二人の指導役
少し薄暗めの廊下をエリザは、マルグレットの後を少し早歩きで追いかける。
エリザの不規則な足音が気になったのかマルグレットは口を開いた。
「エリザさん、使用人たる者如何なる時も冷静に穏やかに行動しないといけませんよ」
マルグレットの歩きはエリザとは打って変わって優雅であった。
歩き方、歩幅、呼吸のリズム、揺れるスカートさえもまるで決められた法則に載っとているかのように一定だ。
「これから食糧庫に向かいます、指導役として二人のメイドが待っています、わからない事がその二人にあったのならなんでも質問しても大丈夫ですよ」
マルグレットはそう言いながらエリザに食糧庫の鍵を手渡した。
「食糧庫はこの廊下の一番奥にございます、わたくしはセリアさんの方にも向かわないといけませんのでこれにて失礼致します」
お辞儀をしてマルグレットは元来た道を戻って行った。
食糧庫がある廊下の先は、不安になるような闇が広がっていた。
エリザは事前に受け取っていた蝋燭をポケットから取り出し、壁に掛かっている蝋燭から火を移す。
火はボゥっと燃えながら熱を放っていた。
火傷をしないようにエリザは蝋燭のしたの方を持ち直し、また歩き始める
廊下を歩きながら、エリザは自然と足を揃えていた。
足音が数回、静かな空間に吸い込まれる。少し進むと、視界の先に蝋燭の火が浮かぶ。
また歩いて、また次の灯り。その繰り返し
そうしていると目的の食糧庫の前まで来ていた
エリザは緊張で震える手をギュッと抑えて重いドアを開けた。
暗い廊下に灯りが溢れ出した。
部屋の中は、廊下とほとんど変わらない灯りで10人程度のメイドが忙しなく食材を仕分けをしている。
あちこちから声掛けが響き、明るさを放っていた
「ねぇ、貴方エリザさんだよね?」
食糧庫に入り、指導役の二人を探していたエリザに後ろから声がかかる。
振り返るとこの部屋の中で誰よりも背の小さそうなメイドがこちらをニコニコと見ていた
その少女は茶色がかった髪を胸まで伸ばしていた。背丈から年齢は15歳程度だと思われる。服は黒ワンピースに白短めエプロンをつけた簡易的なメイド服になっていた。
その雰囲気のせいか見た目より大分幼さを感じた。
キャラメルのように甘い色の瞳をキョロキョロさせながら口を開いた
「あたし、アメリア!えっと…なんだっけ、そう!“しどうやく”っていうのを任されたの!」
アメリアと名乗る少女は手をもじもじさせながらそう説明した。
「私はエリザっていうよ、今日からこの屋敷で働くことになったんだ。これからよろしくねアメリアちゃん」
アメリアの目線に合わせるように少しだけ背を屈めて自己紹介をした
「あっちでね、ジェイお姉ちゃんが待ってるから行こう!」
「うん、わかった案内よろしくね」
アメリアはエリザの手を引っ張りながら、その“ジェイお姉ちゃん”と いう人が待っているであろう場所へ案内を始めた。
「此処は食糧庫でね!お食事の時とか食材が運ばれて来た時に来る場所なの」
食糧庫は広く、待ち合わせ場所に向かうまで食材の説明を始めた。
「あっちの右側の一番奥の棚にはパンが入っててて、上の方にはご主人様たちが食べるふわふわで美味しいパンが入ってるの!そこのね棚にはクッキーが入ってて食後にたまに貰えるの!それとねーー」
アメリアはパンやクッキーなどの甘い食べ物ばかり説明していた。
その説明から普段アメリアは他のメイド達によく可愛がられているのが伝わる
周りのメイド達はアメリアの説明している姿を仕事片手で見ていた。
その視線は自分の妹に向けられるような温かく心配する視線だった。
食糧庫の奥に差し掛かる手間で、アメリアは足を止めた。
「ジェイお姉ちゃん!エリザさん連れて来たよ」
そういながらエリザの手をパッと離し、壁に寄りかかっている一人のメイドに駆け寄って行った。
薄暗いせいかそのメイドの髪は光さえも吸収してしまいそうな艶のない髪をしていた。
その髪は肩にかかるかかからないかくらいの長さは、エリザとは対象的にきっちりと整えられていた。
