88 「まほうつかいはかせげるんだな」
結局、朝になってもレクスさんはフレッド君の将来についての話をしなかった。
私も(今悩むのは早すぎたかな)と思って話題にしなかった。そのまま出勤して、昼休憩の間に部屋探しをした。
以前アシャール城を出ようと思ったときに(ここ、感じがいいな)と思った店でサクサクと契約を進め、無事に部屋が決まった。
満足して公園に戻ったらスパイクさんがいた。なにごと?
スパイクさんは挨拶も抜きで仕事の話を始めた。
「王家からの依頼が入りました。数日私に同行してもらえますか?」
「たった今、仕事用の部屋を契約したところなんです。旅行に行って仕事を休んだばかりですし」
「家賃の何か月分も報酬が得られる仕事です」
「休業が多くてお客さんが離れそうで」
「顧客が離れるか離れないかはニナの腕次第です」
正論ですね。ええ。おっしゃる通りですよ。
「わかりました。ただし、服は着回します」
「かまいません。今回は王宮には行きませんし」
そこからスパイクさんが仕事の内容を説明してくれた。今回の仕事は、フレデリック殿下のお姉さまであるエレオノーラ・ヴェルマイア侯爵夫人からの依頼だそうだ。領地の屋敷に不審な出来事が相次いでいるとか。
「あちらの説明だけではどうもわかりにくいので、念のためにクローディアにも同行してもらいます。それと、ベンジャミン君を見学者として連れていきます」
「豪華メンバーですね。わかりました。お引き受けします」
「ありがとう。明日魔法協会前に集合で朝七時出発です。いいですか?」
「わかりました。七時で」
夕方に仕事を終えて、レクスさんに報告するとソワソワしている。
「僕も見学できないかな。迷惑はかけないし、宿泊は自分でどうにかするから。よし、今からスパイクさんにお願いしてみる」
「じゃあ、オレのペンペンをだすか?」
「電話で聞くから大丈夫だよ」
フレッド君が口を尖らせてすねている。ヨシヨシと頭を撫でているうちに電話が終わり、レクスさんが苦笑している。
「フレッドの保護者として来るなら僕も行っていいらしい。スパイクさんはフレッドに期待しているんだね。ヴェルマイア侯爵領で起きているのは不気味な現象らしいけれど、怪我人などは出ていないそうだ。フレッドに魔法使いたちが働く現場を見せたいと言っていたよ」
「オレ? オレもいっていいの? やったー!」
すねていたフレッド君が立ち上がり、ペンペンを出して一緒に部屋の中をグルグル走り回って喜んでいる。豪華メンバーが集まる中で、私に出番はあるのかしらね。
夜のうちに荷造りをして、明日の出発に備えた。
魔法協会の入っている集合住宅の前に到着したのは朝の六時半。屋根付きの自動車が二台駐車している。一台は赤いクローディアさんの車で、もう一台は初めて見る黒い車で運転手付きだ。その車からベンジャミン君が降りてきた。
「どうも。父さんが車を出してくれたので、僕とスパイクさんはこれで行きます」
「お父様は魔法使いになることを許可してくれたの?」
「スパイクさんが説得したら、一回で許可が出たんですよ。父さんが『魔法使いがいる宝石店か。スパイクさんがおっしゃる通り、いい宣伝になるかもな』なんて言い出して、びっくりしました」
スパイクさん、さすがです。
時間が来て三台の自動車が出発した。
ヴェルマイア侯爵領までは宿泊しながら進んだ。自動車が普及するようになってから、ガソリンは薬局やオイルランプの店で缶入りのものが売られるようになったそうだ。そんな店を見つけるとレクスさんやクローディアさん、ベンジャミン君の運転手さんは車を停めてガソリンを買う。
旅の途中、食事のたびに他の人たちといろんな話をした。クローディアさんとスパイクさんに昨今の魔法使いの減少やフレッド君の将来のことを聞いてみた。スパイクさんは「ニナはフレッドを育てているから心配になるでしょうね」とうなずいてくれた。
「魔法使いの減少は何度も調べられましたが、原因は解明されませんでした。ここ百年ほどで魔法使いの数は急激に減っています。それだけでなく、最近は魔力があってもベンジャミン君のように親に反対されることも多いんです」
「やっぱりそうなんですね」
「魔力が多い場合は誰にも教わらないのに初級魔法を発動させて気づかれますが、今は魔法に関する知識のない親がほとんどですからね。周囲の人間に理解されないまま成長する場合も増えていると思います」
それまで話を聞いていたクローディアさんが会話に参加した。
「この先いろんな技術が開発されて工業化されても、腕さえよければ食いっぱぐれはないわよ。私は主に魔法薬で稼いでいるの。髪の色や瞳の色を変える魔法は、高額な料金でも歓迎されるわ。スパイクは過去をさかのぼる能力を生かして稼いでいるのよね?」
「ええ。過去の真実を知りたい人と一緒にお望みの場所に行き、そこでお望みの日時へお連れして、実際どうだったかを見せるわけです。時間をさかのぼった場合、何を見ても手出しはできず見るだけですがね」
レクスさんが好みそうな話題だなと思いながら聞いていたら、やはり食いついた。
「えっ! 過去にさかのぼる魔法に、同行できるんですか?」
「ええ。さかのぼる時間に限度がありますが。私一人なら千年近くさかのぼれますが、誰かを連れて行くとなると百年前くらいが限界です」
「料金はどのくらいですか?」
「そうですねえ、百年前までお連れする場合はおひとり様につき……」
スパイクさんが告げた値段は、思わず「はあ?」と声が出そうになる金額だった。慌てて唇を噛んで失礼な声は出さなかったが。
アシャール城にかけられていた魔法を解除した料金の十倍だ。
「僕、いつかスパイクさんに依頼したいです」
「レクスさん?」
「だってニナ、貴重な歴史の現場をこの目で見られるんだよ? お金でどうにかなるなら払うよ。お金はまた稼げばいいんだから」
「くぁぁぁ。あ、ごめんなさい」
ついに変な声を漏らしてしまった。やっぱり貴族だ。お金に対する価値観が私とは違うわ。
ふと隣に座っているフレッド君を見たら、真剣な顔で聞いている。
「フレッド君、このお話、わかる?」
「すげえわかる。まほうつかいはかせげるんだな」
「そうだよフレッド」
「頑張ってニナに教わりなさい」
スパイクさんとクローディアさんに励まされて、フレッド君が小鼻を膨らませながらウンウンとうなずいている。
スパイクさんの時間旅行の料金は「見るだけ・おそらく短時間」で日本円に置き換えると300万円くらいです。