表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/102

85 リナリア

 朝食の片づけをしていたら、レクスさんが「どうしても行くの? もう関わらなくていいのに」と言う。昨夜からこの会話をするのは三回目だ。

 レクスさんは私がマイヨールに面会することを嫌がっているけれど、私はもう一度会おうと思っている。

 

 実はマイヨールが私に植え付けた嘘の記憶の中で、「逃げなさい」と誰かが叫ぶ記憶に、かすかな違和感があった。背景がなかったから偽物の記憶だと思っていたけれど、時間がたつにつれてその記憶だけは背景がないのではなく、真っ暗な部屋だったように思えて仕方ない。それにフランチェスカさんの件もある。万が一にもマイヨールが記憶の消去を受け入れるなら、それができるのは私だけだ。

 

 私の決意が固いのでレクスさんが同行することになり、二人で拘置所まで足を運んだ。面会を求め、マイヨールが面会室に入ってきた。一瞬、違う人が来たのかと思った。スパイクさんたちと面会したときとは別人のように白髪が増えている。


「私にはもうあの能力がないのに、何の用だ」


 能力が消えたことに気づいているということは、その力を使おうとしたってことか。

 

「あなたからフランチェスカさんと母親の記憶を消してくれるよう、フランチェスカさんから依頼されました」


 どんよりしていたマイヨールの目に、ギラリと光が宿った。


「ですが、あなたが同意しなければ私は何もしません」

「へえ。あんたらは私を動けないようにしてから、同意も無しで私の能力を奪ったはずだが?」

「あれは魔法協会の判断と執行でした。今回は私への個人的な依頼です」


 マイヨールは私から離れるように少し身を引いた。

 

「同意はしない。断じて断る。もう何も奪わせるつもりはない」

「そうですか。わかりました。ではこれで失礼いたします」

「待て。そう急ぐな。久しぶりに外の人間と話をするんだ。もう少し相手をしていけ。あんたに話したいこともある」


 もう立ち上がっていたけれど、少し迷ってから椅子に座り直した。レクスさんが「えっ? 座るの?」という目で私を見ている。


「話ってなんですか。おかしなことをしても無駄ですよ。私の師匠は偽物の記憶を取り除けますから」


 それは嘘だけど。


「なんにもしないよ。退屈なんだ。ここには本がない。食べて一時間運動して眠るだけだ。話し相手になりそうな人間もいない。以前、あんたの心を読んだだろう? あんた、ずいぶん早くに親と別れてるんだな。そのときのことを教えてやるよ。あんたも俺と同じで、自分の記憶は見られないんだろう?」

「なんで急にそんな話を?」

「娘に嫌われて、記憶を消してくれと頼まれるような父親だ。面会に来る人はあんたぐらいだからね。親切にしてやろうかと思ってもおかしくないだろう?」


 いや、ものすごくおかしいけど。それにしてもこの人も娘のことは可愛いのか。そして嫌われたら悲しいのか。自業自得とはいえ、哀れだ。


「ひとつだけ本当の記憶を思い出しやすい場所に埋め込んでおいてよかったよ。あれに気づいたら必ず私に会いに来ると思っていた。あんたと私は同類だからな。仲良くしようじゃないか。それと、師匠が記憶をどうこうってのは嘘だろう? あんたの師匠にそんな力があるなら、あんたはとっくに自分の親がどうなったか知っていたはずだ」

 

 うわ、頭の回転が速い。私は何も答えなかったが、それは認めることになったかもしれない。マイヨールは私を見て「ふふん」と満足げな声を出すと、私の過去について話し始めた。

 私の両親はパロムシティで袋物や小間物を売っている商人だったと言う。両親は夜中に強盗に襲われ、私に逃げろと叫んだのは父親で、私は強盗たちが入ってきた裏口から逃げたそうだ。私にはそんな記憶は全くない。でもこの人の言うことが本当なら、記憶の底にそれが残っていたんだね。


「あんたの本当の名前はリナリアだよ。親にはリナリアとかリナとか呼ばれていた」

「リナリア……」


 挿絵(By みてみん)

 リナリアはワイルドフラワーで、公園や空き地でよく見かける。三歳の私は舌が回らなくてリナではなくニナと名乗ったのだろうか。

 マイヨールは魔法協会の悪口も言っていたが、私は返事をしなかった。

 

 係の人に面会時間の終わりを告げられて、マイヨールは「あんたの親のことを教えてやったんだ、代わりに本を差し入れてくれないか。なんでもいい。なるべく分厚いものを」と、少しだけ気弱な感じに言う。私は「気が向いたらね。約束はしないから期待もしないで」とだけ答えた。


