第2話 王都で下準備
薬草と角ウサギの角を持ってギルドに戻り、カウンターで換金が終わった俺はそのまま鍛冶屋に向かった。
「おっちゃん、剣を研いでくれないか」
「……いつも言っているだろう。『ユー』、もっとマメに持ってこないか。剣がボロボロじゃないか」
「仕方ないだろう。そんなに金も無いんだ。あと、俺の名は『ユウト』だ。何度も言ってるぞ」
「だが、皆あんたのことをユーって呼ぶじゃないか」
「だからそれが間違ってるんだって」
「分かった分かった。明日の午後まで待ってな、ユー」
「…………」
この鍛冶屋は俺がよく来る行きつけの店で、間違いなく王都でも上位の実力がある。
店主も根っからの鍛冶好きで、明らかに実力の割には安い。
欠点は店があまりに無骨な所と、店主が頑固な所だ。
金持ちは高級感のある店に行き、金がないやつは露天商から格安で半ば使い捨ての武器を買う。
そのどちらでもないこの店は、知る人ぞ知る隠れた名店となっている。
俺が店を出る時に、扉の前に立っていた人にぶつかりそうになる。
「おっと」
「すみません」
扉を開けて中に入れるようにしたが、相手は躊躇うようにしたまま中に入らない。
「……入らないのか?」
「その……何を買えばよいか、分からなくて」
見れば、その女性冒険者は服装こそそれなりだが、ほつれ一つない綺麗で整った布地はあまり使われていないイメージを受ける。
「何が必要なんだ?」
「剣はあるので、予備でナイフを探しています」
「ナイフならこっちにあって、モンスターから討伐証明を切り取るためなら短くても取り回しの良いやつがおススメだ」
見本に置いてあるナイフから、自分が使っているのと同型のものを一本取る。
シンプルで無骨ながらも、扱いやすく気に入っている。
いざという時は戦闘に使われる事も考えられたちょうどいい長さで、意外とこの長さのナイフが他に売っておらず、愛用しているのだ。
「俺はこれを使ってるが、ちょっと値が張る。安いやつだと……」
「では、それをください」
「そうか? 始めたての冒険者はもっと安いやつでもいいと思うが……」
「余裕はありますので。信頼できる物を揃えたいのです」
フードに隠れてよく見えなかったが、女性の瞳は芯があり、不思議な品格があった。
金持ちの道楽だったりするのだろうか。
その女性はあっという間に武器を手に取り、おっちゃんに会計を頼む。
「選んでいただき、ありがとうございます。何かお礼をさせてください」
「礼って言われてもな……その内一儲けしたら、一杯奢ってくれればそれでいいよ。じゃ」
「あっ……」
そうして早々に店を立ち去る。
俺も相手も名前を知らないまま別れたので、恐らく何も起きないだろう。
この程度で恩を期待したくはないし、それをきっかけにあれこれ頼まれても面倒だ。
今日は雨こそ降っていないものの、湿っぽい空気感とどんよりとした雲が夕日を遮っている。
夜は簡単な食事にして、すぐに眠ってしまおう。
***
翌朝。教会の鐘の音が外から聞こえてくる。
元々は信徒のために祈りを捧げる時間を伝えるためのものだったらしいのだが、今では店や城門の開閉時間など、鐘の音に合わせて活動しているものは多い。
外の人たちも今はまだ数人が出歩いている程度だが、これから増えてくるだろう。
今日は剣を手入れに出しているので、クエストには行けない。
偶には王都を散歩してみるのもいいかもしれない。
街を歩くのにちょうどいい、気軽な服装に着替えて外へ出る。
昨日の曇り空が嘘のように晴れていて、程よい風が快い。
王都の露店売りは大きく分けて表通りと裏通り、そして路地裏の三ヶ所で行われている。
表通りは日用品やポーションなど、消耗品が多く売られている。
また、見習いの鍛冶師が格安で装備品を取り扱っている場合もある。
感覚としては、コンビニとフリーマーケットを合わせたようなものだ。
路地裏は衛兵の目が入りにくく、普段見られない物も売られることもある。
値段は胡散臭いほどに安いものから、ぼったくり同然のものまでピンキリ。
裏通りはその中間、といった所だ。
魔法使いによる指導が無くとも魔法が使えるようになる『魔導書』が欲しいのだが……表通りで売られるようなものではない。
せめて裏通り、出来れば路地裏に行きたいところだが……ただでさえ殆ど空っぽな財布をスられるのは生死に関わる。
そもそも魔導書を買えるほどの稼ぎも無い以上、見つけたところで何か出来ることも無い。
適当に通りを歩き、ポーション類を探す。
