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第10話 小生意気な女の子

 ゴブリンを倒し、冒険者から逃げるように帰った翌朝、いつも通りの見慣れた長屋のベッドの上で。


「…………痛い」


 俺は一歩も動けずにいた。


 明らかに通常の限界を超える運動を行った結果、全身筋肉痛になってしまったのだ。


 昨日は妙に体が軽く、体力が増えたかのようだ……と思っていたが、まさかこんなしっぺ返しが待っていたとは。


 思い当たる原因はただ一つ。


 ぼったくり店主の売っていた、薄口ポーションだ。


 恐らくただ水を入れて薄めただけではすぐに見抜かれるからと、何らかの細工をした。


 その結果、エナジードリンクに類似するものが出来てしまった……といったところだろう。


 正直あれのお陰で助かった面はある。礼は言いたくないが。


 そして先日の戦闘で見えた課題。


 一つは単純な自分の技量不足。これは自分が踏み込み過ぎたせいということもあるが、モンスターと出会ってからでは遅すぎる。


 そしてもう一つは、重なる部分もあるが人数の不足。


 今回はシルバーやアイと即興で戦えたから良かったものの、誰もいないタイミングだったら命が危なかったかもしれない。


 パーティーメンバーを集めるべきだろう。


 自分と同じ前衛でもいいし、いざという時にカバー出来る後衛でもいい。


 いつか俺が魔法使いになることを考えると、前衛の方が理想的だろうか。


 ギルドで募集を掛けようと思ったが、


「いでででで……」


 過去最大級に痛い筋肉痛は、ベッドから起き上がるという単純な行動すらも難易度を大きく上げている。


 今は家から出られるかも怪しい。


 なにをするべきか……。


***


 二度寝をしていると、いつの間にか太陽が頂点を越えて傾き始めていた。


「……腹減った」


 ベッドの上でごろごろしていても胃袋はわがままに空腹を主張する。


 しかし、体が痛くて食事に行けず、家に十分なストックもないこの部屋では飢死を待つほか無い。


 幸いすぐ近くに食堂があるので、小康状態の身体の機嫌を取りながら向かう。


 長屋を出て、徒歩一分。


 距離の近さゆえに冒険者も多くいる食堂は、心なしかいつもよりもひりついた空気が漂っていた。


 雑談は最小限で、俺が近付くとそっと視線を向けて行動を見張る。


 何かやらかしたか?と思っていたが、どうやら今日の冒険者たちは誰が相手であっても素っ気ない対応のようだ。


「日替わり定食一つ」


「あいよー」


「……今日は何かあったのか? ずいぶん静かだけど」


「なんでも、スリだってさ。武器でも金でも、問答無用で気がつくと無くなってるんだと。兄ちゃんも気をつけな」


「そりゃどーも」


 対価を支払い、食事を受け取る。


「ぼったくりの次はスリか……」


 ゴブリンを討伐して少しくらい明るい雰囲気になると思っていただけに、まさか逆になるとは思わなかった。


 他の冒険者たちも自分の荷物を盗られないかと疑心暗鬼になっているのだろう。


 その点俺は剣は折れた上、ホブゴブリンに投げて紛失し、有り金はたいて買った防具はすっかりほつれて要補修。


 とても盗んだ所で金になるような物はない。


 ……何故だろう、今日のスープはいつもよりしょっぱい気がする。


 スープを一気に飲み干し、部屋へと帰る。


 帰り際、やけに必死に辺りを走り回る少女がいた。


 子供は元気だな、などと思っていると……ちょうどこちらへまっすぐ向かってきている所だった。


 慌てて右に避けるが、少女も同じ方向へと避け――


「あいたっ!」


 不幸な正面衝突に発展してしまった。


「ううん……大丈夫か?」


「大丈夫な訳ないじゃない、女の子がこんな目にあって」


 随分な物言いに少女の方を見ると、シンプルながらも要所を抑えた防具が着けていた。


 ……つまりは、冒険者。


 見た目は中学生くらいに見える……色々苦労しているのだろうか。


「なにニヤニヤ見てんのよ、気持ち悪いわね」


「そう言うなよ、仮にも前方不注意でぶつかってきた加害者だろ」


「でも同じ方に避けてぶつかってきたわ」


「そりゃあんたもだろ。むしろなんで走ってたんだ? 『廊下は走っちゃいけません』……ってここ廊下じゃないし、そもそも伝わらんか」


「何の話? ……ってあたし、こんなのと構ってる暇ないのよ! とにかく気をつけなさい!」


 そう言い残し、前方不注意ガールは走り去っていった。


 ……『こんなの』は無いだろう。


 こっちも全身筋肉痛のなか、頑張って外出してるんだぞ。


 軋む体を必死に家まで引っ張って帰る。


 剣があったら杖代わりにしていたかもしれない。


 剣がなければ冒険どころではないし、明日はおっちゃんの所で新調したほうが良さそうだ。


***


「金よし、装備よし、身体よし」


 へそくりとして隠していたなけなしの金貨を袋に詰め、家を出る。


 筋肉痛もよく寝たお陰か、完全回復とまでは言わずともすっかり良くなった。


 外は暖かな日射しが差し込む明るい時間。


