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古城で暮らす私たち ~魔女と学者と少年の一見穏やかな日々~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
第二部 前進編

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98 魔法界の新世代

 ベンジャミン君にアルフィーさんのことを少しだけ教えることにした。


「その人なら、魔法使いとしては働いていなかったわ」

「そうなの? あんなに魔力が多いのに、もったいないなあ」

「何か理由があるのかもね」


 店を閉めて帰る時間になった。


「そのうちフレッド君をつれてその人が働いているお店にまた行くの。連絡先を教えてもらえるかどうか聞いてみる」

「僕も一緒に連れていってよ。お店で働いているなら、客として行けばいいでしょう? あの人がどんな魔法を使うのか、知りたいし見たい」

「勝手にその人のことを教えられないわ。相手の了解を得てからね。ベンジャミン君に連絡するには、宝飾店に電話をすればいい?」

「いや、僕宛てに電報を送ってください」

「わかった」


 このやり取りをアシャール城に帰ってレクスさんに話したら、なぜかレクスさんのお顔が険しい。


「『紅孔雀』に学生のベンジャミン君を連れて行くの? 親御さんの了承を得てからじゃないと、ニナに苦情が来るかも」

「あ。そう言われたら確かに」

「親が許可しなかったら連れて行かなければいいと思うけどね」


 それならなぜ心配そうなのか。私たちのやり取りを横目で見ていたフレッド君が……。


「レクス、おとこのやきもちはかっこわりぃぞ」

「なっ。別にやきもちで言っているんじゃないよ」

「やきもちだね」

「ぷっ。フレッド君、レクスさんは私にやきもちなんて妬かないわよ」


 レクスさんとフレッド君が同時に私を見た。レクスさんのお顔が赤い。


「え? 本当に妬いてたんですか?」

「妬いてなんて……いたかな。ベンジャミン君は普段からニナとの距離が近いから気にはなっていた」

「やれやれだぜ。ニナはくろうするなあ」

 

 肩をすくめて呆れた顔をしているフレッド君が面白すぎて、思わず「あはは」と笑ってしまった。

 

「笑い事じゃないから。アルフィーという男の件もそうだけど、ニナは隙だらけだよ」

「ベンジャミン君にも警戒が必要でした? ベンジャミン君は五歳も年下で学生さんですよ?」


 警戒したら私が滑稽に見えるわよ……という気持ちが顔に出ていたのだろう。レクスさんが視線を逸らした。


「心の距離って、ある時突然縮まるものだからね。気づいたら手遅れだったなんて事態は嫌だ」

「レクスはぶきようでしんぱいしょうだ」


 フレッド君のしたり顔が可愛い。


「レクスさんは何も心配しなくて大丈夫ですよ」

「人の心は移り変わるものだ」

「確かそれ、この前話してくれた今度の小説のテーマでしたよね? 影響されていますね」

「あれ? そうかな?」

「そうですよ」


 そんな話をした翌日、私はピンチだ。

 フレッド君に水魔法を教えているのだけど、魔力のコントロール方法を上手く教えられない。フレッド君は年齢の割に魔力が多いせいか、水魔法の初歩なのにザバッ! と音が聞こえるほどの量の水を出し、数回で魔力が尽きてしまう。

 困った私はペンペンを経由して師匠に教えを乞うた。


「それならクローディアに会って直接教わりな。そのほうが早い」


 すぐにクローディアさんへとペンペンを送ってもらった。フレッド君が「まかせろ」と張り切っている。クローディアさんは「ああ、フレッドは年齢の割に魔力が多いものね」と言う。


