94 フレッドの隠し事 ✤
フレッドはアシャール城に来てから「おっきくなあれ」の秘密に気づかれた。
ここでは「おっきくなあれ」をとても褒められる。ニナとレクスは大喜びしていた。母は気味悪がり、フレッドに対する態度によそよそしさが感じられるようになった。
まったく逆の反応をされたことで最初こそ混乱したけれど、知らせの鳥としてペンギンを出せた日にフレッドの覚悟は決まった。
魔法使いの大物になってたくさんお金を稼ぎ、母親に楽をさせたい。そのためにはさっさと腕を上げたかった。
ところが気持ちは焦るのに体がついてこない。魔法を数回使うとヘトヘトになってしまう。
ニナは「無理をすると大きくなれない」と言って厳しく魔法の練習を制限している。
それが原因でフレッドには今、隠し事が二つある。
ひとつは夜ベッドに入ってから一人で魔法を使っていること。
「つかれても、すこしねたらなおるのに」
「まだ五歳なんだから、そんなに急がなくていいの」
納得いかないフレッドは、ベッドで横になっているときに思いついた。
「ベッドでまほうのれんしゅうをすればいいんじゃねえか?」
いいアイデアだと思った。疲れたらそのまま目を閉じればいいだけだ。
その日から、フレッドは一人の寝室でペンペンを頻繁に出して遊んだ。自分の枕の横に立たせて、自分が話しかけるとうなずくように動かしたり、空中で華麗に宙返りさせたり。
ペットを飼うことができない環境で育ったから犬や猫を飼うことは最初から諦めていたものの、強い憧れがあった。
そこへペンペンの登場だ。いつでも自分が会いたいときに会える。それが嬉しくてたまらない。
早く腕を上げたい焦りとペンペンへの愛情で、毎晩隠れて魔法の練習をし、疲れたら目を閉じて即座に眠りに落ちた。
一方ニナは自分が魔力放出による疲労を経験していなかったから、ことさら用心してフレッドの魔法練習を制限していた。
しかし、少しの魔法発動の繰り返しは、着実に使い手の身体を鍛える。大幅に使いすぎれば成長に悪影響を及ぼすけれど、数分間の魔法発動は、体を害することなくフレッドの身体を鍛え続けていた。
フレッドはペンペンと遊ぶことで、毎日魔法操作の精度を上げ、ごくわずかずつ魔力が増え続けていた。
フレッドのもうひとつの隠し事は、氷魔法の練習だ。
ニナが夏場の食品の扱いにとても神経を使っていることにフレッドは気づいていた。最初は、(なぜ氷を配達してもらって肉やミルクを冷やさないのだろう)と不思議に思っていた。
フレッドは大規模な酒場の控室で育ったようなものだったから、氷はどこの家でも普通にあるものだと思い込んでいた。しかしアシャール城で暮らすうちに、氷は一般の家では贅沢品なのだと気づいた。
「だったらオレがこおりをつくればよろこばれるな」
フレッドは人を喜ばすのが大好きな子供だ。
しかしまだ教わっていない氷魔法は一度も成功せず、畑で試しても水がポタポタと指先から落ちて土を湿らせる程度だった。ちなみに氷魔法どころか初歩の水魔法もまだ習っていない。
そして氷魔法を使おうとして無意識に水魔法を発動する形になると、とんでもなく疲れる。疲れるとすぐジェシカに気づかれてしまう。
見守り役のジェシカにバレないように背中を向けて畑でしゃがんでいても、なぜかジェシカはフレッドが疲れるとすぐに気づく。
「フレッド様、もう中に入ってお昼寝をしましょう」
ジェシカは弟や妹の世話をたくさんしていたと言っていたが、背中を見ただけでなぜ気づくのか。フレッドはそれが不思議でならない。
(もしかしてジェシカはまほうつかいじゃねえのか?)
