのある店員などは「買う」と言うまで圧をかけ続けてくる場合もあり、その場合は泣いて財布の中身を全て晒して許しを請うことになる。
それは絶対に避けたい、最悪の選択肢だ。
重要なのはつかず離れずの最適な距離を保ちつつ、「今回は下見だけど、次は買うよ」という雰囲気を出しながら立ち去る。
これに尽きる。
内心で帰る準備をしているなどとは知るはずもなく、店員は一つの商品を目の前に見せてくる。
「こちらはこれから冒険者としてステップアップされる方に向いている、使いやすさにこだわった品です」
革はしなやかながらも芯が入っているようで、俺のものよりもしっかりしている。
必要に応じて追加で生地が当てられており、長く使っても支障が無いように工夫されている。
「良いものですね」
「もちろんです。買って飾られるだけではなく、使って価値あるものを提供することが当店のモットーです」
そっと値札を見えるように置いて、店員は続ける。
「そして、それには躊躇わずに使える値段をお客様に提供することも必要であると思っています」
意外なことに、俺がさっき盗み見た値札とは比較にならないほど安い。
「……悪くはないですね」
……どうしよう、何ヶ所かケチを付けて帰るつもりだったのに、思っていたよりも良いものが出てきたせいでうまく言葉が続かない。
強いて言えば、もう一回り安くなれば良いのだが。
こいつを買ってしまえば、剣を新調するための貯金が無くなってしまう。
現状、俺の装備は防具よりも剣の方が優先度は高い。
そうして上手く断る口実を探していると、店員の眼光が鋭く光る。
「今回はご紹介で来てくださっていることですので、このお値段でいかがでしょう」
値札に取り消し線が引かれ、一割ほど安くなる。
「か、買った!」
「ありがとうございます。では準備をいたしますので、少々お待ちください」
深くお辞儀をすると、そのまま奥へと入っていった。
「良いものが見つかって良かったね」
「驚いた。あんなにちょうど良いものを出してくれるなんて」
「採寸」
「え?」
「あの店員さん、昔は冒険者で盗賊をしていたそうよ。採寸している間に懐具合をこっそり確かめて、ちょうどいいのを出してるのよ」
「な……」
やられた。
あまりにも鮮やかな手口。あっという間に持ち金を確かめ、そこから出せるギリギリの値段を知ったうえで商品を提案していたらしい。
王都の店、怖すぎる……。
***
店を出る頃には、すっかり軽くなった懐と引き換えにしっかりした革防具が揃っていた。
剣の分、頑張って稼がないとな……。
「というかアイ」
「はい?」
「さっきの店の話、知ってたなら教えてくれよ」
「でも、充分以上の商品だったでしょ?」
「そうだけど……予算ってものがあるだろ……」
「いざっていうときに身を守ってくれるのはお金じゃないもの」
……アイも宵越しの銭は持たない、冒険者側の考えだった。
この世界には貯金という概念が無いのだろうか?
こうも皆散財してばかりだと、むしろ俺がおかしいのかと不安になる。
「ユー、今日はありがとう」
「なんだ、急に」
「私の服を選んでくれたから」
「別にいいよ。冒険者なんて明日どうなるかも分からない仕事してるんだ、伝えられることは出来る内にしておきたい」
「……そうだね。もしユーになにかあったときは、私が守るから」
「確かにあまり強くはないけど、それでも冒険者だ。女の子の背中に守られてるのは違うだろ」
「……そうかも、ね」
アイは少し寂しげな顔で微笑んでいた。
傾いた夕日に照らされて物憂げな、この一瞬を額縁に収めたくなるような神聖さがあった。
「もうすぐゴブリン討伐作戦が始まるね。どうか、気をつけて」
「……ああ」
「それじゃあ私、こっちだから。またね」
突然にそう言うと、俺は一人交差点に残される。
斜陽の日差しは眩しくて、直視しがたい。
眼下に見えた影の伸びた街は所々に明かりが照らされて眩い光を放つ。
酒屋が夜の営業に向けてあれこれ準備を始めている。
俺も点検に準備に、やることは多い。
坂を下り、帰路につく。
……俺はゴブリンと戦えるだろうか。
柵の向こうにいた、視界いっぱいに広がるゴブリンの群れを思い出す。
正直、ちょっとしたトラウマだ。苦手意識が拭いきれない。
戦いたくねえ……。




