97 どんな方法で取り返したんだろう
アルフィーさんがテッドの家に入り、出てくるまで二十分もしなかったと思う。
飄々とした様子で戻ってきたアルフィーさんが「ほい」と言って私の手にかさばる大判の封筒を渡してくれた。中には紙幣がたくさん入っている。
「あのクソ野郎の母親は元気で家にいたよ。取り戻した金額が合ってるかどうか、騙された人に聞いてみてよ。ごまかしていたらまた取り返しに来るからさ」
「う、うん。ありがとうございます。助かりました。暴力は振るっていないわよね?」
「大丈夫だよ。俺だって警察に捕まるのはごめんだ。お嬢さんは、ええと、ニナだっけ? 働いてるのかい?」
「はい」
「どこで? 俺が行ってもいいとこ?」
「ニナはうらないのみせをやってるんだ。すげえにんきだ。きなよ」
「へえ。今度お邪魔しようかな」
なんとなく関わるのは怖い気がするけど、お金を取り戻してくれたものね。「よかったらどうぞ」と言ったついでに店の場所と料金を告げたら「そのうち行くわ」と言われた。
アルフィーさんと別れ、夕方まで仕事をしてからアシャール城に帰った。
(あ、フレッド君に口止めしていなかったな)と思ったけど、後ろめたいことは何もないからそのままにしておいた。
今日はレクスさんがフレッド君を週に二回、徹底的に洗う日だった。「フレッド一人だと洗い残しがある」と気づいたレクスさんが決めたルールだ。
レクスさんとフレッド君がシャワーを浴びている間に、私はローガンさんに電話をした。成り行きでお金を回収したことを告げて、金額をローラさんに確認してもらった。受話器から告げられた金額は、アルフィーさんが回収してきたのとピッタリ同じ額だった。
ローガンさんに「明日、私のお店までお金を取りに来てください」と言って電話を切った。
レクスさんたちがずいぶん長くシャワーを浴びていると思ったら、ホカホカになったフレッド君が先に出てきた。続いてパジャマを着ているレクスさんが出てきた。「ニナ、ちょっといい?」と言う。
(お金を取り戻しに行った話かな。やっぱりまずかったかな)
そう思ったけれど後の祭りだ。注意されるのは覚悟した。
「フレッドが育ったっていう店に行ったんだって? なんていう店だった?」
「紅孔雀っていう大きなお店でした。支配人さんに会って感謝されました。フレッド君のことを心配していたみたい。今日何があったか、詳しく説明しますね」
まずはアメジストのブローチの失せ物のこと。支配人ルースさんにフレッド君が会いたがったこと、給仕係兼用心棒のアルフィーさんのこと。テッドという男の家にお金を取り返しに行ったこと。
レクスさんは話を聞き終わると「んんん」と唸って頭を抱えた。
「明日、そのテッドの家に僕が行ってみる。念のためにテッドが生きているかどうか確かめたい」
「いえ、まさかそんな、生きているでしょう?」
「ニナ、アルフィーって人とは初対面だよね? ここはパロムシティだ。モーダル村とは違う。アルフィーは君たちに害を為さなかったけれど、そんなに簡単に初対面の人を信じてはいけない。知らない人について行ってはいけないと師匠に教わっているでしょ?」
「確かに不用心でした。すみません」
その夜はなかなか眠れなかった。アルフィーさんが暴力を振るわなかったと言った時の表情に嘘はない……と思いたいけれど、女性を騙すようなテッドが「はいそうですか」とお金を返すだろうか。そう思ったら、どうやって返金させたのか心配になってきた。
翌朝「私も同行してテッドが無事かどうか確認したい」とレクスさんに申し出た。
「フレッドは置いていくよ?」
「はい」
そして今、私とレクスさんでテッドの家の玄関前にいる。開けられたドアから見える家の中は物があふれていた。いつ掃除をしたんだと思うような荒れ方だ。食べ物が腐ったような悪臭とカビ臭さが漂ってくる。
