83 魔法使いの葬送
師匠とクローディアさんが触れている地面から光の粒が立ち上がる。
数個だった光の粒は数を増し、眩しいほどに密度を増すと回転し始めた。光の粒は回転しながら上昇していく。ゆっくり上へと伸びる光の渦は収束して細い光の柱になった。
それを確認して師匠とクローディアさんが立ち上がった。
緑の小鳥と赤い小鳥が現れて光の柱の周りを回りながらゆっくり上に移動していく。二羽の小鳥はもう、手が届かない高い場所にいる。
「メイリーン、お前の苦しみに気づいてやれずに悪かった。あの世でゆっくりしておくれ。いつかエドもそっちにいく。また二人で暮らせるよ。さようなら、メイリーン。安らかに」
どこまでも優しい声でそう言うと、師匠が手を空へと向けた。上空を飛んでいた二羽の小鳥が一気に上昇して見えなくなり、光の柱もフッと消えた。
「これで魔法使いの葬送は終わりだ。フレッド?」
「はい」
「お前は私の孫弟子だ。私のときは、お前のペンギンで送っておくれ」
フレッド君は返事をせず、困った顔で私を見た。
「私は小鳥を出せないから、そのときは私の分までお願いね」
「うん。わかった」
しんみりした空気の中、全員が丸い石に祈りを捧げてホテルへと引き返そうとしたのだが、リリーさんが「あの」と師匠に声をかけた。
「魔法使い様にお願いがあります。大人だけでお話をさせていただけませんか?」
「リリー?」
マクシミリアン様が声をかけたがリリーさんは返事をせず、「では私たちの家に」と言う。
支配人夫妻の家に着き、子供たちはメイドさんが別の部屋に連れて行って大人だけになった。
「魔法のことは何も知らないのですが、魔法で親子鑑定はできるのでしょうか。私の夫とフレッド君が親子かどうか、わかりますか?」
「リリー、何を言い出すんだ」
動揺するマクシミリアン様に比べてリリーさんは落ち着いている。
「ある日突然レクスさんが子供を引き取り、その子が夫によく似ているのです。気づかない妻などいませんよ。あなたと十年も夫婦をやっているんだもの、あなたの性格ならわかっているわ。あなたは我が子を見捨てることなどできない。でも、フレッド君が我が子という確信がないんでしょう? だから私に何も説明しないでレクスさんに預けたのではなくて?」
リリーさんの読みが正確すぎて、こんな状況なのに感心してしまった。師匠がリリーさんに質問した。
「親子だとわかったら、あなたはどうなさるおつもりですか」
「夫の子なら引き取って私が育てます」
「義姉さん、それは困ります。フレッドは僕が養子にするつもりなんですから」
「落ち着いておくれ。親子鑑定は血液を必要とする。フレッドはもう五歳だ。たとえ一滴でも、フレッドの同意は必要だね」
リリーさんの指示でフレッド君が呼ばれ、師匠がフレッド君に質問した。
「フレッド、お前の父親が誰かを調べてほしいと頼まれたんだよ。それを調べるために血を一滴わけてもらわなきゃならないんだが、いいかい?」
「いやだ!」
フレッド君が叫んで私に抱きついた。
「とうちゃんなんかいらねえ! オレはニナとレクスといっしょがいい!」
私はフレッド君の頭を撫でた。
嫌だよね。母親に見捨てられ、マクシミリアン様に預けられ、今は私たちと暮らしている。これで実の父親がマクシミリアン様と分かったところで、また大人の都合で動かされることに変わりはない。フレッド君はもう、十分傷ついたよ。
師匠がリリーさんを見た。
「この子はこう言っています」
「ですが!」
「誰が親かをはっきりさせるのは、誰のためでしょう。フレッドのためか、あなたのためか、教えていただけますか?」
「フレッドが夫の子なら、うちで引き取るべきだと思うんです」
私は思わず割って入った。
「フレッド君は私が育てます。誰が父親かはもう、私たちにとって重要ではないんです。フレッド君の気持ちを優先してもらえませんか」
「義姉さん、僕たちでフレッドを育てます。フレッドもそう望んでいます。それでいいじゃないですか」
リリーさんはしばらく黙ったままだ。マクシミリアン様が「私に詳しい事情を話させてくれ。まずはそれからだよ」と説得して、リリーさんはどうにか「わかりました」と言ってくれた。
「僕たちはもう部屋に戻ります。帰ろうフレッド。明日もまた海で遊ぼう」
「うん!」
「師匠とクローディアさんもお疲れでしょう? 私たちの部屋で休んでください」
「そうさせてもらうよ」
私たちは部屋に戻って話の続きをしている。フレッド君は眠ってしまった。
「親子鑑定はフレッドが調べてほしいと言ったら調べたらいい。鑑定すればあの夫婦はスッキリするかもしれないが、それは全部大人の都合だ。事情が分からない赤子ならともかく、フレッドは事情が分かる歳だ。大人の都合で子供が苦しむのはもう、うんざりだよ」
師匠はカップの中を見ながら、悲しそうな顔をしている。
「それにしても……ニナがアシャール城でレクスに出会わなければ、メイリーンがどうなったか私は死ぬまで知ることができなかっただろう。魔法を奇跡と言う人がいるけれど、この世こそが奇跡の連続だよ」
師匠とクローディアさんはひと眠りして帰り、海辺のホテルで私たちは穏やかに過ごした。
エミリーちゃんがフレッド君を気に入ったようで、仲良く遊んでいる。リリーさんも変わらずフレッド君に優しい。
「ローゼンタール家はもう義姉さんの実家の支援なしでは立ちいかない状況だから、フレッドが誰の子であっても財産問題は起きない。義姉さんは真面目な人だから、フレッドが兄の子なら自分が育てなくちゃと思ったのは真実じゃないかな」
「リリーさんはいい人そうですもんね」
フレッド君が楽しそうだから、私もこのままでいい。
八月の下旬、私たちはアシャール城に戻った。