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95  失せ物探しのその先へ

 九月の末、私は店での仕事を始めた。

 店の入り口を入るとすぐ見える壁に二枚の推薦状。一枚目は『キッドマン子爵家推薦』。わざわざ子爵夫人が注文して作ってくれたという額は、金箔押しの盛り上がった模様が麗々(れいれい)しい。

 その隣にはグランデル伯爵家の推薦状。二枚の推薦状のおかげで、初見のお客様にも信用されている。ほとんどのお客様は店に入ると足を止めて、二枚の推薦状をまじまじと眺めて感心している。


 初出勤から数日後の朝、チーズオムレツとベーコンを食べながらフレッド君が思いがけないことを言い出した。


「ニナのしごとに、オレもつれてってくれよ」

「私とフレッド君は能力の方向が違うから。私の仕事を見ても参考にならないと思うけど?」

「そんなことねえよ。オレ、なんだってみてみたい」


 レクスさんは「とりあえず試してみたら?」と言う。フレッド君の意欲を大切にしたいと思い、私はとりあえず今日限定で「子連れ占い師」になった。

 ひと部屋しかない店の片隅に衝立を立てて、フレッド君はその後ろでソファに座って好きに過ごしている。


 フレッド君は本を読んだり絵を描いたり、アナベル様に手紙を書いたりしていた。二人の文通は続いていて、アナベル様はフレッド君から返事を貰うとすぐ次の手紙を送ってくる。よって、フレッド君は常に返事を書くことに追われている状態だ。頑張れ。

 

 午前の部の最後のお客さんは失せ物探しだった。

 お客様は四十代の男性で、お母様の形見のアメジストのブローチが気づいたら消えていたという。だが、相談に来た人の記憶には手掛かりが全くなかった。母親の思い出のこもった品なのに、このまま「わかりませんでした」で終わりにしたくない。


「お手数をおかけしますが、ご家族と使用人の皆さんにお会いしてもよろしいでしょうか」

「ええ? そんな面倒な事しなきゃならないのかい? この場で失せ物の場所を教えてほしいんだが」

「申し訳ございません。ご家族にお会いするのが無理なようでしたら、料金はお返しします」

「いや、ちょっと待ってくれ」


 お客様はしばらく考えてから、追加料金無しでならという条件で私をご自宅に連れて行ってくれることになった。フレッド君も一緒だ。もしかしたら何十人もの記憶を見ることになるかもしれないから割に合わない仕事になるけど、それでも構わない。

 連れて行かれた先は大きなお屋敷だった。貴族の家ではなく、裕福な平民の家だ。いわゆるニューマネーと呼ばれる層だ。


 お客様はローガンさんというお名前で、まずは奥様と二十代の娘さんが呼ばれた。奥様の記憶に手がかりはなかったが、娘のローラさんの記憶を見たらあっさり解決した。

 ブローチは娘さんが売り飛ばしていた。柄の悪そうなテッドという恋人のためにブローチを売り、お金を渡して以降はテッドに会えていない。


 何度か下町のオリオン通りにあるテッドの部屋まで行ったけど、居留守を使われている。お金だけ取られて捨てられた気配だ。モーダル村にいる頃「都会には悪い男がいる」って何度も聞かされたけど、まさにそれ。

 父親のローガンさんにはどう伝えたらいいかなあ。これは隠しようがない。嘘をつく理由はないから、私は娘のローラさんに話しかけた。


「ローラさん、正直にお話しましょう」

「ううう……」


 ローラさんは泣き出し、ローガンさんが顔色を変えた。


「まさかローラ、お前が犯人なのか?」

「ローラさんは人助けのためにお金が必要だったんです。母親の治療費に困っていると訴える人のために、宝石を売ったようです」

「あれを売っただと? 人助けのためなら、そう言えばよかっただろうが!」

「言ったわよ! お父さん自分がなんて言ったか覚えてないの? 『俺は他人に金をくれてやるために働いているわけじゃない』って激怒したじゃない!」


 そこからしばらく親子喧嘩が続いたが、フレッド君が私に声をかけてきた。


「はやくしないと、そのブローチ、だれかにかわれるぜ?」

「その通りね。ローガンさん、今からお嬢さんが宝石を売った店に行きませんか?」

「占い師さんもかい?」

「もしそれを買ったのが貴族の方なら、私、少々の伝手つてがございます。お力になれるかもしれません」


 貴族に伝手があると言ったら同行が許された。すぐさま繁華街の宝飾店に行ったのだが、『ジャクソン宝飾店』だった。ここはベンジャミン君の実家の店だ。よかった。ここならきっと話が早い。

 私たちは奥の部屋でベンジャミン君のご両親からお菓子と紅茶のもてなしを受けている。以前は魔法に理解がなかったベンジャミン君のお父さんは、魔法協会が貴族王族と強くつながっていることを知ってご機嫌らしい。


「あのアメジストのブローチでしたら、一週間は様子を見ていたのですが……。ええ、そうです。お若い方が売りに来られた場合は、今回のような事情がたまにございますからね。ですが二週間後に貴族のお客様がお買い上げになりました。そのお客様に相談してみますのでお待ち願えますか?」


 ベンジャミン君のお父さんはそう言って電話をかけに行った。もう、時代は電報から電話に切り替わったんだなあと思いながら待っていると、ベンジャミン君のお父さんはハンカチで汗を拭きながら戻ってきた。表情を見て(ああ、交渉は失敗だったんだ)とわかる。


 ベンジャミン君のお父さんの話では、ペンダントを買ったお客様は若い男性で、すでにそのブローチを贈り物として恋人に手渡したらしい。さすがにローガンさんが肩を落とした。


「これはもう、諦めるしかありませんなあ。お袋はあれをローラが嫁ぐときに持たせてやれと言っていたんです。そのローラが売ったのですから諦めましょう。せめてローラから金を受け取った男から金を返してもらいます。そのくらいはしないと気が済みません」


 私はこれ以上の口出しはできない。私とフレッド君は歩いて店まで戻ることにした。


「げんきだせよ、ニナ。ニナはわるくないだろ?」

「そうだけど、なんだかねえ」

「ルースにわるいおとこのことをきいてみるか? ルースはかおがひろいぜ?」

「ルースって誰?」

「しはいにん。オレ、ルースにあいたいなぁ」


 レクスさんによると、フレッド君は派手なお化粧と服装の女性が接客する店で育ったようなものらしい。そこの支配人ってことか。フレッド君が会いたいと思う人なら、会わせてあげたい。

 フレッド君に手を引かれて、私たちは歓楽街に足を踏み入れた。



次回は金曜日に更新します。

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― 新着の感想 ―
もはやフレッド君が主役。更新頻度から物語はいずれ終わる事を考えてしまい、早くもロスを感じる。
フレッド君の大物感がすごすぎます。 かっこいいし、気が利くし、頼りになる。将来が楽しみだわ
裏社会…裏でもないか、伝手が生きるフレッド君かっこいいぜ
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