 違和感の無い程度に左右を確認しながら外に出る。


 押し売りをしようと寄ってくる商人を一睨みして退かせ、周囲と常に距離を置いておく。


 スリ対策には不用心に人を近寄らせない、これに限る。


 懐に入れた金貨袋は無闇に確認しない。


 心の平穏と引き換えに金のありかを伝えるようなものだからだ。


 あくまで堂々と道を歩きながら、警戒を怠らない。


 慎重に歩きすぎて、鍛冶屋に着くまでずいぶん時間がかかった。


「おっちゃん、剣くれ」


「うん? 前のはどうした?」


「折っちゃった」


「はぁ……本当にユーは剣の才能が無いな。他のにしたらどうだ」


「じゃあ魔法使いになるから杖くれ」


「ウチに魔法の杖は無え」


 やれやれと、肩をすくめられてしまった。


「……それで、予算はどれくらいだ」


「これで買えるやつ」


 そう言って机に金貨袋を置く。


「…………? 空だぞ?」


「えっ」


「この革だと材料として使えるから、下取り価格は銅貨十枚……弓矢が何本かってところだな」


「嘘だろっ、ちょっと見せてくれ」


 よく見ると、袋には大きな切り口が覗いていた。


「あ……」


「傷物では、残念ながら銅貨一枚にもならんな」


「まさか金を道路に落っことしてきたのか……?」


「見てきたらどうだ? もう遅いだろうが……」


 鍛冶屋の扉を叩きつけるように開き、歩いてきた道を舐めるように見渡す。


 その分、前をしっかり見ておらず、誰かにぶつかる。


「あいてっ……すみません」


 とっさにそう口から出たが、相手のセリフは思ってもいないものだった。


「…………げ」


 昨日あった小柄な冒険者だった。


「『げ』とは随分な挨拶だな」


「なんであたしの行く先々にいるのよ……」


「それは俺も気になるところだ」


「じゃあまずアンタから教えなさいよ」


 ――うっかりお金落としちゃって、探してるんだ!


 ……などとは絶対に言いたくない。


 大笑いされる様子が目に浮かぶようだ。


「気になるなら自分から言うことだな。そうしたら教えてやる」


「う……笑わないでよ」


「笑わない笑わない」


 もごもごと言いづらそうにしていたが、そっと切り出した。


「……スリにあった」


「なんだ、財布か?」


「…………けん」


「けん? けんって……剣か」


 よく見ると、少女は冒険者然とした格好をしているものの……武器がどこにもない。


 昨日も防具を着こんでいながら帯剣していなかったところから考えるに、ずっとそのことで走り回っていたのであろう。


「冒険者が自分の武器盗まれるとか……クッ!」


「笑わないでって言ったじゃない!」


「いくら何でも武器は不用心過ぎだろ……あぁ悪かった、殴るな」


 拳を固める少女に詫びを申し入れると、溜め息一つで許してくれた。


「それで、アンタはなんで?」


「……財布の底に穴が空いてて、金を落とした」


「フッ……アハハハ! 自分の財布の様子くらい見ときなさいよ!」


「殴りてぇ……」


 人を呪わば穴二つ。


 人を笑えば声二つ。


 同じ穴のムジナってやつか。


「で、道路にまだ落ちてないか探してるの? もう誰か持ってったわよ」


 自分より小さい子に言われる正論ほど胸に刺さる言葉も無い。


「うるせぇ……剣は誰に盗まれたとか、当てはあるのか?」


「あたしの剣は特別製で、お互いに引き寄せてくれるのよ」


「なんだそれ、オカルトか?」


「違うし。上手く言えないけど……何となくこっちに引っ張ってるなー、って感覚があるのよ」


 位置共有されている、ということだろうか?


「ふーん……大変だな、頑張れよ。じゃ」


「ちょっと! ここまで話させておいて帰る気!?」


「だって俺金無いし、そもそも特に知り合いでも無いだろ、俺たち」


「……あたし、ポプラ。あんたは?」


「え、ユウト」


「ユーね、覚えたわ」


「ユウトな」


 またユーになっている。


「細かいことはどうでも良いじゃない、それにこれであたしたち知らない仲じゃないわけだし、手伝ってくれるでしょ?」


「嫌だ」


「なんで!?」


「最初に言ったろ、金が無い。具体的には今夜食べる物に困るレベルだ」


 有り金全てをあの袋に入れていたので、今の俺は読んで字のごとく一文無しだ。


 晩ご飯はシルバーにたかるか、あるいは今からでも薬草を集めて換金しなければならない。


 とてもこんな剣を紛失するうっかりガールに絡まれている余裕は無いのだ。


「……そんな事正直に言って、恥ずかしく無いの?」


「羞恥心で腹は膨れないんだぞ」


「『言ってやった』みたいな顔で正論言われると叩きたくなるわね……」


「なにも言い返せなくなるからな」


「うっさい」


 肩を叩かれた。暴力反対。


「……手伝ってくれるなら、ご飯代くらいは出してあげる」


「分かった。よろしくな、ポプラ。明日は頑張ろう」


「手のひら返し早すぎるでしょ……」


 食欲は三大欲求の一つだ。食べねば人は死んでしまうのだから、仕方ない。



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