表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

選ばれなかった者たちの夜

市場のざわめきが、午後の陽射しににじんでいた。

行商人たちが声を張り上げ、干し肉や果物、見慣れない香辛料を売りさばいている。小さな冒険者ギルドの掲示板には、虫に食われかけたクエストの張り紙が風に揺れていた。


「んー、いい匂い。これ、買ってっていい?」

魔術師の少女が指差したのは、炭火であぶられた串焼き。仲間たちは疲れた表情をほぐしながら、思い思いに市場を散策していた。


けれど、俺だけは妙な既視感に囚われていた。


──この街には、以前にも来たことがある。

けれど、それは“今の記録”には存在しない。

誰もそのことに気づいていないように見えるのが、なおさら俺を孤独にした。


「なあ、お前ら。ギルドで情報集めてきてくれ。ちょっと、行きたいとこがある」

「ん? 一人で?」「迷子んなよー?」


軽口を背に、俺は市場を抜け、石畳の坂道を上っていく。


街の北、古びた教会跡地。

その裏手に、ぽつんと石碑が立っていた。風化した文字。冒険者たちの名を刻んだ供養碑。


前のルートで……ここに、誰かを葬った。

覚えているのに、名前が出てこない。何を話したのか、どんな顔をしていたのかさえも──記憶の“縁”がごっそりと消えている。


けれど、胸の奥がきしむように痛むのは、確かだ。


「……すまない」


俺はそう呟いた。誰に向けたものかもわからぬまま、ただ。


雨が降り始めた。ぽつ、ぽつと。


「忘れたままで、悲しめるんだね。君って」

静かな声。振り向くと、そこにいたのはリセだった。

白い傘をさし、雨粒の音を遮るように、ただ俺を見つめていた。


「なんで、ここに……」

「情報収集の途中で、あなたがこっちに向かってるのが見えたの。気になって、ね」


リセは俺の隣に立つ。傘を少し傾けて、俺の肩に雨がかからないようにしてくれた。


「ここに誰かを葬った。でも、名前が思い出せない。顔も、声も……」

「それでも来たのは、“あなた”だからだよ」

リセは目を伏せた。「物語の駒だったら、ここには来ない。筋書きにないことをするのは、いつも……心が揺れた人間」


「揺れて……る、のか」

「うん。たぶん、あなたは揺らぎの中にいる。私の仕事は、それを壊さないようにすること」


しばらくの沈黙。

ただ、雨の音と、遠くで鳴く渡り鳥の声だけが響いていた。


「……リセ」

「なに?」


「前のルートで、俺は……この街で、誰かを見捨てたのかもしれない。

それでも今、俺は泣ける。たぶん、もう遅いのに」


「遅いなんてこと、ないよ」

リセは優しく笑った。「物語は繰り返される。でも、その中で少しずつ“歪む”の。君が誰かを助けたら、次の誰かが救われる。たとえ、それが前の誰かじゃなくても──意味はある」


彼女の言葉に、俺は答えを見つけられないまま、ただ雨に濡れた碑を見つめていた。


やがて、遠くから仲間たちの呼ぶ声が聞こえてきた。

「おーい! 晩飯どうするんだよー!」


「……行こう」

「うん」


俺とリセは、供養碑に小さな花を置いて、振り返った。

雨はすでに止みかけていた。


そしてそのとき、俺の胸の奥に、ふっと何かがよぎった。


──今度の旅では、彼らと出会わないまま進むことになるのか?

それとも、どこかで「別の形」で交わるのか。


その答えはまだわからない。

けれど、確かに、俺は少しずつ“自分の意志”で歩き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