そう思ったことも一度や二度ではない。正面切って「ジェシカはまほうがつかえるのか?」と聞いたことがある。するとジェシカはキョトンとしたあとで大きく口をあけて笑った。
「あっはっは。何を言うのかと思ったら。子育て経験者は、魔法使いじゃなくても子供のことならわかるんです。フレッド様がなにやらコソコソしていることも、疲れていることも、すぐにわかるんですよ」
「うへえ」
「フレッド様、私の目はごまかせませんよ」
「ジェシカ、さまはやめてくれ。かゆくなる」
「ではフレッド君で」
「それでいいんだぜ」
冷静さを装ったが、隠れて氷魔法の練習をしていたことを見抜かれて、フレッドはたいそう驚いた。ジェシカは(何かコソコソしているな)と思った程度だったが、フレッドの中でジェシカは秘密を見抜く人として認識された。
それまではジェシカのことは「自分を見張っている人」と見なして煙たく思って用心していた。しかし魔法の練習を見抜かれたと思いこんだその日から、ジェシカに一目置くようになった。
ジェシカはフレッドの態度の変化にすぐ気づいた。
「ニナさん、フレッド君がやっと私に懐いてくれましたよ」
「あら? 私には初日から懐いていたように見えたけど」
「フレッド君は愛想がいい子なのであからさまに避けられたりはしませんでしたが、最近、やっと私に心を開いてくれました」
「それはよかった。気心が知れてきたって感じかしら」
「そんな感じです。それにしてもフレッド君は畑が大好きですね。今日も畑に向かって、だいぶ長いこと座り込んで作物を眺めていました」
それを聞いたニナは(まさか植物成長魔法をせっせと放っているんじゃないでしょうね)と怪しんだ。
夜になり、三人で食事をしているときにニナがそれとなく聞いてみた。
「フレッド君、ジェシカさんに聞いたんだけど、毎日畑のところに長いこと座り込んでいるんですって? 魔法を連発していないわよね?」
鶏肉のガーリックバター焼きを食べていたフレッドがはっきり動揺した。
「ダメですよ。魔法の練習は、私が付き添っている時だけにしてくださいね。特に浴室とトイレでは絶対に禁止です。意識を失って倒れても、誰も気づきません」
「ふろばではやってな……あっ」
余計なことを言ったことに気づき、フレッドの目が泳ぐ。話を聞いていたレクスが「ぷっ」と笑った。
「レクスさん、笑い事ではないんです」
「ごめんごめん。僕も身に覚えがあったものだから。子供の頃、自転車が一気に流行って、僕は自転車に乗りたくてたまらなかったんだ。でも、危険だからという理由で買ってもらえなかった。だけど使用人が買い物や手紙を出しに行ったりするために自転車が購入されてね」
「のったのか?」
「乗った。親に隠れて使用人用の自転車に乗った。わりとすぐに乗りこなせたな。そうなると家の周囲だけじゃ物足りなくて、遠くまで走らせたくなったんだ」
フレッドは身を乗り出すようにして聞いている。
「風を受けて走るのがとても気持ちよかった。でもねえ、そういう時はなぜか見つかるものさ。馬車に乗っていた母上が、大通りで自転車に乗っている僕を見た」
「どうなったんだ?」
「最初から正直に『乗りたいです。乗らせてください』と粘るべきだったと後悔するくらい叱られた。だからフレッド、隠し事があるなら今、正直に言ったほうがいいぞ」
モグモグと肉を噛んでいたフレッド君が困った顔になった。
「ニナはおこらないか?」
「怒らないから教えてほしいです」
フレッドは正直に告白した。眠る前にペンペンを出して遊んでいること、畑で氷魔法を試したけれど一度も成功しないこと。ニナは驚いたが、レクスは苦笑している。
「氷魔法と水魔法は、呪文が必要なの。頑張る頑張らないじゃないのよ」
「男の子がやりそうな約束破りだな。でも、倒れるほど魔法を使ってはいないんだろう?」
「うん。つかれたらやめてる。オレはこおりをつくってニナにプレゼントしたかったんだ」
「まあ……」
「じゃあ、今度はニナから氷魔法を教わればいいよ。ニナはフレッドの体を心配しているんだろうけど、隠れて試されるより見ているところで練習させたほうがいいんじゃない?」
レクスの提案で、フレッドは水魔法と氷魔法の練習を許可された。大喜びしたフレッドがペンペンを空中で回転させ、躍らせた。ニナはペンペンの動きが格段に複雑になっていることに呆れた。