第4話 間抜け仲間
命からがら逃げきった俺は、ギルドの受付に転がり込むようにして叫んだ。
「北の森にゴブリンの集落がある!」
まさか異世界に来て、モンスターの襲撃を叫ぶ側になるとは思わなかった。
王都にいる冒険者は手練れもそれなりにいるのか、俺の声を聞いても意外と冷静だった。
受付の人も、慌てることなく人を呼びに行ってくれた。
奥の応接室に通してもらい、椅子に座るとようやく一息付けたような気がする。
「お疲れ様です。まずは落ち着いて、お茶をどうぞ」
先に席についていたおじさんからお茶を振舞われたが、どうにも思うように飲み込めない。
そこでようやく、自分が肩で息をするほどに疲れ切っていることに気が付いた。
深呼吸をすると、書類から漂ってくる紙の香りが胸を落ち着かせてくれた。
「まずはお礼を言わせてください」
「お礼?」
「生きて帰ってきてくださったことと、情報を教えてくださったことです」
生きて帰る。そう言われて改めて、己が限界に近い部分へ踏み込んでいたことに気付けた。
「もしあなたが道中襲われていたら、ギルドはゴブリンのことを知ることも出来ずいたでしょう」
「そしてもしあなたが死んでしまったら、将来有力となり得る可能性のある冒険者を永遠に失っていたでしょう」
「いえ……俺は下っ端ですよ」
胸から下げた銅色のギルド会員証を見せる。
最底辺にして、見習いの証だ。
「それでもです。前線で剣を振るうだけが冒険者ではありません。敵がどこにいるか分からなければ、剣士をどこに配置すればよいか分かりません。あなたのおかげで、剣士は仕事が出来るのです」
おじさんに想定外の賛辞を受け、返答に悩む。
「申し遅れました。私は『ロイド・エドワード』。当冒険者ギルドの長をしております」
「な……」
まさか、ギルドで一番偉い人がわざわざ来るとは思いもしなかった。
慌てて姿勢を正そうとする俺に手で静止の合図をする。
「あぁ、どうか楽にしてください。私は元々冒険者をしていたのです」
「意外ですね」
「昔の話です。体がなまり、思うように動かなくなっても冒険から離れたくないと思っていたところを、当時の職員が拾ってくれまして。今では仕事ををしながら冒険者の話を聞くのが趣味になってしまいました」
ロイドさんは驚くほど柔らかい姿勢で話を聞いてくれるのでいつの間にか自分も話が弾む。
「……今回の情報を元に、上位冒険者に調査依頼を出します。情報提供ありがとうございます」
そうしてロイドさんは秘書にいくつか指示を出し始める。どうやら早速動くつもりらしい。
それからはあっという間に話が進んでいった。
優秀な冒険者たちが北の森へと入っていき、ゴブリンの集落について調査を行ったようだ。
集落は街道から離れていたため、長らく気付くことなく放置されていた。
それもあって、規模が大きくなってしまったようだ。
集落に隣接する川は王都の上流に位置しており、川への悪影響が懸念されることから冒険者総出による掃討作戦が決定された。
***
数日後。準備を進めていると、シルバーと街で出会った。
「ユー。そういえば今回のゴブリン掃討作戦、お前がきっかけなんだって?」
「耳が早いな」
「割と有名だぞ。カウンターで叫んでたらしいじゃないか?」
「それは忘れてくれ……!」
「無理な話だ。もう知られきっている」
噂話とはこんなにも素早く知れ渡るものなのか。
シルバーをはじめとして、冒険者と関わりが無いわけではないものの、そこまで広い付き合いがあるわけでもない。
そのため、誰とも知らない人たちに自分の事が知られているというのは、どうにも変な気持ちだ。
「マジかよ……」
「冒険者は噂話が好きだからな。情報を知っているか否かが生死を分けるわけだから、ある意味当然だ」
「噂が過ぎるのを待つしかないか……」
「まぁそういうことだな。それで、今日は何をしに来たんだ?」
「この前ゴブリンから逃げる時に服をダメにしたから、新しいのを探しに来たんだ」
