封印された夜 ― 母の叫び ―
美香からの通知音が鳴った瞬間、
ざわめいていた昼は、一気に“音”を失った。
あの日から胸に残っていた違和感。
相馬武――妻殺害容疑で行方不明。
そして優に残された“七年の空白”。
須藤は気づかないふりをしてきた。
けれど、真実の方がそっと手を伸ばしてくる。
逃げられないなら――向き合うしかない。
その答えを求めるように、
須藤は夜のカフェへと向かった。
そこで待っていたのは、
優の“過去”を知る美香の言葉だった。
そしてついに、
封印されていたはずの夜が動き出す。
スマホの通知音が、ざわめく昼を引き裂いた。
食器の音、話し声、BGM。
そのすべてが、一瞬で消えた気がした。
世界が――音を失う。
須藤の耳には、
ただ自分の鼓動だけが響いていた。
ドクン……ドクン……。
画面に浮かぶ名前――“美香”。
その二文字が、昼の明るさを“夜”へと変えていく。
あの日から、ずっと頭を離れなかった。
相馬武。
妻殺害容疑。
行方不明。
そして――優。
すべてが一本の線で繋がりそうで、
須藤はその線を見るのが怖かった。
会社の書類に記された“性別”の欄――
そこには、はっきりと 『男』 の文字があった。
(……嘘だろ。なんで“男”なんだ?
優は……優は――)
頭の中で何かが弾ける音がした。
記憶と現実が噛み合わず、思考がぐしゃぐしゃに絡まり合う。
(誰が間違えた?
いや、間違いなんかじゃない……。
じゃあ――誰が本当の“優”を知ってる?
俺は……何を見てきた?)
呼吸の仕方すらわからなくなったそのとき、
スマホが震えた。
画面には、短い一文。
『もっと、知りたいでしょ?』
ぞくり。
背筋が冷たくなる。
誘われているのか、
それとも落とされようとしているのか。
何かが、静かに崩れ始めていた。
夜。
駅前のカフェの窓際。
ガラス越しに見える街の灯が、妙に滲んでいた。
「ねえ……あの記事、見たんでしょ?」
美香の声は、以前よりも低く、湿っていた。
薄く笑っているのに、
その笑みには“温度”がない。
須藤は唇を結んだまま、うなずく。
「……見たよ。けど、君には関係ないことだろ?」
美香の笑みが、すっと消えた。
「関係あるわよ」
その言葉に、
須藤の中で何かが小さく軋んだ。
(……どうして、そんなふうに言い切れる?)
美香は視線を落とし、
カップの縁をゆっくりなぞる。
「……あの人たちのせいで、
私の家も……壊れたのよ」
その一言が、空気を凍らせた。
須藤は眉を寄せた。
(“あの人たち”? 優の家族のことか?)
ざわめきが消え、
須藤の呼吸だけが左右の耳で鳴った。
やがて、美香が顔を上げる。
「相馬武――優の父親は、優を探している。」
須藤の手が止まる。
「……どういう意味だ。」
「事件の夜、優の母親は
“娘を守るために娘を連れて姿を消した”の。
私の父が言ってたわ。
優の母親とは幼馴染で、何かを知ってるって。」
“娘”――その一語が重く残る。
(娘?
じゃあ……優は――)
カップの中のコーヒーはすっかり冷えていた。
「まさか……それが、優が変わった理由なのか?」
美香は沈黙した。
その沈黙が、すべてを肯定していた。
――封印された夜。
それは、まだ終わっていなかった。
優を守りたい。
けれど――真実の在処すら見えない。
その瞬間だった。
カラン……ッ。
カフェの扉が、静寂を裂くように開く。
ゆっくりと。
けれど“確実に”こちらへ向かってくる足音。
コツ……
コツ……
コツ……。
須藤は振り返らないまま、背筋が氷のように冷えていった。
美香の顔色は、みるみる蒼白になる。
さっきまでの不気味な余裕など、跡形もない。
唇が震えた。
「……う、そ……でしょ……」
視線は須藤の背後に釘付け。
須藤にもわかった。
この気配は――ただの“誰か”じゃない。
足音が止まる。
「……ふふっ」
低く沈むような笑い声が、真後ろで落ちた。
美香が震える声でつぶやく。
「……お……お久しぶりです……」
須藤の心臓が、冷たくひきつった。
背後から覆いかぶさる、不穏な気配。
封印された夜は、終わっていなかった。
むしろ今――
ゆっくりと、確実に始まろうとしていた。
今回、須藤の前に姿を現した“影”。
優の過去に空いた七年の空白。
そして、妻殺害容疑で失踪した父・相馬武。
なぜ真実は隠されたのか。
誰が何を守ろうとしたのか。
そして――誰が何を壊そうとしているのか。
次回16話では、
“優の母が消えた夜に何があったのか”
封印された出来事の核心に迫ります。
真実はいつも、光の中ではなく――
闇の中に潜んでいる。
続きもぜひ、お楽しみに。