「水魔法の操作は感覚が全てだし、五歳の子に言葉で教えるのは難しいわ。フレッドをうちに連れてこられる?」

「はい。私とレクスさんも見学していいですか?」

「もちろんいいわよ、いらっしゃい」


 教えてもらった住所はパロムシティに隣接している郊外の町で、到着した場所には豪邸が建っていた。


「でっけえいえだな」

「大きいわねえ」

「やり手なんだな。そんな気はしていたが、これはすごい」


 私たちと入れ違いに敷地から車が出ていく。車体には『オルランド化粧品』と描かれている。聞いたことがない名前だ。その車を見送っていたクローディアさんが私たちに手を振って、こっちに車を置けと指さしている。


「ちょうどよかったわ。入って」

「お邪魔します。すごい豪邸ですね」

「ふふ。私はずいぶん前から化粧品会社と提携しているの。口コミだけで売られる超高級美肌化粧水には私の魔法が使われていてね。宣伝していないのが逆に『知る人ぞ知る』って印象を与えて購買欲を煽ってるみたい」


 案内されたお部屋は広くて上品。木目の床、白い壁、白いソファー。白いカーテンには淡い色の刺繍の葉っぱが散っている。大人の女性のお部屋って感じ。

 ティーポットとカップも高級品なのだと私でもわかる。


「おそらくフレッドは全魔力を使って水を出してるんだと思う。細く長く途切れないように魔力を放出するのはコツがいるからね。失敗してもいいように、中庭で練習しましょうか」

「うん!」


 中庭には白い円形の池があった。スイレンの丸い葉が浮かんでいて小さな赤い魚も泳いでいる。クローディアさんは「見ていてごらん」とフレッド君に言って、手のひらを上に向けて細い水の流れを出した。水の太さが見事に一定している。かなり長い時間水を出してからフレッド君を見た。


「同じようにやってごらん。体の中の魔力の流れを意識しながら、細く長く放出するの。おなかのここで魔力の蛇口を締めるような感じかな」


 説明しながらクローディアさんがフレッド君のみぞおちあたりを指で触れた。

 フレッド君が左手でみぞおちを触りながら手のひらを上に向けた。ダパッ! と一気に水が出て終わった。


「誰でも最初はそんなもんよ。気分が悪くならない程度に繰り返し練習するしかないの。十歳までにできれば上等よ」

「じゅっさいか。わかった」


 私とレクスさんが授業参観の日の両親みたいに眺めていたら、「クローディア、お客さんだったのか」と眠そうな声がした。振り返ると、そこにいたのはアルフィーさんだ。


「あっ」

「あれ? あのときのお嬢さん。クローディアの知り合いだったのか」

「ん? ニナとアルフィーは知り合いなの? 一応紹介しておくわね。この人は私の恋人のアルフィー」

「一応ってなんだよ。永遠の恋人だよ」

「あははっ。それはどうかわからないじゃない?」


 二人は恋人なのか。クローディアさんがだいぶ年上だし、有能な魔女と酒場の用心棒という組み合わせが意外過ぎる。クローディアさんが「お茶の続きをしましょう」と言って、フレッド君が見える居間に入った。


「アルフィーは魔法協会には所属していないけど、特殊な魔法を使える魔法使いなの」

「俺は自由に生きる主義なんでね」

「ニナ・エンドです。先日はお金を回収してくださり、ありがとうございました」

「なになに。なんの話なの?」


 お客さんの名前を伏せて、正直にブローチの一件を説明した。


「思わぬところで縁がつながっているわねえ。アルフィーは人助けにあの魔法を使ったのかしら?」

「使ったよ。世間知らずのお嬢さんから金を騙し取るなんて、最低のやり口だからな。ふふっ。あの親子、当分悪夢に怯えるだろうぜ。いい気味だ」

「アルフィーは幻影を操る魔法使いなの。普通の魔法はほんの少ししか使えないけど、いわゆる『魔法界の新世代』の一人よ。ニナ、あなたもそう。魔法協会は公にしていないけれど、間違いなく魔法界には新しい世代が生まれ続けているわ」