流石に腰を屈めながら走ったとはいえ、元々ゴブリンの身長で出来たトンネルを人間が潜ったのだ。
しかも追いかけられながら走っていたので、裾や袖などは無理に引っ張られてほつれてしまっていた。
強度的には今すぐ何かしなければならない訳では無いが、出来れば新しい装備を用意しておきたい。
「俺みたいに金属鎧ってのはどうだ。頑丈だし、多少雑に扱っても平気だぞ」
「流石に高すぎる。それに、俺がそんなに重たい装備を着たって動きにくくてしょうがない」
「そうか……悪くないんだがな。なぜ流行らないんだろう……」
シルバーが隣でぶつぶつ原因を考えているうちに、表通りにたどり着く。
露店の商品は心なしかいつもよりも良心的な価格が値札に書かれていた。
「あれ、なんかいつもよりも安くないか?」
「大規模クエストの話はもうあちこちに広まってるからな。それで皆売り時だってんで、安売り中だ」
言われてみると通りはいつもの倍以上の活気があり、商人たちは己の商品を掲げていかに良いものか、いかに割安であるかを語っている。
「これはあれか、買い時か」
「まぁそういうことだな。とはいえたまに変なのも混じってるから、そこんところはよく確認しておけよ」
露天の内容を見ていくと、どうやらお祭りの雰囲気に合わせただけの冒険者と関係ないものを取り扱う商人も多くいた。
こうもたくさん店があるとどうしても良い店とそうでない店があるわけで――
「なんだ、随分安く売っているじゃないか」
「ウチは安さがウリですから、お嬢さん。今なら五個買ってくれたらもう一個サービスするよ」
「それは凄い……じゃあ」
「…………おい、あれって」
いつぞやの薄口ポーションの店主だった。
「良かったな、ユー。間抜け仲間がいて」
「言ってる場合か!」
店主と客の元まで慌てて駆け込み、声を掛ける。
「ちょっと待って!」
「……え?」
「あの、そのポーション味が薄くて」
「おいアンタ、ウチの商品にケチ付ける気か……あ」
怪訝な顔でにらみつける店主も、俺の顔をみて気まずい顔になる。
「どうやら顔は忘れずにいてくれたようで何よりだ。大事になる前に商売畳んだらどうだ」
「はぁ……今日は止めだ。ポーションやるから見逃してくれ」
いらない、と言いかけたが、半ば押しつけられるようにして貰ってしまった。
「やるって言われてもな……こんな薄いのどうすれば……」
そうして店を片付ける店主を横目に、女性に話しかける。
「きちんと店舗がある人から買った方が良いですよ」
「ありがとうございます……助かりました」
光っていると錯覚するほどの綺麗な瞳。
見覚えがあった。
「あの……この前鍛冶屋で武器を見てくれた方ですよね」
そしてそれは、向こうにとっても同じだったらしい。
「なんだ? お前ら、知り合いか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
「うん……? まあいいや、俺は帰る」
「おい、勘違いするなよ。ホントに何でもない……あっ」
シルバーは俺たちを見て勝手に察してらしく、帰って行ってしまった。
次会った時はなんて言えばいいんだろう……
「すみません、お邪魔してしまいましたか?」
「いや、そんなことないよ」
「この前の話覚えてますか? お礼をさせてください」
「気にしないでくれ。偶然会っただけだし」
これまで人付き合いがそこまで活発で無かったのもあり、あまり人と話すのが得意な訳では無い。
実際俺の交友関係もシルバーその他冒険者を何人か知っているだけで、他は鍛冶屋のおっちゃんぐらいだろうか。
当然前世を含めても女性と話したことは数えるほどしかない訳で……変な受け答えをしてギルドに噂を流されようものなら、この世界に引きこもりの概念を伝えることになる。
まあ、ゴブリンの一件のせいで手遅れなのかもしれないが。
「何か希望はありませんか?」
「と言われても……防具買いに来ただけだから」
「では、ご一緒させてください」
そう言って、ついてくる気配を見せる。
……マジで?