「ポーションあるよー。安いよー」
何だか気の抜ける声ではあったが、覗いてみると本当にポーションが売っていた。
しかも、これまで買っていたポーションよりも明らかに安い。
「おい、随分安いな」
「そりゃあもちろん。うちは薄利多売がウリでやってますから」
「ふーん」
「お客さん、ウチは始めてかい? 今なら五個買ってくれたらもう一個サービスするよ」
「そりゃ本当に太っ腹だ……じゃあ」
「おい、ユー!」
突然俺を呼ぶ声に振り返ると、全身を重装備の金属鎧で固めた大男がこちらへ向かって近寄ってきた。
「よう、シルバー。偶然だな」
「どうせ偶然なら、きれいなお姉さんに会いたがったがな。そんなことより、お前騙されてるぞ」
「は?」
「こいつ、ポーションを蒸留水で薄めて売ってるんだよ。三本使ってやっと一本分の効果があるかどうかって所だ」
驚いて業者の顔を見ると、舌打ちしてふてぶてしい態度を取る。
「んだよ、知ってんのかよ……なら帰れよ。冷やかしはお呼びじゃねぇ」
「悪魔と仲良く商売でもするんだな。ユー、行くぞ」
「あ、おい……」
さっさと引き返すシルバーを慌てて追いかける。
「衛兵とかに知らせた方がいいんじゃないのか?」
「相変わらずユーはその辺知らないよな……別にやってることは違法じゃないからな。騙された方がアホだった、で終わりだ」
「そういうのは裏通りでやって欲しいもんだ」
「前はもう少し棲み分けが出来てたんだがな……最近は不文律を知らねぇよそ者が増えたからな。こっちが警戒するしかねぇよ。切り替えてポーション探しに行くぞ」
幸い今日はかなり商人が多くいるらしく、ポーションを売っている人もかなりいた。
結局、いつもと殆ど同じ値段で手に入った。
「値段は同じはずなのに……なぜか損した気分だ」
「さっきの薄口ポーションを買うか?」
「それは嫌だ。そんなことより飯にしようぜ」
「よしきた、行き先は店は王都の一級店か?」
「残念、行きつけのカフェだ」
着いて食事をする頃には昼の鐘も鳴るだろう。腹の音が鳴る前に向かう。
時間はまだ昼前という事もあり、店が比較的空いていた。
「ほー、結構雰囲気良いな。出来れば彼女と来たかったぜ」
「シルバー、彼女いたっけ?」
「いや……だが冬が来る前には……!」
「これは出来なそうだな」
「うるせぇ、今年は別だ。エールと適当なツマミ一つ」
「俺はホットドッグとハーブティーを」
店員に注文を通して、テラス席から外を見る。
陽光は朝より強くなり、温暖で過ごしやすい。日本だったら桜が見れただろうか。
以前は花見をする習慣なんて無かったものだが、いざ出来なくなると寂しく感じるのだから不思議なものである。
「ユーは殆ど酒を飲まねぇよな。実はガキなのか?」
「むしろお前らが飲み過ぎなんだよ。俺は肝臓を悪くしないか不安だ」
「カンゾー?はよく分からんが、酒は百薬の長ってくらいだ、元気だぜ」
「薬も過ぎれば毒となるとも言うだろ?」
「ユーは実は良い所の出だったりするのか? たまに難しいことを言うよな」
「そんなことは……お、来たみたいだ」
店員が一通りの品物を机に並べて立ち去る。
淹れたてのハーブティーから香る湯気がリラックスさせてくれる。
目の前にいるシルバーは俺が冒険者を始めた時からの付き合いがある先輩だ。
とは言え年もほとんど変わらないため、お互い友人のように関わっている。
「そういえばシルバーはなんで王都に? クエストに行かなかったのか?」
「今日は討伐系の依頼が少なくてな。細々した仕事は嫌いなんだ」
木の幹のように太い腕を曲げ伸ばししながら話すシルバーの顔は苦く、本当に細かい作業が苦手なのだろう。
「ユーは俺よりもそういうの得意だろ。今日は休みか?」
「剣を手入れに出してるんだよ。流石に武器がないと不安で」
「しばらく待つのか?」
「今日の午後って言ってたから、これから行くつもり」
「そうか、俺も午後は用があるから解散だな。またな」
「ああ」
そうしてシルバーは鎧から金属音を鳴らして去っていった。
丁度、正午を伝える時報が教会から聞こえてきた。
のんびり鍛冶屋へ向かえば武器も受け取れるだろう。
その時、ふと気付いた。
机の上には空にになったコップと皿が二セット。
「…………ん?」
あいつ、支払いを俺に押し付けていかなかったか?
皿をどけても椅子を見ても、一枚の銅貨すら置いていない。
「……やられた」
ポーションで得した分俺に払え、ということか。




