96 ルース支配人とアルフィーさん
「ルースさんがどこにいるかわかる? あなたが育ったお店の場所」
「わかんねえ。ちかくにソーセージのみせがあった。ソーセージをくわえてるネコのえがかいてある」
「よし、わかった。探そう」
パロムシティに来てから、この地区に足を踏み入れるのは初めてだ。ここは夜の歓楽街。夜はさぞかし賑やかなんだろうけど、午後二時過ぎの今はあまり人がいない。
道端に座り込んでいる若い男性がいて、フレッド君がその人に駆け寄ったから、慌てて追いかけた。
「おじさん! ソーセージのみせ、しってる?」
「ああ? 誰がおじさんだコラ。お兄さんだろ」
「おじさんじゃん」
「お休みのところ申し訳ありません。この辺でソーセージのお店をご存じですか?」
店の壁にもたれかかって煙草をくゆらせていた男性が私を見た。三十歳くらいで、茶色の髪と暗い青色の瞳。整った顔だけど無精ひげを生やしているし服もヨレヨレ。でも精悍な顔立ちが悪い印象になるのを防いでいる。
「サラミとソーセージの店なら、案内料をくれたら連れていく」
「カネとるのかよ。セコいなあ」
「タバコが吸いたいんだけど、金がねえんだよ」
「しょうがねえおとなだなあ」
フレッド君が私を見上げる。ええ? 道案内でお金を取る人なんて信用できる?
そう思った私は顔に出ていたらしい。
「あんたらを変な場所に連れていくほどの悪人じゃねえわ。ついてきな」
そう言ってフラフラと歩いていく。フレッド君がついて行こうとするから急いで手を握って、私も一緒に歩いた。やがていい匂いがしてきた。ソーセージを鉄板で焼いている匂いだ。
「思い出した! ニナ! こっちだ!」
途中でフレッド君が私の手を放して駆け出し、男性を追い抜いていく。私も走る。前方の右手に黒猫とソーセージが描かれたショーウインドー。その向かい側に大きな酒場があった。店の看板は『紅孔雀』。名前が豪華だ。店内も華やかそう。
フレッド君は「ニナ! いりぐちはこっちだぜ!」と嬉しそう。あんなに嬉しそうな顔をしてもらえるなら、来た甲斐がある。
そうだ、フレッド君の後ろをついて行く前に、男性にお駄賃を払わなきゃ。
「道案内をありがとうございました。これ」
「おっ、本当にくれるんだ? ありがとうな」
男性は立ち去るのかと思ったら、紅孔雀の裏口からフレッド君に続いて入っていく。あの人、この店の従業員だったのか。フレッド君はドアを開けて大きな声を出した。
「ルース! ルース! いるか?」
少し間があってから大きな男性の声。
「おおお! フレッド! お前今までどこにいたんだよ!」
店の中から縦にも横にも体格のいい男性が走ってきて、フレッド君を抱き上げた。年齢は四十代後半くらいか。ウエーブのある銀色の髪を後ろになでつけ、黒いシャツに灰色の吊りズボンの服装だ。
「元気そうじゃないか! よかった。心配していたんだぞ!」
「ルース、オレはニナといっしょにくらしてる。レクスもいる。だいじにされてるぞ」
フレッド君はルースさんに抱っこされたまま、ルースさんの頬を撫でた。ルースさんがフレッド君に頬ずりしながら目を潤ませている。
「なくなよルース。オレならげんきだぜ?」
「これは嬉し涙だ。クララは?」
「かあちゃんはいなくなった。いまはニナがかあちゃんだ」
ルースさんがフレッド君を下ろして、私に握手を求めた。
「あんたがフレッドの世話をしてくれているのか。礼を言うよ。中に入ってくれ。そんでアルフィー。お前はなにやってんだ?」
アルフィーと呼ばれたお兄さんは「俺はちょっとした親切をしたところ」と言って奥へといなくなった。私は(ちょっとした小遣い稼ぎでしょうに)と苦笑して見送った。
