第11話 素敵な店と不穏な店
猪突猛進な女の子、ポプラに連れられてやってきたのは、暖かな暖色系に照らされた木造の建物。
食欲をそそる食べ物の香りに混じって、不快でない程度に香木の香りが落ち着いた雰囲気を演出する。
「さ、好きなだけ食べていいわよ」
普段行く店よりも高級感があって、どうにも落ち着かない。
「お前、金あるんだな……意外と」
「『意外と』って言わないで」
「だって学校言ってるかどうかも怪しい身ちょう……いでででで!」
つま先を踏まれた。
「こう見えてもユーよりは強いわよ、あたし」
「俺の実力、知ってるのか?」
「知らないけど、ゴブリンに負けて逃げたのは知ってるわ」
ギルドに助けを求めに行った時のことを知っているのだろう、薄笑いを込めた表情で俺を見てくる。
――カチンときた。
「剣をスられたお間抜けな冒険者に言われたくないなー」
「…………!」
二たび足を踏んづけられそうになった。
予想は出来ていたので足をずらすと、ハンマーを落としたような音が机の下から響く。
「そんなしっかり踏み込むことないだろ!」
「人を馬鹿にするのが悪いのよ!」
「言い出しっぺが良く言えるな!」
お互いに火花を散らしていると、視線がこちらに集まっていることに気付いた。
いつもの安食堂とは違い、大人しい雰囲気の店だ。騒がしくしている人はすぐに目につくのだろう。
「……コホン!」
誰かの咳払いの声で俺たちはピタリと口論を止める。
「…………」
少し気まずい空気になってしまったので、たまらず話題を逸らす。
「それで、その剣を取りに行くのになんで俺がいるんだ? 場所は分かるんだろ?」
「なんとなくでしか分からないから、はっきりした場所とかは分からないのよ。物探しに人手は多い方が助かるし」
「ふーん。剣はどの辺にありそうなんだ?」
問うと、何かを感じ取るようにポプラは瞳を閉じる。
「……東の方。そんなに遠くないから、多分王都の中だと思うわ」
「なんだ、じゃあすぐに済みそうだな」
王都を出るとなればナイフ一本では心許ないと思っていた俺は、胸をなで下ろす。
ポプラは武器を盗まれて落ち着かないのか、落ち着かない顔だった。
剣を折った上に全財産を無くした俺を見習って、もう少し堂々として欲しいものだ。
……はぁ。
***
全財産を失ったショックでなかなか寝付けなかったが、慣れとは不思議なもので教会の鐘の音に合わせて自然と体が目を覚ます。
若干の寝不足ではあるが、案外起きれるものだな。
昨日約束していた広場に行くと、ポプラは既にいた。
「遅くない?」
「むしろそんな早く来ているとは思わなかったんだよ、悪いな」
その手には細身の木刀が握られていた。
練習用だとは思うが、妙な物々しさがある。
「もしかして、犯人を見つけたらそれでひっぱたくつもりか?」
「当たり前でしょ。まさかユーは丸腰で来たの?」
「一応ナイフはあるが……街中で刃物はなあ」
やっぱり元日本人としては、人間に刃物を向けるのは抵抗感がある。
「何だか頼りないわね……行くわよ」
さっさと進むポプラをの隣を慌てて追う。
「剣の場所は昨日のままなのか?」
「感覚で分かる範囲だと……動いてないわね」
「盗られた時のこと、覚えてないか?何人いたとか……」
「それが、全然わかんないのよ……気付いたら剣帯に何かで切られたような跡があるだけで」
「そんなに良い剣なのか」
そう聞くと、僅かに眉を寄せて答える。
「……ゴブリンに負けるあんたから見れば同じ剣よ」
……コイツ、まだこんな減らず口を。
小生意気な態度をどう矯正してくれようかと考えていると、ポプラが静止の合図を出した。
「場所はこのまままっすぐ行って、すぐの所。でも……」
「ここは……」
いつの間にか、王都の外れも外れ、雑居地に着いた。
王都の外どころか、国の外から定期的にくる人間が住む場所で、外国人街のような独特の空気がある。
ここを拠点に裏通りに商品を流す人間もいるらしく、決して治安の良い場所ではない。
「本当にこんなところにあるのか?」
「うん。この先は城壁で、街の外になる。そんなところに剣を保管しておく理由はないと思うわ」
「まさか……盗んだ人間は裏通りで転売する気なのか?」
「分かんないけど、これ一軒一軒見て回る気はしないわね」
雑居地は建物一つ一つは決して大きくないが、各家同士が勝手に工事を進めており、境界が分かりにくい。
ジャングルジムのように入り組んだ構造は、無遠慮に入り込めば元の場所に戻れなくなる。
「何か策はあるのか?」
「当たり前よ」
そう言って奥にずかずかと迷いなく入り込む。
「おい、本当に策があるんだろうな……!」
不安ながらもポプラを信じて行く。
***
ごちゃついた雑居地の一等地に、何も書かれていないプレートを掲げる店があった。
