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最初の選択、その小さな代償

森を進む。まるで前にも通ったような、整然とした道を。

勇者は前を歩き、魔法使いが後ろから冗談を飛ばす。

僧侶が笑い、弓使いが木の枝をいじっている。


風が吹く。日差しが揺れる。

――何もかもが、なめらかすぎる。


「このままじゃ、また同じ道をなぞるだけだ」

俺は心の奥でそう呟いた。


そして、選んだ。


一本道から、右に伸びる脇道。

地図には描かれていない。前回の旅でも通らなかった“空白”。


「おい、ちょっとこっちに寄り道しないか?」

俺がそう言うと、勇者は眉をひそめたが、特に反論しなかった。


「お前がそう言うなら、信じるよ」


僧侶と弓使いも軽くうなずく。

だが、魔法使いだけが、ほんの一瞬、目を細めた。


――そこに、わずかな“ずれ”を感じた。


脇道は細く、雑草に覆われていた。

道というより、誰かが通った“痕跡”のようなものだ。


しばらく歩くと、空気が変わった。

風が止まり、鳥の声が聞こえなくなった。


「……あれは?」

勇者が指さした先に、それはあった。


崩れかけた石の建物。古びた祠のような遺構。

苔むした石段が、森の奥にぽっかりと口を開けている。


「こんな場所、地図に載ってたか?」

「いや……載ってない。俺も知らない」


……だが、知っている気がした。

それが“異物”であり、“物語の外”にあるものだと。


勇者が石段を登ろうとする。


だが――


「……なにこれ……足が、動かない……?」


彼の足が、段差の手前で止まった。

無理に進もうとすると、足がズレた座標に跳ね返される。


弓使いも、僧侶も同じだった。

だが、俺だけは、登れる。


「……俺だけが、ここに入れる……?」


視線を感じた。振り返ると、仲間たちは笑顔のまま立ち尽くしていた。


まるで、“その祠を認識していない”かのように。


俺は足を踏み出した。


祠の中は、音がなかった。

木の根が石を割り、内部は朽ちていた。


だが、不自然に新しい“扉”が一枚、奥に存在した。


近づくと、それは――鏡だった。


歪んだ映り込み。

そこには“今の俺”が映っている……はずなのに、顔がにじんで見えない。


『忘れないで』

誰かの声が、鏡の奥から響いた。

リセではない。もっと冷たい、誰かの声。


『今の君の選択が、物語にノイズを生む。君の正体すら、揺らぎはじめる』

『それでも進む?』


俺は、鏡に手を伸ばした。

触れた瞬間、光が弾けた。


気づくと、俺は森の中に戻っていた。

仲間たちが立っている。何事もなかったように。


「おい、どこ行ってたんだ?」

勇者が笑顔で問いかける。


「少し、迷ってただけ」

俺はそう答えた。


そして――違和感に気づいた。


魔法使いが、俺に話しかける。

普段と変わらぬ調子で、いつものように。


だが――名前が、出てこない。


「……お前、名前……なんだっけ?」


そう口に出すと、魔法使いは少しだけ笑った。


「何言ってるんだよ、案内人。俺の名前は……」


――音が消えた。


言葉は確かにあったはずなのに、耳が受け取れない。

意識が、その情報を“保持できない”。


「……忘れた、か?」


魔法使いが呟いた。それは俺に向けてではなく、自分自身への言葉のようだった。


その夜。


夢の中に、リセが現れた。


月明かりの中、彼女は木の上に座っている。

だが、顔がぼやけている。


「……名前を一つ、なくしたんだね」


「……ああ」

俺は頷いた。


「最初の逸脱。その代償として、小さな“空白”ができた」

「でもそれは、確かに君の意志だよ。君の選択」


「代償があっても、俺は……この旅路をやり直したい」

「演じるだけの存在ではなく、“選ぶ”側に立ちたい」


「ふふ、それなら――歓迎するよ。君が“違う物語”を始めるのを」


リセの声が遠のいていく。

目覚める直前、彼女が最後に言った。


「次の選択には、もっと“大きな喪失”があるから。心してね」


朝。

仲間たちは変わらず明るく振る舞っている。


ただ、魔法使いの名前だけが、どうしても思い出せない。

それでも会話はできる。不自然ではない。


記憶が、欠けている。

それが代償。

だが、それでもいいと、俺は思った。


物語に抗うには、何かを失う覚悟が要るのだから。

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