第3話 ゴブリンを狩る
昼下がりの鍛冶屋は相変わらずの閑古鳥で、どうして営業を続けていられてるのか不思議なほどに人の出入りが少ない。
今も作業中なのか、一定のリズムで金属音が鐘のように道路に聞こえてくる。
「おっちゃーん、剣を取りに来たぞ」
「おぉ、ユーか。ちょっと待ってろ」
一瞬振り返って確認すると、また金床に視線を戻す。
たまに臨時の従業員を雇うことはあっても、ほとんどは店主が一人で切り盛りしている。
人がいないことを考えると非常に合理的なのだが、せめて鍛冶と販売で二人いた方が良いのでは無いだろうか。
「待たせたな」
売り物を物色していると鍛冶屋の主が見慣れた剣を持ってやってきた。
「出来たのか。ありがと……な?」
受け取ろうとした俺を、ひょいと避けてしまう。
「出来たには出来た……が、剣が痩せきっている。もう持たないから、新しいのを買え」
分かった分かったと軽く流そうとしたが、睨むような鋭い視線に圧されて言葉が詰まった。
「……金が無いのも事実だ。今回研いで貰ったのを最後にする、それでいいか?」
「……まぁ、仕方ないの」
そうして店主は俺に剣を返してくれた。
「もっと上手く使ってくれれば刃こぼれも少ないんだがの。剣技は凡庸だな」
「せめて伸びしろがあるって言ってくれ」
「伸びしろがあるかは伸ばさなければ分からんからな。次に剣を見るときの楽しみにしておこう」
これで武器とアイテムが揃った。
明日は試し斬りと行こう。
***
そうして今朝は『モンスター駆除』の依頼を受けて、二たび北の森に入った。
どんなモンスターでも一定の報酬が払われ、倒したモンスターの種類によっては追加報酬が払われるようになっている。
当然、強いモンスターほど追加報酬も上がるのだが、王都の近くということもあって出てくるモンスターもたかが知れている。
獣の気配を感じて、茂みの先を覗くとゴブリンがいた。
単独で辺りを見渡しているところから察するに、グループからはぐれているのかもしれない。
いずれにしても、狙い目であることに違いは無い。
周囲に敵がいないことを確かめつつ、ゴブリンの元へ駆け寄る。
向こうも俺が駆け寄っていることに気付いたらしく、慌てて姿勢を整えようとしていたが、もう遅い。
首を狙った一閃は、綺麗にゴブリンを頭と胴体に切り分けた。
いとも容易く終わった戦闘に、むしろ俺が驚いてしまった。
今までの刃であれば、深く切り込みはしても切り飛ばすことは出来なかったであろう。
「すげぇ……」
心なしか、買ったときよりも切れるような気すら感じる。
討伐の証明に使うゴブリンの耳を切りとり、森を更に奥へと進む。
新緑の香りに、僅かに獣の香りが混じる。
風上の方へと歩くと、またしてもゴブリンがいた。
今度はこちらへ向かって歩いてきており、回り込むのは難しそうだ。
やむなく、剣を抜いて正面からゴブリンと相対する。
幸い周囲はそれなりにスペースがあり、剣が枝に引っかかる心配は無い。
辺りに他のモンスターなどもいないため、正面の敵に集中出来る。
改めてゴブリンの顔を観察して、相手の出方を伺う。
顔はしわくちゃで、吊り上がった眉は怒りのお面にも似通って見えた。
敵の持つ棍棒よりも僅かに俺の剣の方がリーチが長い。
じりじりと距離を詰めつつも、棍棒が当たるかどうか微妙な間合いを維持する。
小さく振った剣先が棍棒に触れた途端、ゴブリンは一気に攻め掛かってきた。
棍棒で剣を弾きながら一歩踏み出し、大きく振るう一撃を俺は同じく一歩引く事で回避する。
後隙を狙って胴体を狙って横薙ぎを繰り出すが、浅く切っただけで致命打にはならない。
むしろそれがゴブリンを腹立たせたらしく、姿勢を下げて更に突撃する。
慌てて剣を引き寄せ、身を守る盾にする。
強かに打ちつけられる連打に手が痺れるが、意地でも武器は手放さない。
やがて疲労で攻撃の間隔が広がってきたタイミングを狙い、更に半歩分下がる。
当たるはずだった攻撃が逸れ、姿勢を崩した所を逃さず袈裟切りにする。
真っ二つ……とまでは行かないものの、胸元まで達した切り口は命を奪うのに十分だった。
ゴブリンは両腕の構えをだらりと解き、その場に崩れ落ちる。
「危なかった……!」
ゴブリンにもう少し攻撃があったら、剣を弾かれていたかもしれない。
あるいはもっと足が速ければ、防御が間に合わなかったかもしれない。
『もしも』のことが色々と想像できてしまい、今更足が震える。
「今日は帰るか……」
まだまだ空きのある袋を縛り、来た道を帰る。
何だかもったいない気もするが、剣の切れ味を見れただけ良しとするか。
戻り際、ゴブリンと戦う前に感じた獣臭さが未だ残っていることに気付く。
むしろ、臭いが強くなっているようにも思う。
言葉に出来ない違和感がぼんやりと頭に残る。
行きでは気づけなかったが、一ヶ所だけ枝葉が荒らされ、獣道のようになっていた。
さっきのゴブリンはここを通ってきたのだろうか。
枝葉が生い茂る、腰を屈めないと通れないほどに低いトンネルを潜り抜けると、柵が見えた。
こんな街道外れの場所にあるとは思わず、少し驚く。
お世辞にも出来が良いとは言えず、ささくれた木の幹を強引につる草で結び付けた粗雑な作りは応急的に作られた急拵えのようにも見えた。
何度か蹴り飛ばせば恐らく倒れてしまうだろう。
そして、なんとなく感じていた異臭はさらに強くなり、この場に居続ける事すら躊躇われるレベルになってきた。
「いったい何の臭いなんだ……?」
そうして柵の奥を覗き込むと。
「……フゴッ」
ゴブリンらと、目が合った。
柵の向こう側はゴブリンが集落を作っていたらしく、たまたま数匹が俺が覗くタイミングで目があっただけの事。
しかし、集落の規模から察するに、全体のゴブリンの数は百を越えそうな規模だ。
「お邪魔しましたー……」
「――ウガアァァー!」
何事もなかったかのように引き下がらせてはくれなかった。
仲間が駆けつける前に元のやぶの中へと飛び込む。
行きの時には通りにくさを感じながら通った枝葉を強引に押し通る。
あちこちに引っ掛けた枝葉が服を傷つけるも、構っている暇はない。
背中にゴブリンたちの声を聞きながらも、足を緩めることなく逃げる。
幸い奴らは柵を乗り越えることは出来ないらしく、どこかの入り口まで大回りしてこちらへと向かってきている。
それまでの時間でがあれば、十分に撒いて逃げ切れるだろう。
今までで一番必死になって走った気がする……。