ポプラは看板を一瞥すると、迷わず入り口をノックする。
「どちら様でしょう」
「あたしよ」
「存じ上げません」
「あたしよ」
「お引き取りください」
「あたしよ」
「…………」
少しの間があって、扉が開かれる。
「もう来るな、と言ったと思いますが?」
「忘れてたわ」
扉の向こうから現れたひょろ長い人間にぎょっとする。
長い髪を枝垂れのように顔に垂らしており、顔が全く見えない。
背丈は男のようにも見えるが、声は中性的で背の高い女にも見える。
「この辺であたしの剣があるのよ。場所を教えて。」
「……そちらの男は?」
ぎょろりとした目でこちらを見た……かは定かでないが、視線を向けられた気がして挨拶をする。
「えっと、初めまして」
「……どうも。その女とはどういう関係でしょうか?」
「一緒に剣を探す仲間……ですかね」
「仲間……ですか」
言葉を一語一句確かめるように首を傾げながら吟味していたひょろ長の人は、そっとカウンターの裏に立ち、両手を広げて歓迎ともとれる意を示す。
「ご注文を」
机には直接メニューが刻むように書かれていた。
「……?」
しかし、品名がまるで分からない。
『龍の涙』や『墓守の汗』といった辛うじて液体であることが分かるものから、『虹の思念体』『山羊の夢見た空』のように口に入れられるものなのか想像のつかない物まで。
「ちょっと聞きたいんですが……」
「ご注文を」
ぴしゃりと締め切られた解答。質問は受け付けられていないようだ。
「ポプラは何にするんだ?」
「『ナイフの一突き』」
「じゃあ、同じものを俺にも」
「……」
少し考えるように静止していたが、準備に取り掛かり始める。
「あの人はいったい何なんだ?」
「雑居地一の情報屋。あたしは『シダレ』って呼んでる」
シダレ。まず間違いなく本名ではないだろう。
胡散臭いことこの上ないが、ポプラが信用している以上口には出さずにおく。
「お待たせしました」
そうして置かれたのは、鮮やかな赤い飲み物と良く分からないナッツ系の実。
トマトジュースと思ったが、炭酸でも入っているらしく、ポコポコと気泡が沸き立っている。
飲めるのか……?と思い隣をちらと見ると、ポプラは一気に赤い液体を飲み干すところだった。
「ええい、なるがままだ」
一気に器を傾けると、口の中で何かが弾けるような感覚があった。
「――!?」
炭酸なんて生易しいものではない。
例えるなら、口の中でポップコーンを作っているようだった。
驚きに目を見開き、一口だけ口をつけたコップを机に戻す。
ポプラは一瞬にして飲み干してしまい、謎の実の殻を剥いている所だった。
「…………」
どういう訳か、シダレは俺の一挙手一投足を観察している。
何を求められているのか分からずに、俺もポプラの真似をして殻を剥いてみる。
――中から、赤黒い色の実が現れた。
食べられるんだよな……?
もうどうにでもなれと口に放り込むと、ピーナッツにも似た硬質な歯ごたえが伝わる。
噛み砕くと、口の中で火が付いたような辛さが駆け巡る。
余りの辛さに、全身から汗が噴き出す。
少しでも鎮火に動くため、赤い液体の残りを口に入れる。
「あ、それ……」
ポプラが何か言いかけた気がするが、時すでに遅し。
「!?」
口の中が爆発した。
比喩表現ではない。口の中で液体の体積が一気に広がったのだ。
結果、口から血のように赤い液体を噴き出してしまった。
「何が……?」
呆けて開いた口も閉じれずにいる俺の質問に答えたのは、ポプラだった。
「それ、一緒に食べると実に詰まった魔力が炭酸に溶け込むのよ。どうなるかは……体験した通り」
「先に教えといてくれ……」
恨めし気にポプラを見ると、顔を背けて肩を震わせている。
コイツ、俺で一笑い取るために黙ってたな……。
シダレも無言でタオルを用意する辺り、何度も見慣れているのだろう。
どっちでもいいから、教えてくれよ……。
机を拭き、食器を片付けながらシダレがポプラへ問いかける。
「それで、剣を探していると言いましたね」
「そう。知ってんでしょ?」
「恐らく、最近流れで来た商会の倉庫でしょう。地図を渡しますよ」
そう言って、手書きの地図をポプラの前に置く。
「恐らく? ……随分仕事が雑になったわね」
「最近は人の出入りが激しいので。出入りの全てを把握なんて無理な話でございます」
「ふーん……また来るわ」
「二度のご来店、心よりご遠慮いたします」
ポプラは返事もせずに会話を切り上げ、店を出ていこうとする。
慌てて追いかけようとすると、シダレに呼び止められる。
「もしポプラがまたここに来ようとしたら、止めていただけますか」
「何かあるんですか?」
「……君ならば歓迎しますよ」
答えにならない返事をして、シダレは踵を返す。
恐らく返事は得られないのだろう。
疑問を覚えつつも、店を後にした。