 レクスさんが身を乗り出して「魔法界の新世代について教えていただけませんか」と食いついた。

 クローディアさんが「いいわよ」と答えて話してくれた。

 最初に魔法協会の偉い人たちが意識したのは、スパイクさんが登場した時だそうだ。スパイクさんは普通の魔法を使えるが、「時をさかのぼる」という特殊能力を持っていた。当時の魔法協会の理事たちは、スパイクさんの特殊能力をあまり評価していなかったらしい。

 しかしスパイクさんは普通の魔法にも秀でていたために、協会に登録された。


 その次が私らしい。時系列で言うとマイヨールは何十年も前に協会から門前払いされて、次がスパイクさん。その次が私だったそうだ。

 基本の魔法はいっさい使えず人の記憶を見るという特殊能力だけの私に関して、理事会はもめたそうだ。私が門前払いされなかったのは魔法使いがどんどん減っていたからだろうとクローディアさんは言う。

 

 何度も会議が開かれ、そのたびに協会長が「基本の魔法を使えないなら魔法使いではない」と言って登録を却下していたと。

 しかし会長と側近の全員が協会を辞する際に「魔法使いの定義を変えるべき時かもしれない」と言って私を認定した。

 スパイクさんは会長に就任した直後、魔法使いの定義を広く変えたそうだ。そのスパイクさんはベンジャミン君も魔法協会に受け入れる方向だという。


「アルフィーは協会に仕事を紹介してもらうつもりがないし、認定されることにも興味がないの」

「面倒な事は全てお断りだ。協会に入ってやりたくない仕事を割り振られたくない。そうだ、俺がどうやって金を取り戻したか。見るかい?」

「ぜひ!」


 私より早くレクスさんが返事をした。するとアルフィーさんが唇の前に人差し指を立て、なにごとかをつぶやいた。次の瞬間、部屋中に白いモンシロチョウが何百匹と現れた。渦を巻くようにして飛び回る蝶々の数が多すぎて怖い。

 私が固まっているのを見て、「数が多すぎたか」とアルフィーさんがシャッと右手を振ると、蝶々は一瞬で消えた。

 次は無数の花びらがヒラヒラと舞い降りてきた。花びらに触ろうとしたけれど触れない。


「『紅孔雀』ではこれを見せている。暗い中で見せるから、客たちは魔法とは思わずライトに何か工夫していると思っているけどな」

「きれい……」

「あの親子には何を見せたんですか?」


 レクスさんの問いに、アルフィーさんがもう一度右手を振って花びらを消した。


「もちろんあの親子に蝶々なんて可愛いものは出さなかった。スズメバチの大群を見せた。ブーンという音もつけて顔の周りを飛ばせた。『お嬢さんから受け取った金を返せ』と言ったら、すぐに返してくれたよ」

「そ、それは誰でも言いなりになりそう」


 感心している私に、クローディアさんが凝った造りの瓶を渡してくれた。蓋に金色の小さな天使がついている。

 

「ニナ、私が魔力を込めた美肌化粧水をあげる。半年分持っていきなさい」

「ありがとうございます! 大切に使います。すごい豪華な容器ですね」

「まあね。そういうお客を相手にしているから。ちなみに、それ一本で……」


 教えてもらった美肌化粧水の金額は、私のひと部屋しかない仕事場の家賃より高かった。


「化粧水にそんな大金を払う人がいるんですね」

「たくさんいるわよ。ニューマネーの奥様方は、お金の使い道を探しているの。しかも私の美肌化粧水は効果抜群だけど、肌へ塗ってから効き続けるのは一ヶ月間くらいかな。魔力はいずれ消えるから、使い続けないと肌がゆっくりと元に戻るの。だからみんなせっせと買い続けるわね。ふふ」

 

 レクスさんがとても小さな声で「思っていたよりはるかにやり手だ」とつぶやいた。


「ニーナァ! みてみて! すこしうまくなったぜ!」


 フレッド君が鼻の穴を膨らませながら庭から部屋に入ってきた。

 

 

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