84 アシャール城の魔法の謎
アシャール城に帰り、再び穏やかな日々が続いていたが、ある日マクシミリアン様から電話があった。メイリーンの父親のその後が判明したそうで、私も一緒に居間の電話で話を聞いた。
『メイリーンの父親はその後も生きていたよ。ラングリナの家の鍵を壊そうとしているところを近所の住人に見つかり、追い払われてから自宅のある街に戻っている。問題はその先だ。酒場で喧嘩騒ぎを起こして双方が大怪我をして、その一週間後に父親が死亡している。解剖はされていない。メイリーンが嫌々ついて行ったわけではないとニナが証言したし、殿下がニナの能力を証言しているから、この件でエドの責任は追及されなくなった』
「無罪放免てことですね?」
『そうだ。ラングリナの許可を得ずにつれ出したことは、もう時効だ』
「わかった。兄さん、連絡をありがとう」
『レクス、まだちょっといいか』
マクシミリアン様はリリーさんと話し合い、「薬を盛られて意識を失ったかもしれないのに、酒場の女性の言葉を信じたのはうかつすぎる」と怒られたらしい。そしてフレッド君はレクスさんの養子になるということで、リリーさんも納得したそうだ。
電話を切ったレクスさんに「お茶を淹れますね。甘いお菓子を食べますか?」と聞いたら「その前に座って」と言う。
ソファに座ったら、レクスさんがお尻のポケットから小箱を取り出して私の前に片膝をついた。
これ、恋愛小説で読んだ。プロポーズの前の姿勢だ
「本当はもっとゆっくり進めたかったんだけど」
「だけど?」
「メイリーンとエドの話を聞いたら、一日も早い方がいいなと思った」
そうね。私もそう思った。私だって今日と同じ明日が来るとは限らない。
私が笑顔でうなずくと、レクスさんは真剣なお顔になった。
「僕と結婚してください。ニナにはゆっくりでと言われているから、すぐに結婚しようというわけじゃない。まずは婚約で。ダメ……かな」
「ダメじゃありません。私たち、婚約者になるんですね」
「いいの? 本当に? 嬉しいよ! ありがとう! すごく嬉しいよ」
レクスさんは私の手を取ってブンブン上下に振っている。こんなレクスさんを見るのは初めて。緊張したお顔で私の指に金色の指輪をはめてくれた。指輪が少し緩くて、レクスさんが慌てて「サイズは詰められるそうだよ」と言う。
魔法使いの指輪を移して、二本を同じ指にした。
フレッド君は来年の九月に初級学校の一年生になる。その前に私とレクスさんの関係をはっきりした方がいいだろうなと思っていた。私は名実ともにフレッド君のおかあさんになりたかった。それはレクスさんも同じ思いだったらしい。
「明日、フレッドを養子にすると役所に申請するよ」
「私とフレッド君も一緒に行っていいですか?」
「もちろん! 三人で一緒に行こう」
その夜は幸せな気分で眠った。私に新しい家族ができる。素敵なプレゼントだ。
翌日、児童福祉局で書類を貰い、役所の戸籍係に向かった。養子縁組の申請を済ませ、家に帰る途中でレクスさんがパイのお店の前に車を停めた。
「フレッドがパイを選んでおいで。どれでも好きなのを買いなさい」
「いいのか?」
「いいよ」
いつもの豚肉のパイを選ぶのかなと思っていたら、違った。エビとマッシュルーム、ほうれん草のクリーム煮のパイだった。
「ホテルでたべたエビがうまかったんだ。これをえらんでもいいのか?」
「いいわよ! もちろんよ!」
「わるいな」
「悪くない。フレッド君が喜んでくれるのが一番嬉しいんだから」
「へへへ」
フレッド君がパイを抱えて嬉しそうに、「おしろまでオレがもつ」と言う。師匠が言っていた「母親のような気持ち」は、きっと今の私のような優しい気持ちなんだろう。フレッド君が笑ってくれるのが嬉しくて、もっと笑顔にしてあげたいと思う。フレッド君を守るためなら何でもしたい。
その夜はエビのクリーム煮のパイ、マッシュポテト、野菜スープで美味しく食べた。フレッド君は「うまいなあ」と何度も繰り返していた。
夕食後にレクスさんと食器を洗っていたら電話が鳴った。「僕が出るよ」と言って台所を出たレクスさんがすぐに戻ってきた。
「ニナ、スパイクさんからだ」
急いで手を拭いて電話に出た。スパイクさんが「アシャール城に魔法をかけた人物がわかったよ」と言う。レクスさんを呼び戻して、二人で話を聞いた。
スパイクさんは時をさかのぼる魔法を使って、アシャール城が建てられた四百年前よりもさらに昔、ここに住んでいた人を調べたそうだ。
『木造の立派な家があって、門には『グランド・グランデル』と表札が掲げられていた。ニナはその名前を知っているかな?』
「知っています。史上最強の魔法使いといわれた人ですよね?」
『そうだ。その息子のことは知っている?』
「知っています。かなり強力な魔法使いだったけれど、早逝したはずです」
『どこにも記録がないけれど、もしかすると息子の方は、父親ほどは魔力がなかったのかもしれない。それでグランド・グランデルはあんな魔法をかけたんじゃないかと私は推測している。グランデル夫妻は自分たちの魔力を息子に与え続けたはずだ。グランドの妻もかなりの魔法使いだったから、相当な量の魔力を息子に与えたと思うよ』
魔法協会の古い記録によると、息子は二十八歳の若さで両親よりも早く人生を終えているという。
『おそらく体に無理がかかったんだ。そんな魔法を使えたのはグランドだけだったから、グランド自身も魔法の悪影響を知らなかっただろう。息子を失ってからのグランドと妻は、すぐにそこを離れて国を出ている。魔法を解く気力もなかったのかもしれないね。それは私の想像だが』
お礼を言って電話を切ると、レクスさんが私に話があるという。あの金色の杭に刻まれている文章を、ほぼ解読したそうだ。
「近いうちに魔法協会に提出しようと思っていたんだけど。あの魔法は終わりのない魔法だったんだ。終着点を『与える側の命が尽きるまで』と書いてあった。自分たちはどうなってもいいという覚悟だったんだろうね」
「命が尽きるまで……。そこまでして息子さんに魔力を持たせたかったんですね」
息子が笑って生きているだけじゃ、ダメだったのかな。「うまいうまい」と言いながら食事をしている姿だけじゃ、足りなかったのかな。指輪を眺めながらそう思う。
「そんなに悲しい顔をしないで。僕はフレッドが笑ってくれるだけで幸せだと思ってる」
「私も。私、あの子に勝手な重荷を背負わせないようにします」
「僕も気をつけるよ。そこはお互いに遠慮なく注意し合おう。ねえ、元気を出して」
そう言ってレクスさんは私の頭を撫でている。
そして最後に、大切そうにキスしてくれた。