 私とレクスさんは拘置所を後にした。レクスさんにお願いして、そのまま首都の中央警察署を訪れた。受け付けの人に二十年前の強盗事件について知りたいと申し入れると、温厚そうな中年の男性が出てきて質問された。

 

「二十年前に袋物を扱う店に強盗が入った事件は、確かにあります。何を知りたいんです?」

「その夫婦には三歳の娘がいたはずです。今日知ったのですが、それは私じゃないかと思うんです。当時の私はニナと名乗ったので、見つからなかったのかもしれません」

「あなたの身分証を見せていただけますか?」

 

 男性は私の身分証と現れたときに持ってきた資料の中身を照らし合わせた。「確認しました。もっと詳しい資料を探しますので、もう少しお待ちください」と言って離れた。

 レクスさんが私の手を握ってくれている。大丈夫よ、という気持ちで顔を見上げると、レクスさんが私の頭に自分の額をそっとくっつけた。「僕はニナに傷つかないでほしいんだ。でも、君が真実を知りたいなら、応援するよ」とつぶやいた。

 しばらくして男性が資料を手に戻ってきた。


「よきお知らせができず、残念です」


 そう言って男性は私の両親が死亡していることを教えてくれた。強盗に入られ、その場で殺害されたこと。市の共同墓地に葬られたこと。私のことを探したけれど、当時は保護施設に入れられたニナと行方不明のリナリアが結び付けられなかったこと。

 それを聞いても、特別がっかりはしなかった。

 

 もし私がリナリアだと当時わかったとしても、やはり保護施設に入っていただろう。または親戚をたらい回しにされていたか。

 お礼を言って私たちは共同墓地に向かった。運転しているレクスさんは無言で、私は外の景色を眺めた。

 両親の名前はジャック・リンデン、ミラ・リンデンだった。私の本当の名前は、リナリア・リンデンということだ。まるで他人の名前を聞いたような感じ。


 パロムシティの共同墓地は中央駅を挟んでアシャール城とは反対側にあった。

 大きな墓石が整然と並んでいて、質素な花束がいくつか供えられている。管理事務所で二十年前の埋葬者の場所を訪ね、簡単な地図を貰った。

 私の両親の名前が、他の埋葬者と一緒に大きな墓石に刻まれていた。

 『ジャック・リンデン 妻ミラ・リンデン』

 両親の命日は、私が師匠に保護された日だ。レクスさんが途中で買ってきた花束をそっと備えて、目を閉じて祈っている。私は両親の名前に指で触れながら話しかけた。


「お父さん、お母さん。やっと会えたね。私は優しい人に保護されて、可愛がられて育ったよ。今は魔法使いなの。びっくりするでしょ? 私、三歳から田舎で暮らして、今はまたパロムシティに戻ってきたの。この人はレクスさん。私の婚約者よ。私は幸せだから、安心して天国で過ごしてください。また来ます。レクスさん、今日は連れて来てくれて……」


 レクスさんが無言で涙を流していた。ハンカチでレクスさんの涙をそっと押さえると、レクスさんは私の手を取って自分の唇に押し当てた。


「また一緒にここへ来よう。フレッドも一緒に」

「ええ。レクスさん、いろいろありがとう」


 私たちは手をつないで共同墓地を出た。


「変なことを言うと思われるのはわかっているけど、僕はニナの隣で永遠の眠りに就きたい。最近気づいたんだよ。隣で君が眠っていることを想像すると、いつか訪れる死も受け入れられる気がするんだ」

「私たち二十代なのに、もう?」

「うん」


 そうね、メイリーンは十八で、大魔法使いグランドの息子は二十八でこの世から旅立った。

 今だって、ちょっとした傷から高熱を出して死ぬ人はいる。流行り病や事故だけが危ないわけじゃない。


「フレッド君に寂しい思いをさせたくないから、健康に気をつけましょう。レクスさんはお仕事に夢中になっても、甘いパンだけとか肉だけとかの食事はやめてほしいです」

「あっ……うん。なるべく気をつけるよ。さあ、アシャール城に帰ろう。フレッドが待っている」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【隠れ家は1・2巻発売中】

gizf9k9v9xkyhrc8h5wnjjogds2_a93_gy_bx_38xe.jpg.580.jpg
コミックはこちら ▼
73fpynh49yjs4vlpuomivgey2_kzl_9w_dr_2iha.jpg  
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