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87 製氷工場

 豚肉の香草煮込みの夕食を食べながら、フレッド君がぽつりとつぶやいた。


「アイスクリーム、すっげえおいしかった」

「ホテルで食べたアイスクリーム? 暑い夏に食べると最高よね」


 とはいえ、あの時はエドの背後に立ち上がった言葉の壁に気を取られていたから、アイスクリームの味をよく覚えていない。とても美味しかったという曖昧な記憶が残っているだけだ。

 レクスさんが煮込みの汁を美味しそうにスプーンですくって飲んでから会話に加わった。


「今度、この辺りに製氷工場ができるらしいよ」

「製氷工場が……。夏の氷は北の国から船で運ばれるか、氷室ひむろで保存された氷を使うものだったのに」

「最近、エーテルを使った製氷技術が実用化されたんだ。今まで夏に氷を手に入れられるのは病院やホテル、裕福な貴族だけだったけど、すぐに庶民も氷をふんだんに使える時代が来る」

「アイスクリームもか?」

「うん。そのうち夏でも気軽にアイスクリームを楽しめるようになる。今でも冬ならアイスクリームを作れるよ。冬になったら僕が作ってあげよう。レシピは出回っているからね」

「やった!」


 私はニコニコしながら話を聞いているが、内心は少し暗い。

 冬以外の季節に氷を作って売るのは、魔法使いの貴重な収入源だ。師匠も貴族に氷を売っていた。売るほど氷を作れる魔法使いはそう多くないらしい。工場で氷を作れるようになったら、魔法使いの氷結魔法は不要になるわけだ。


 産業革命以降、驚くほど多くの技術が機械化された。衣服やクレヨンがいい例だ。一気に値段が安くなって庶民にも手が届くようになった。それはいいことだけど、フレッド君が大人になるころには、今よりもっと魔法のような技術が生まれているだろう。

 ベンジャミン君の親が魔法使いになるのをやめさせようとしたように、他の親も反対するのは見えている。魔法使いは本当に絶滅するのかも。


 食事を終えて二人で食器を洗っていたら、レクスさんに「どうかした? 元気がないね」と心配された。私は正直に自分が思ったことを話して、その先の思いも話した。


「フレッド君が大人になるころ、はたして魔法は必要とされますかね。あの子はおそらく素晴らしい魔法使いになるでしょうけれど、魔法に等しい技術が世の中に広まるなら、魔法の他にも生きていくすべを別に身につけさせるべきかなって思いました」

「ああ、うん。なるほど」


 レクスさんが考え込んだから、私は黙って食器を戸棚にしまうことに専念した。


「大昔から受け継がれてきた魔法は、美しいと思う」

「そうですね」


 正直、レクスさんが何を言いたいのかわからなかった。美しさでは食べていけない。それがレクスさんに伝わったのだろう。わかりやすい言葉で説明しなおしてくれた。


「一度滅びたものを復活させようとすると膨大なエネルギーが必要だ。復活させたところで受け継ぐ人がいなければ即、この世から消え去る。僕は最新の技術だけが素晴らしいとは思わない。エンデガル族の口伝の文化は、あと十年もせずに消えるだろう。あの杭に刻まれた文字だって、使える老人たちがいなくなれば学者だけが知っている知識になってしまう」

「うん……」

「それらと同じ道を歩んでほしくないし、歩ませてはダメなんだ。フレッドにはこのまま魔法使いとして腕を磨いてほしいよ」


 レクスさんの気持ちはわかるけど、魔法は文化遺産じゃない。絶滅寸前の野生動物みたいに保護されるのも違う気がする。それに、食べていけないんじゃ修行したところで宝の持ち腐れだ。いや、宝でさえなくなるのか。ああ、悩ましい。あの光輝く才能を生かせない時代が来るのかと思うとジタバタと暴れたくなる。


「僕が稼ぐよ。フレッドが安心して魔法の腕を磨けるように」

「私はフレッド君の人生はフレッド君の好きにさせたいです」

「それはもちろんさ。僕は父のように子供の人生を強引に指示するようなことはしないよ」

「うん……。でも、五歳から魔法三昧の生活をさせたら、他の職業に就きたいなんて思うかしら」


 レクスさんは「もう遅いからこの話の続きは明日、明るい時間にしよう」と言ってそれ以上は口をつぐんでしまった。

 喧嘩をしたわけじゃないけれど、微妙に気まずいままそれぞれの部屋に分かれた。

 そうかぁ、結婚したら「そうね、そうしましょう」と言うだけじゃ済まないことがたくさん出てくるんだろうなあ。


「結婚て、むずかしそう」


 フレッド君がおなかを出して寝ていないか確かめながらつぶやいた。


「レクスとけっこんしないのか?」

「あら、起こしちゃった? ごめんね。結婚しないってわけじゃないのよ。ただ、生まれも育ちも違いすぎる私たちだから……って、こんなこと言ってもわからないわよね」


 パジャマから可愛いおなかが少し出ていたから、パジャマの上着の裾を引っ張って直した。


「オレのヨメになるか?」

「それは無理よ。もう寝なさい。おやすみ」

「ちぇ」


(ちぇ、じゃないんだわ)と思ったら笑えて、暗くなりかけてた気持ちが明るくなった。

 そういえば師匠は結婚していなかったし、クローディアさんも結婚していなさそうだけど、どうしてかな。魔女だから? 魔女は何か結婚に不都合なことがあるのかな。スパイクさんはどうなんだろう。


 満月の夜露や新月の水で洗った水晶や干した薬草の束がぶら下がっている部屋に入って、(このまま結婚しても大丈夫なのかしらね)と、急に不安になった。

 もしかしてこれが話に聞く「結婚前の気鬱」というやつだろうか。



仕事の都合でしばらくは数日おきの投稿になります。

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― 新着の感想 ―
魔法が無い現実世界でも氷屋さんという生業はほとんど業務用のものだけになってしまったものな…
オレのヨメになるか、なんて言われてみたーい(爆)。 男前過ぎてもう!って感じです。
ちぇ って、可愛過ぎるフレッドくん。 ずっとニナさんに対してはイケメンな発言の多いフレッドくんなので 青年になったら末恐ろしい(楽しみですが。)
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