テッドはずいぶんオドオドしていた。「金は返しただろ」と気弱な感じで言い、あとから現れた母親は乱れた髪でヒステリックに怒鳴った。
「もう金は返したんだ! これ以上まだむしり取るつもり⁉」
「いえ、僕たちはあなた方が大人しくお金を返したのが不思議だったので様子を見に来ただけです」
「あんな脅され方をしたら、そりゃ払うわよ! あんたもあの男の仲間なんだろう? 用がないならさっさと帰ってよ!」
私とレクスさんは黙って引き返した。テッドと母親は生きていたし怪我もしていなかった。
「どうやったんでしょうね」
「力に訴えず、心底怖がらせて返金させたみたいだね」
「魔法を使ったみたいな話ですけど、そんなに魔法使いはいませんよね。何しろ絶滅寸前ですから」
「うーん」
レクスさんは考え込んでいる。
「ついでに私のお店を見ていきませんか? お茶くらいなら出せますよ」
「行きたい」
そのまま車に乗って駅の近くの集合住宅を目指した。来客用駐車場に車を停めて、レクスさんとお店へ入った。
「お。キッドマン子爵家推薦。グランデル伯爵家推薦。すごいな。貴族の推薦状が二枚もある」
「最初はキッドマン子爵家だけだったんですけど、伯爵様がそれを子爵夫人から聞いたらしくて。『うちの名前も出しなさい』と」
「ニナの人柄だね。貴族は滅多なことでこの手の推薦はしないんだよ。自分に得がないだけじゃなくて、何かあればケチがつくから」
「そうなんですか。知らなかった。もっと感謝しなきゃ」
レクスさんが「開店、おめでとうございます」と言ってくれた。
「ありがとうございます」
「僕がもっと有名になったら『ローズ・モンゴメリー推薦』と書いた紙も貼ってほしい」
「楽しみにお待ちしています」
レクスさんはお茶を一杯飲んで帰り、私は仕事に入った。
最後のお客が帰ったところでベンジャミン君が花束を持って登場した。ベンジャミン君は「スパイクさんからここを聞いたんだ。僕は今日、お客さんだよ。これは開店祝い」と言って花束をくれた。
「ありがとう。何を占えばいい? 恋占い? 失せ物探し?」
「どっちでもない。人探し。僕最近、すごい魔法使いを見たんだ。その人の全身をギラギラした陽炎みたいのが取り巻いていてさ。そんなの今まで見たことがなかったから、もしかしたらスパイクさんやクローディアさんよりすごい魔法使いかも。でも、時間と共にだんだん記憶が薄れてきちゃって」
「記憶でその人の顔を見ても、私は似顔絵なんて描けないけど」
ベンジャミン君がニコッと笑った。
「似顔絵は描かなくてもいいからさ、その人の顔をニナさんが覚えておいてよ。ニナさんは魔法協会の会員だから、いつかその人に出会うかもしれないでしょ? その時、連絡先を聞いてほしい。僕、『強い魔法使いの知り合いを増やそうキャンペーン』中なんだ」
「わかったわ。当てにしないで待っていてね。だいたいの外見を教えてくれる?」
「身長は百八十を超えてて、がっしりしていて、茶色の髪と青色の瞳。顔は整っていたけど、身なりはちょっとだらしない感じ」
あれ? そんな人を最近見たね。でも茶色の髪に青い瞳のがっしりした男性なんて、大勢いるか。
私はベンジャミン君の手を私の手で挟んだ。
今ベンジャミン君が思い出したばかりだからだろう。初っ端にアルフィーさんが見えた。私が見るのと違って、ベンジャミン君が見るアルフィーさんの周囲には、全身を包むユラユラした空気の歪みのような膜が見える。へええ、ベンジャミン君にはこう見えるのか。
「私、その人を知っているわ。どこで働いているかも知っています」
「すごい……。ニナさんの能力はすごいな」
「残念ながら能力で知ったわけじゃないの。偶然、その人に会ったのよ」





