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偽りの微笑みと、君を想う夜に  作者: Avelin


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震える手と、過去の扉

震える手と、過去の扉


前回、優の前に現れた“中年の男”。

その存在が、封じていた記憶を呼び覚ましていく。


そして今回は、

優の過去と向き合おうとする葵の“静かな決意”の物語。


――誰かを守ることは、

その人の“痛み”に触れること。


二人の間に流れる、言葉にならない想いを

静かに見守ってください。



「あのー……ちょっといいですか?」


水族館の出口。

「……優ちゃん?」


その声に、優は凍りついた。

振り向くと、そこに立っていたのは幼馴染の美香。


「久しぶり。“あの日”以来だよね?」


意味深なその言葉に、優の手がわずかに震える。

葵が心配そうに覗き込む。


「友達?」


「……ちょっと急いでるんで。ごめんね。」


優は葵の手をぎゅっと握り、そのまま足早に立ち去った。

葵は何も言わず、ただその手を包み込みながら並んで歩く。


二人の間に、言葉よりも確かなぬくもりが流れていた。


だが、タクシー乗り場に向かう途中——

優がふと立ち止まり、背後を振り返る。


その表情は一瞬にして青ざめた。


「蒼くん……ごめん。つけられてる気がする。」


「えっ……!?」


葵は即座に優の肩を抱き、声を潜めた。

「……タクシー乗り場まで急ごう。」


人混みをすり抜け、足早に進む二人。

ようやく目にしたタクシーは、一台きりだった。


タクシーのドアが開くと、優を先に乗せた。

自分もすぐに乗り込み、振り返ったその瞬間——


中年の男が、冷たい視線でこちらを睨んでいた。


「運転手さん……できるだけ急いでください。」


タクシーのドアが閉まり、

エンジンの音が夜の静寂を切り裂いた。


車内には、緊張と安堵が入り混じる沈黙。


優は窓の外を見つめたまま、何も話さなかった。

葵は小さく息を吐き、優の顔を見てそっと言葉を落とす。


「……家でゆっくりしよう。」


「……うん。」


その短い返事に、優の瞳がわずかに揺れ、

ほんの一瞬だけ、微笑みの影が差した。



自宅に戻り、鍵をかける音が妙に重く響く。

優はリビングに座り、肩を震わせながら呟く。


「……ごめんね。せっかく楽しかったのに。」


葵は無言でコーヒーをいれ、静かにBGMを流した。

やわらかなピアノの音が、沈黙を包む。


やがて、優が口を開く。


「……あの水族館、ママとよく行った場所なんだ。

キラキラしてて……夢の中にいるみたいで……」


その声は、どこか遠くを見ているようだった。


沈黙のあと、

優の目が静かに伏せられる。


さっきまで語っていた“楽しい思い出”が、

今は胸の奥を締めつけるように痛んでいた。


――過去を語るたびに、何かを失っていくような顔。

葵は、その表情を見つめながら息をのんだ。


少しの間、迷いがあった。

けれど、確かめなければならないことがあった。


葵は小さく声を落とす。

「……優。タクシー乗り場にいた、あの人——」


言葉を選びながら、そっと続けた。

「……誰なの?」


優の肩がわずかに震える。


短い沈黙のあと、かすれた声が返ってきた。



「……父親、だと思う。」



その瞬間、

部屋の空気がわずかに揺れた。


カップの中のコーヒーが、

深い闇のように静かに揺れている。


その色が、優の心の奥に沈む“痛み”と重なって見えた。



優の言葉が途切れ、

部屋の中に、時計の針の音だけが響く。


葵はカップをそっと置き、

優の左隣に座った。


ふと、コーヒーを持つ優の手がわずかに震えているのが見えた。


その白い肌の手首に、

細く、浅い線のような痕がいくつも刻まれている。


――それは、時間がどれだけ経っても消えない“痛み”の跡。


葵は何も言わなかった。

ただ、そっとその手を包み込み、指先で温もりを伝える。


優は驚いたように目を見開いたが、

次の瞬間、小さく息を吐き、

そのまま葵の肩にもたれかかった。


「……ママも、同じところに……傷があったの」


かすれるような声が、

夜の静けさに溶けていった。


葵の胸の奥に、何かがゆっくりと崩れ落ちる。

――この傷は、恐怖だけでなく“喪失”の証でもある。


コーヒーの黒が、

まるで心の闇を映すように静かに揺れた。


(優……これからは、俺が守る)



葵の視線の先で、

優の左手がわずかに光を反射する。



その痕が、過去の痛みと現在の希望の境界線のように――



儚く、けれど確かに存在していた。




最後までお読みいただき、ありがとうございます。


優の左手に刻まれた“傷跡”。

それは、ただの過去の痕ではなく――

母親と繋がる“痛みの記憶”でもありました。


何も聞かず、ただそばにいる葵。

その優しさが、

優の閉ざされた心に少しずつ光を落としていきます。


けれど、過去はまだ終わっていません。

傷跡が語るのは、

“恐怖の始まり”と“母の最期”――。



次回、封じられた記憶が静かに解き放たれます。


「続きが気になる」と思っていただけたら、

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