「初めましてエリザ、僕はジェイこの娘と一緒に君の指導係を任せられているよ」
そう言ってジェイはエリザに手を差し出した。
エリザは最初その差し出された手の意味がわ分からず戸惑っていたが、それが握手だと気づき慌てて手を握った。
「あはは…ごめんね、僕の母親この国以外の出身で向こうの挨拶が身に染みてて」
「いえいえ、握手は前の屋敷でもしている人がいたので…」
ジェイは少し考えて、「確かこっちの挨拶はハグだっけ?」そう言ってエリザにハグをした。
ジェイの身体は仕事の影響か筋肉がついており、少し硬かった。
数秒ほどそうしていると慌ててジェイはエリザを離した。
「ごめんごめん、本当に慣れてなくてどれくらいの時間してていいか分からなくてさ…いやだったよね?」
「本当に大丈夫ですよ!ジェイさんより長い人だっていますし、むしろ短く方だったと思います。きっと!」
申し訳なさそうなジェイを見たエリザは慌てながらも気にしていないことを伝えた。二人の間に少し気まずい時間が流れた
そんな時間を一刀両断するようにアメリアが声をあげた
「ねーえー、あたしもハグする!」
気遣いか、ただ羨ましかったか検討がつかないがアメリアのその発言に乗って二人でアメリアにハグをした。
「食糧庫はただの待ち合わせ場所、これから外の掃除の説明をするよ」
ジェイさんはそう言いアメリアの手を握りながらドアへと向かった。
「エリザの仕事は掃除や食事の準備、そして屋敷全体の雑務だっけ?僕の仕事とほぼ被っているから説明は僕の方がするよ」
「仕事内容の関係で覚えるのが多いから、今日と明日に分けて大まかに説明するよ、細かいことは順次説明していくから分からないことがあったのなら遠慮なく聞いて」
ジェイの説明に頷いた。今日は掃除、明日は食事について話すらしい
(あれ…?)
「ジェイさん、さっき説明はジェイさんだけって言ってましたけど、アメリアちゃんは何するんですか?」
ジェイはエリザの質問に頭をぽりぽりとかき、答えた。
「あー、アメリアは勉強っていう理由でいるだけだから、説明はあんまりしない。これでもエリザよりは先輩だからわからないことはアメリアに聞いても大丈夫だと思う」
「答えられる範囲で答えるね!」
ジェイの心配をよそにアメリアは元気良く答えた。
薄暗い廊下を抜けて、裏口のドアを開く。
これから向かう先は掃除用具がある場所らしい。
その場所は、古びた井戸の近く。初めてだと少し分かりにくいらしいそうだ。
外は夕方だからか何処か肌寒く感じる。
土の道を歩いている途中後ろから声が掛かる。
「ごめん、アメリアちょっとこっち来てくれない?」
アメリアはジェイを見つめた
「ジェイお姉ちゃんごめんね?呼ばれちゃった」
「いいよいいよ、エリザは僕が案内しておくから」
返事を聞くか聞かないかの速さでアメリアは屋敷に戻っていってしまった。
* * *
「この屋敷は歴史が古くてさ、古いものとかが結構残っているんだ」
屋敷の裏は表玄関とは異なり疎に木が植えられている程度だった
「向こうの方には墓場があるんだ、夜になったら幽霊が出る…なんてよくある噂が経ってるくらい」
「え?」
墓場がある屋敷なんてこれまで一度も聞いたことがない
色々な屋敷を転々として来たエリザさえも初めて耳にするような稀有な例だ
「珍しいだろうけど、歴史が古い屋敷にはよくある話らしい。働いていた人あと…あの戦争で亡くなった人とかが眠っているんだ」
お互い口を開くことができなかった。
“あの戦争”は紛れもなく10年前のことだろう。
(ジェイさんの年齢はきっと私よりも年上だから、あの戦争の被害はどんな形でも受けているはず…)
この国に生きている人の胸にはどんな大きさであれ傷がある
だから、10年経った今でさえ話題には出せないくらいには胸が締め付けられる
「気、重くさせちまったな。向こうにある井戸にはある噂があるんだ」
ジェイは口に人差し指を当てて、まるで内緒話をするかのような雰囲気を醸し出していた。
「その噂聞きたい?」