私とフレッド君は「支配人室」と書かれた部屋に案内された。ルースさんが氷を浮かべたレモネードを出してくれた。フレッド君が「オレのすきなやつ! こおりいりだ!」と言ってゴクゴク飲んでいる。フレッド君がアルフィーさんにお代わりを貰いに行ってから、フレッド君の母親の話をした。
母親はフレッド君をとある人に預けて男性と他国に渡ったと伝えると、ルースさんは頭を抱えた。
「うちの従業員がご迷惑をおかけしました。他の店に移ったのだとばかり思っていたんです。ですがその割に移転先の噂を聞かないので、心配していました。フレッドのこと、本当にありがとうございます」
「それはいいんです。もう正式にフレッド君の保護者として手続きを済ませましたし、あの子は私が大切に育てますので。今日はそのことではなく、ちょっとお尋ねしたいことがありまして。もしご存じならば、という話なのですが」
そこから母親の治療費だと言ってブローチの代金を受け取ったテッドという若者の話をした。
「ふうむ。テッドという名前で巻き毛の茶髪ですか。オリオン通りの集合住宅に住んでいて身長は百七十五センチくらいと。調べさせましょう。フレッドがこんなに健やかに育っているんです。私からのお礼ということで。おおい! アルフィー! ちょっと来い!」
「そんな大声出さなくても聞こえてますよ。なんすか」
「お前、テッドという男を探し出せ」
ルースさんがテッドの特徴を告げるとアルフィーさんは「了解。金を取り返せばいいんですね?」と言って私を見た。
「え、いや、お金を取り返しに来たんじゃなくて、テッドがどういう人か聞いただけです。今日はフレッド君がルースさんに会いたいと言うので立ち寄りました。テッドが危険な人なら関わらないほうがいいでしょうし……」
「んー、ま、とりあえずそいつんとこへ行ってみようか」
「えええ」
私の戸惑いには知らん顔で、アルフィーさんが部屋を出た。私は急いで立ち上がり、ルースさんに「ありがとうございます。では失礼します」と頭を下げた。フレッド君が二杯目のレモネードを飲みながら戻ってきた。
「フレッド君がここに来たいと言えば、私がこちらに連れてきます。それでいいんでしょ? フレッド君」
「オレ、ルースにもほかのみんなにもあいたいよ」
「いいわよ。今度は三人で来ましょう」
「うん!」
「では失礼します。いずれまた」
『紅孔雀』を出てアルフィーさんを追いかけ、そのままオリオン通りへと向かった。道を歩きながらアルフィーさんがいろいろ話をしてくれた。
彼はフレッド君がいなくなってから雇われた従業員であること。給仕係兼用心棒なこと。他の従業員たちがフレッド君のことを心配していたこと。
予想どおり、フレッド君は従業員のみなさんに愛されていたのね。
「チビすけ、ずいぶんいい服を着てんだな」
「レクスはきぞくだからな」
「へえ。あんたも貴族なのかい?」
「いえ、私は庶民ですよ」
「ニナはレクスのこいびとだぜ」
「ほほう?」
苦笑しながら聞いているうちに、オリオン通りのテッドの部屋の近くにきた。ローラさんの記憶で見たから場所がわかる。
「あの建物の一階、右端の部屋です」
「了解。ではそのクソ野郎の顔を拝みに行くか」
アルフィーさんが両手の指をポキポキと鳴らしてニヤリと笑った。
「待って。暴力沙汰は困ります。お金を取り返してくれれば十分です。それと、もし本当に病気の母親がいたら、それはもう私が関わる話じゃないから何もしないで」
「わかってるって。様子を見て穏便に回収してくるさ」
思わぬ方向に話が進んだけど、ローラさんの記憶を見る限りテッドはろくでもない人だった。
だから私はアルフィーさんの背中を見送り、離れた場所で見守ることにした。